平安時代の武将 源義経の忌日 享年31歳 自刃しています
京都生まれと見られています 通称「九郎判官」
「京の五条の橋の上 ふわりふわりと牛若が」
なんてあれこれ言われていますが実際は二十歳過ぎまでどこで何をやっていたのか
全然分かっていません 平家に圧迫されて岩手の平泉にいたと見られています
その後兄貴の源頼朝が打倒平家で行動を起こすと岩手から出て来て実際の指揮を執り
壇の浦で平家を滅ぼしています
が
今度はその兄貴の頼朝と敵対して岩手は平泉へ逃亡
「立ち上がろう東北!( -皿-)q (- -;三;- -) p(-曲-メ)くそ弟の味方するのか!?」
奥州藤原氏に蹶起を促しますがその藤原氏が頼朝の圧迫に負けて義経へ兵を向け
「バカが!兄貴の本当の狙いはここ岩手なんだぞ!(T皿T )」
抗戦しますが敗北して自刃しています 藤原氏もその後結局頼朝に侵攻されてしまい
連戦連敗で平泉は丸焼けで滅亡と
岩手に行くのに別れた静御前との悲恋が有名ですが 義経は岩手で結婚しています
静御前が想っていたほどには義経は想っていなかったみたいですね そもそも静御前は
愛妾だからそれで良いんでしょうけど
大昔 こんなゲームがありました 源平討魔伝 義経のテーマ
源氏が悪役と言うのはかなり斬新だったと思います
戦国ブーム以前にテーマBGMを持っていた武将って珍しかったんじゃないでしょうか
名曲扱いになったみたいでその後 リッジレーサーのBGMに転用されていますね
さて お暑うございます(- -;)
話題が見つからないまま再び他人様のブログに乗っかります
マイナー旧車は綺麗に乗ろうと努めている と言う内容
全く持って如何にも左様でございます 口さが無いのが何とか粗をと待ち構えております
学生の頃 お金の無い私は他に何もできずカリーナをせっせせっせと磨いていました
隣にクルマ置いてる同級生がデートに出かける時 私はクルマを磨いていました
帰って来た時もまだ磨いていました 笑われたんですけど続けていました 夏は蚊取り線香
焚いて 冬はかけた水が凍りながら磨いていました わざわざ女の子連れて嗤いに来たのが
いました でも続けました その女の子が女の子の友達連れて 面白半分でおちょくりに来た
時も予定通り磨いていました 彼氏が走り屋だったらしくて 後で物笑いの種にしようと
話題にしたらしくて そうしたら彼氏が激怒したらしいんですね
「あれが続けられるヤツが何人いると思ってんだ アイツは凄い事をやってるんだぞ」
と そうぼやく女の子の脇で私は未塗装バンパーにアーマオールを必死に塗っていました
ガチ旧車乗ってる人は分かると思うのですがこの調子でダッシュボードを磨きまくって
しまい 劣化したダッシュボードが一気に亀裂が入りました ウレタン丸見え 流石に憐れんだ
父がパーツ探してくれたのですが欠品 新品買うのも流石に と言う事でそのまま 諦めの
悪い私はウレタンに黒い水性塗料をペタペタしたりと見る者の涙を誘うような修理をしています
~カット ちょっと話が暗くなりました~
そしてユーノスコスモ
憑依されたように磨いていました
「おのれ恨めしや Zなんかに ソアラなんかに ジャガーなんかに(-皿-;)」
黒色に黒革 夏は車内の革磨きで本当に嘔吐しながら執念と言うか妄念で磨いていました
暑すぎて流石にダメだとなって深夜12時とかに磨いていました それもこれも日記にある
『ん? これマツダなん?
こんなのあったんだ。。。意外にイイじゃん』
ってなれば良い いや そうさせねばならないと 必死 すると
「真っ黒で薄気味悪い」
あれから癒えない傷を抱いて十数年
みんカラでやっと魂がすすがれ始めています(T¥T )
Posted at 2014/06/15 20:31:37 | |
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