話は戻って道中記
そこそこの交通量では済みましたがそれでもお江戸に入ったのは夜
「早く言ってよ~(-¥-;)」
などと松重豊ばりに若武者殿のお誘いを断らざるを得ず 申し訳ありません お盆にでも
「お江戸日本橋~♪七ツ立ち♪ 初のぼり 行列そろえて(o¥o )♪アレワイサノサ♪」
お江戸をウロウロしてハイドラバッジを荒稼ぎ ついに
日ノ本最長と謳われる国道四号全走破証取得 奥州街道と呼ばれお江戸日本橋から陸奥青森
まで約二百十五里超の果てしなき国道 数年がかりで既に走破済みでしたがやはりここで改めて
証明貰うのは嬉しいものですv(^¥^*)嘘八百で一台のクルマで達成した事にもなりますかね
そのまま甲州街道に突入し時間切れ
翌朝 早々に向かったのが
武蔵は八王子城址 小田原北条家の関東攻略の前線基地
現在の八王子の語源になった城で建てたのは真田丸で出て来る氏政の弟の北条氏照
戦国時代の東京の中心はここと言って良いと思います 江戸城はまだ掘っ建て小屋
豊臣秀吉の関東攻略の際に猛攻を受けて落城 そのまま戦後くらいまでほったらかしだったの
がコツコツと調査したり復元したりで現在に至っております、が あまり進んでいない印象。
秀吉との戦いの際に城主の氏照がここを見捨てて小田原城に入ってしまった為にろくな守備隊が
居ないまま老若男女数千がここで殺害され 落城当日から既にゴツイ数のお化けが出るとも有名
稲川淳二に言わせれば今や魔界状態だそうです 素敵な金縛りに出て来た更科六兵衛は
たぶんこの城所属でそして北条氏照には同行しなかったのでしょう
主殿跡まで行こうとしましたが山城なのもあり 距離感が分からず しかも
「ぐるぐるるるるるる(*¥*;)ぐるるるるるる」
長旅のつかれか手酷く腹を壊してしまい 八王子山中で一大事になる前に退散し
道の駅八王子滝山へ 東京唯一の道の駅
「おお 見事な野菜がこんなに(´¥‵*三*´¥‵)大根もこんな太いし芋も丸々と」
お江戸のイメージは報道24時みたいなののおかげで深夜に豊家の自称高級セダンがキザシや
レガシィに追い詰められて薬物が出て来たりしてばかりのイメージですがこの辺りは別天地
まあ高雄まで行ってしまうと本気の山だし渋滞も見込まれますがこの辺りで止めて置くと素直に
楽しめるかなと思っております 道中の気安さも含めて八王子良いところですよ まさか北条家
は目が高い クルマ持ちなら吉祥寺住むならもう八王子でいいじゃんかとか思ってしまいます
通勤死ぬけど
それにしても
暑かったけど(-¥-;)新宿より暑いってどういう話なのか
そして帰り道
巣鴨は高岩寺と真性寺詣
巣鴨とげぬき地蔵で有名ですね 高齢者の原宿とかバカにする向きもありますがとんでもない
台車からしてフェラーリです やはりお江戸は違う
ゆるキャラ すがもん
暑くて参りましたが江戸六地蔵のひとつと とげぬき地蔵にお詣りして参りました
これが手練れをも惑わせる
そして奥州へ引き上げ 全行程は凡そ二百七十里ほど 高速を郡山まで使わなかったのも
あり 燃費はだいたい12キロあたりをウロウロしていたようです
次回はきっと本革のシャリオグランディスで築地本願寺や新市場
それに柴又のあたりを(o¥o三o¥o)ローレルで将門の首塚と言う手も
Posted at 2016/05/07 10:47:20 | |
トラックバック(0) |
その他 | 日記