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辛口レビンのブログ一覧

2017年08月20日 イイね!

昭和のアーティストたち、その七 「高橋真梨子」

昭和のアーティストたち、その七 「高橋真梨子」
 久々の昭和のアーティストシリーズ。

 今宵は高橋真梨子を語りましょう。

 今回で7回目を数えますが、女性アーティストはこの高橋さんが初めて

 ということになります。 広く浅く適当にという、あくまでも私独自の目線

 ですので、ファンの方々には至らぬ点が多々あるかとは思いますが、そ

 の辺は予めご了承願いたい。m(_)m 


 高橋真梨子の魅力を語るなら、それは何といってもその歌唱力に尽きるというのが、世の歌謡

ファンの一致するところではないかと思います。

”大人の本物の恋愛を歌う歌手”と言ったら良いでしょうか。


彼女は2013年に、自身の代表曲 「For you…」 で、久しぶりに年末のNHK紅白歌合戦への出場を

果たすわけですが、何と29年ぶりの出場にもかかわらず、いきなり紅組のトリを任されたのでした。

これはひとえに、彼女自身の並外れた高い歌唱力と、それに対する周りの信頼性によるものでは

なかったかなと思います。

そしてそれは、近年のジャニタレ軍団や、秋元軍団のお遊戯に癖々し、本物の実力派歌手に飢え、

渇望していた視聴者たちの欲求を満たすに十分なものであったと記憶しています。


そんな実力派の高橋真梨子ですが、辛口爺が大好きなのが、1984年にリリースした「桃色吐息」

あの時代、久保田早紀の「異邦人」と並んで、日本的とはちょっと違う異質な感覚、さらに不思議

な雰囲気をも併せ持った曲であったと思います。

33年前、まだ30代半ばの若くて美しい高橋真梨子さんです。



本物の大人の女性とでもいうのでしょうか、本当に艶やかで美しいですね。

ところで皆さんは芸能人でも誰でもいいですが年上の女性に憧れたことってありませんでしたか ?

いや、恐らく男だったら一度や二度はあるでしょう(笑)

私の場合は、この高橋真梨子さんともう一人、以前昔のアイドル5でも少し触れましたが、解散し

てソロになり、中島みゆきの「すずめ」を歌った頃の元ピンクレディーのケイちゃんですね~ (^^ゞ

まだ若かった自分から見れば、落ち着いていて、しっとりとしていて、グッと大人っぽくて、溢れる

ような色気等々。 憧れたなぁ・・・ (*´д`*)  

若かりし頃の西城秀樹が13歳年上の女優・十朱幸代さんとお付き合いしていたのは事実だそうで

すが、ヒデキもやっぱり同じような気持ちだったのだろうか ・・・ ?

そういえば、高橋真梨子も私と13歳違い ・・・ !   おおっ、これは何かの偶然か !? (笑)




ジョーダンはさて置き、高橋真梨子といえば私の中では、↑上に画像を貼りましたが、若かりし頃

のペドロ&カプリシャス時代の方が印象が深いかもしれません。

あの時代の代表曲といえば、何といっても「ジョニィへの伝言」

年配の方々はよくご存知でしょう。

1973年、当時24歳だった高橋真梨子さんです。



向かって左側でバスフルートを吹いているのが、後の夫となるヘンリー広瀬さんですね。

高橋さんと同時期にペドロ&カプリシャスを脱退し、その後はソロになった高橋さんを支え続けた

人でした。 (もちろん今もですが)

しかし良い歌ですね~、肩肘張ることがなく、自由で気ままで。


 ”♪友達なら~ そこのところ~ うまく~ 伝えて~♫”


この部分などは、今でも共感される方がいっぱい居るんじゃないでしょうか。

おおよそ野暮用の時に用いたりなんかするんですよね。 

若い頃の野暮用というと必ず女絡みが定石です。

例えば仲間内で一杯やろうと約束します。 そこに想いを寄せていた女の子とのデートと重なって

しまった。 さあどうする ? 結論は初めから出ています。 男は絶対に女の子の方を取ります(笑)

そこで一番親しい奴に野暮用だからと、こっそり伝えるわけですね。 うまく伝えてくれと(笑)

厳密にいうと歌詞の内容とはちょっと違うんですけどね(笑)


そしてもう一つ。

同年リリースされた「五番街のマリーへ」という曲。

先程の「ジョニィへの伝言」が若い時分に共感する歌なら、こちらは年齢を重ねてからその良さが

身にしみてくる歌だと思います。



優しい歌ですね~

やはり歳を食うとこちらの方が共感の度合いが高くなるような気がします。

子育てが終わって少し余裕ができると、晩酌しながらですが、ふと昔のことを思い出したりする

時があるもんなんです。


 ”♪マリーという娘と、遠い昔に暮らし~ 悲しい思いをさせた、それだけが気がかり~♬”

 ”♪もしも嫁に行って、今がとても幸せなら、寄らずにほしい~♬”


私は同棲ということはしたことはありませんが、それでも女房の前に何人かの娘と付き合ったこと

がありまして、例えばこの間のフォトギャラリーのコメントでも少し触れましたが、初めてデートして

付き合った娘は今頃どうしているのだろうかとか、嫁に行ってその後は幸せに暮らしているだろう

かとか、色々と思いを馳せる時があり、そういった時にとても共感できる歌だと思います。

別れた理由は遠距離だったり、長男vs長女の問題だったり色々ですが、やはり自分が好きだった

娘には幸せでいて欲しいですからね。

皆さんもそういう時ってありませんか ? (笑)

しかし阿久悠さんの詞は素晴らしいですね。 

先程の「ジョニィへの伝言」といい、本当に天才だと思います。

 


さて、長くなりましたので、最後にもう一つだけ動画を貼って終わりにします。

それは最初の方でも触れましたが、彼女の代表曲である「For you…」

もはやここで多くのことを語る必要はないと思います。

一言でいえば誰にも真似出来ない、これぞプロ ! の実力を感じさせてくれる映像です。

立派な大ホールで、これを生で聴けた方々は本当に幸せだと思います。




以上、昭和のアーティストたち、


今回は高橋真梨子さんでした~ 





Posted at 2017/08/20 21:00:05 | トラックバック(0) | 昭和のアーティストたち | 日記
2017年01月08日 イイね!

昭和のアーティストたち、その六 「松山千春」

昭和のアーティストたち、その六 「松山千春」
昭和のマニアックな親父たちに好評 ? の昭和のアーティスト

シリーズ。 その第六弾。

今回は松山千春を語りましょう。

但し、私が好きなのは77(昭和52)年にデビューして、そこか

ら3~4年、まだ北海道を拠点にしていて、大凡ギター1本で

活躍していた頃の千春です。

81年辺りからでしょうか、ギターをマイクに持ち替えて、ステージを所狭しと動き回るようになった千

春は、私の中ではもう千春ではありません。

その辺は書き手の主観ということで、どうかご理解ください。 また、そういった観点からも、使用す

る動画の方も画像・音声ともに粗悪であっても、なるべく当時のものを借用しました。

また、90年以降くらいでしょうか、髪を諦めて頭ツルツルになった千春も、歌を大きく崩して歌ったり

と、私の中ではもう千春ではありませんので、その辺りも合わせてご了承ください m(_ _)m


それでは。





1975(昭和50)年、ニッポン放送が主催した「全国フォーク祭」の北海道の地区予選会でのこと。

二十歳前の痩せっぽちの一人の若者が、高校生の時に土方のバイトで買ったという5000円のみ

すぼらしいギターを手に参加しました。

歌ったのは、その若者が高校生の時に作った曲でした。


審査員の一人が、若者に言ったそうです。

「歌はいいが、ギターがひどいな」

若者はその審査員を睨み、臆することなく反論しました。

「俺はギターの品評会に来たんじゃねぇ ! 歌を評価してくれ !! 」


若者は落選し、本選会には出場できませんでした。 

態度が生意気だというのが理由でした。

が、しかし審査員の中にこの若者の素質を見抜いていた男がいました。

その男とは、札幌テレビ(STV)ラジオディレクター(当時)の竹田健二。

そしてこの若者こそ松山千春でした。

その後竹田は、周りの反対を押し切り、担当していたラジオの深夜番組のコーナーに千春を抜擢

します。 これがシンガーソングライター・松山千春の始まりの全てでした。

この時の予選会で歌った曲こそ、後にデビュー曲となった「旅立ち」。  

千春が17歳の時の作品だそうです。




その後、77年にオールナイトニッポンのパーソナリティにも抜擢されると、その強烈な個性が故

に人気は北海道に留まらず全国へ。 が、しかし、それはあくまでも深夜放送の範囲でのこと。

本当の意味で全国区となったのは、翌78年にリリースしたシングル「季節の中で」のヒットでした。


北海道が俺の拠点 ・・・ あくまでもローカル色を貫く千春。 しかし彼の人気は留まるところを知り

ませんでした。 「季節の中で」はヒットチャートを一直線に駆け上がり、遂には、あの人気歌番組、

ザ・ベストテンに初登場5位でランクイン。 その後も上昇を続け、当時の沢田研二や山口百恵、ピ

ンクレディーといった並み居る人気スターたちを押しのけ、堂々の1位を獲得、それも7週連続でと

いう快挙を成し遂げるのでした。




しかし、千春は番組には出ませんでした。

テレビ局からの度重なる出演依頼を拒み続けたのです。

若者たちから絶大な人気を得ていた当時のフォーク&ニューミュージックの歌手たちの大多数は、

コンサートを中心に活動しており、僅か3分間という短い時間の中で一曲だけ歌うということに難

色を示したのと、曲に対して順位ずけすることに対しての疑問視等々で、こうした歌番組には出演

しなかったのでした。

「俺の活動の場は北海道だ。 東京じゃねぇ」

千春も例外ではありませんでした。


番組プロデューサー直々の度重なる出演交渉にも、頑なに拒否し続ける千春。

が、しかし、そんな頑固な千春の心を動かしたものがありました。

それは全国のファンから毎週のように番組宛に送られてくる膨大なリクエストのハガキの山でした。


「あなたはこれだけのファンの声に応えるべきではないのか」


迎えた11月16日木曜日。 

その日の新聞のテレビ欄には、しっかりと松山千春の名前がありました。

辛口爺、当時目元涼しき高校2年生。 朝から体に緊張が走ります。

学校へ行っても皆この話題で持ち切りでした。

そして夜9時40分頃。 テレビの前で正座して待つ辛口少年。 

遂にその時が来ました。

華やかな歌謡番組の中、色取り取りの煌びやかな衣装やドレスが舞い、派手なアクションや振り

付けで歌い踊る人気歌手たち。

そんな中、最後にたった一人、ギター1本のみで歌う千春の姿は衝撃でした。




北海道という土地に生まれ育ったからであろうか、千春の作る曲には、それまで誰も書けなかった

大自然をイメージさせるような、ある種のスケール感といったようなものが存在したように思う。

曲の中に千春自身が愛するであろう北海道の空や海や大地といった「大自然」がブレンドされ、そ

れらをベースにした「愛」といったものが溢れている印象なのである。

そう、千春を語るキーワードはこの「大自然」と「愛」の2つだと思うのである。


次の曲は「銀の雨」

先ほどの「季節の中で」のキーワードが大自然だとすれば、この曲は紛れもなく愛であろう。

ただ、残念なことに動画が無い。

そこでカバー動画の登場になるわけだが、これが非常に秀逸。

1717atom1という方の動画ですが、千春本人より上手ではと思うくらい。

憧れのスリーフィンガーが素晴らしいし、変に崩さずに原曲に近い感じもとても良いと思います。





そして「雪化粧」

この曲も大好きでした。

これほどに叙情的な曲はないと思う。

若かりし頃、まだお金もなく貧乏で何もない寒い部屋。

それでも二人一緒にいるだけで、寄り添うだけで共に幸せを感じていたあの頃。 

理屈ではない、ただ人間の本能としてそうしていたい。 それが見事に描かれており、その辺りは

千春の真骨頂が描かれた曲であったと思う。




さらに「おいで僕のそばに」

シンプルな詞ではあるが、そのシンプルさが返って人間の性(サガ)や本能といったものを浮かび

上がらせる曲であったと思う。 まだ思春期だった自分には少しドキドキした曲でした。





松山千春の初期の頃の名曲といえば、他にも取り上げたらキリがない。

時のいたずら、 かざぐるま、 歩き続ける時、 窓 ...

少し長くなったので、ここは出来るだけシンプルにいきたいと思う。

そこで選んだのが「夜明け」

この曲もあの頃の千春ならではの「愛」が溢れた曲であったと思う。



そして最後の曲。

最後はやはり「大空と大地の中で」を上げたい。

一番千春らしいといえば、やはりこの曲以外にないと思う。

大自然をテーマに、北海道という厳しい大地に生まれ育たなかったら、恐らくこういった曲は書けな

かっただろうと思います。




というわけで、最後は駆け足になってしまいましたが、「昭和のアーティスト その六 松山千春」

これにて終了です。


最後までご覧頂き、有難うございました m(_ _)m



北海道&千春的画像 ? 辛口爺 高3の時(笑) ↓


Posted at 2017/01/08 17:52:33 | トラックバック(0) | 昭和のアーティストたち | 日記
2016年09月25日 イイね!

昭和のアーティストたち、その五 「さだまさし」

昭和のアーティストたち、その五 「さだまさし」
今回は久々に昭和のアーティストを語りましょう。

気がつけばすっかり忘れかけていたこのシリーズ。

確認してみれば、一昨年の年末以来という ..

できもしないのにあんまりカテゴリーを増やすもんじゃない

のかなぁと、何故か微妙に反省している今日この頃です。

 (^^ゞ (^^ゞ (^^ゞ


さだまさしは1973(昭和48)年にフォークデュオの 「グレープ」 でデビュー。

翌年発売の2作目、「精霊流し」 のヒットで一躍全国的に有名になり、76年に解散してソロ活動と

なった後も数々のヒット曲を世に送り出すなど、当時の日本のフォーク・ニューミュージックを語る

上で欠かせないアーティストの一人といって良いでしょう。


さだまさしは特にコンサート活動に積極的で、人が大勢集まれる所ならば地方の公民館や学校の

体育館でもどこへでも行き、現在までにその回数は実に4000回を超えているのだそうです。

現在NHKで放送されている 「鶴瓶の家族に乾杯」 という番組は、実は開始当初はさださんがかつ

て地方にコンサートに行った時に、お世話になった当時の地元の青年団やボランティアの方々に

お礼を兼ねて再び訪れるという趣旨のものだったのだそうです。


     


さだまさしの曲はその繊細な詞の特徴もあり、昔も今も女性からの支持が圧倒的に高いことで知

られています。 私も当初はそれほど関心があったというわけではありませんが、あることが原因

で彼の曲も割と普通に聴くようになりました。 

それは今を遡ること三十数年前、辛口爺がまだ凛々しい高校生だった頃。

クラスの隣の席の女の子がバレーボール部のキャプテンでして、この娘がなんといいますか、今

でいうバリバリの筋肉系女子 ...そりゃ~まあ男勝りの豪快さでしたな 。。。・△・。

ところがこの娘がなんでか知らないが見かけによらずさだまさしの大ファンで、興味を示さない私

の学ランの胸ぐらを事あるごとに掴んでは、「なによアンタ、いい歌なんだから聴きなさいよね !」、

てな感じで有無を言わさず強引に勧められ、その後もこちらの好き嫌いなどお構いなしに毎日の

ようにさだまさしの良さをとうとうと聞かされ、色々な曲を半ば洗脳のような形で叩き込まれ、覚え

させられたというわけです。 ('、з)っ


そんな彼女が一番に教えてくれたのがこの曲です。

1977(昭和52)年の作品で、「雨やどり」

雨の日が多い今日この頃にピッタリくる歌かもしれません。  



この「雨やどり」 はさだまさしがソロデビューして2枚目のシングルで、自身初のオリコンチャート

1位に輝いた曲でもあります。

とっても”ほのぼの”としてますし、こういう曲が1位を獲得する時代って、なんだか凄く良いですね。


ところで、このブログを書いている間にちょっと思い出したのですが、かつてこんな漫画があったこ

とをご存知でしょうか ?


        


みつはしちかこ作の 「小さな恋のものがたり」

”チッチとサリー”と言ったほうが印象深いでしょうか。

1962年から、途中休載はありましたが一昨年まで続いたプラトニックな恋愛の4コマ漫画です。

私の中では 「雨やどり」 とこの 「小さな恋のものがたり」 がピッタリと重なるのです。

ご長寿漫画といえば 「サザエさん」 ですが、それに次ぐのがこの作品といわれています。

三つ上の姉がよく読んでいて、その影響で漫画なら何でもよかった私も読むという具合でした。

なんでもこの漫画には世の女性たちが少女時代に思い描く理想像が描かれているのだそうで、女

生徒の間で知らぬ者はなく、爆発的な人気ということは無かったのですが、世代を超えてずっと静

かなブームを続けていたのだそうです。

かくいう私もこれを読んでは密かに女ゴコロを研究したものでした (^^ゞ

たゆまぬ努力と研究心はいつかきっと実を結ぶものです(笑)


話が逸れました。


さだまさしを代表する曲というのは沢山ありますが、私が推すのは何といっても 「関白宣言」

この曲は一つ詞の中に笑いと涙と感動が同時に詰まった稀有な作品だったと思います。

”亭主関白”が殆ど死語となった平成二桁の今の世ですが、この曲を聴くと実はこの歌がヒットした

昭和の終わり頃から既にそれは始まっていたのだということに気づきます。

動画は発売された1979(昭和54)年のNHK紅白歌合戦の時のもの。

詞は結婚を前にした男が花嫁に対して精一杯の強がりを言うという内容です。




すごく良い動画だと思います。

昭和を代表する方々がずらりと並んだ審査員席 ...

紅組の女性歌手たちの表情も良いですね。

山口百恵もこの年が最後の紅白でした。 この前々年にはさだまさしの「秋桜」を歌いましたね。


名曲として知られるこの「関白宣言」ですが、当時は二つほどエピソードがありました。

一つはその歌詞の内容から、”女性差別”あるいは”男尊女卑”であるとして、当時の女性団体か

らの反発を受けたこと。

そしてもう一つは、紅白出場に際し曲が長いためにどうしても持ち時間内に収まらないこと。

これに困った紅白のスタッフが、たまたま30回記念でこの年に限り特別出場したあの美空ひばり

さんに相談したところ、全歌詞を読んだひばりさんの、「これ(歌詞)は切れないわね」 という意見

に従い持ち時間の延長が特別に認められたのだそうです。

これは流石というか、やはり偉大な方は大事なことがわかっていらっしゃいますね☆


                    

長くなりましたのでこの辺りで終わりにします。


かつてどこの家庭も大家族だった時代、親父や夫は大黒柱であり、絶対的な存在でした。

家族の皆が賛成しても、最後に親父の一言でひっくり返るなんてことは当たり前にあったものです。

だからこそ子供たちは親父を越えようと、早く一人前の大人になろうと努力したものなのです。

それがいつしか核家族化が進み、女性も働きに出るなど社会への進出が進み、更に全ての事柄

に対して男女平等などというおかしな思想が持て囃され、やがて親父の威厳は廃れ、引きずり降

ろされ消えゆことに ...



 いや、やめよう。


 虚しくなるだけだ ...(笑)



というわけで”みんカラ頑固親父復権、並びに親父の地位向上委員会” 幹事長の辛口おやじがお

届けする、久々の 「昭和のアーティストたち」、


今回は 「さだまさし」 でした~


  
   ではまた.✌



Posted at 2016/09/25 17:29:14 | トラックバック(0) | 昭和のアーティストたち | 日記
2014年12月13日 イイね!

昭和のアーティストたち、其の四 「甲斐バンド」



   「 生きるってことは 一夜かぎりのワン、ナイト、ショー


    矢のように走る 時の狭間で踊ることさ


    今夜お前はヒロイン もう泣かさないよ


    この魂のすべてで お前を愛してるさ 」



                HERO( ヒーローになる時、それは今 ) より



 一週間のご無沙汰でした、辛口おやじです。

 いや~ シビれますね~

久々の昭和のアーティストたち、今回は「甲斐バンド」です。

甲斐バンドとくれば私の世代はなんといってもこの曲です。



このHERO(ヒーローになる時、それは今) が発売されたのは私が高校2年の冬でした。

当時システムコンポのステレオ( 確かパイオニアのプロジェクトシリーズ )を買ってもらったツレの

家に悪友たちとたむろし、ポンジャンという麻雀を簡素化したゲームをやりながら、アンプのラウド

ネスをオンにし、低音をビンビンに効かせながら聞いたものです。


おや、ポンジャンをご存知無い?

当時はこれをマスターしなければ本物の麻雀にいってはいけないという掟があったんです(笑)

私はポンジャンはマスターしましたが、その後は麻雀にはいかず女に走りました。

なのでツレの間では今だに麻雀のできない裏切り者です(笑)



動画は1979年、確か一度だけ当時の人気番組だったTBSのザ・ベストテンに出た時のものです。

画質は良くありませんが、甲斐バンドの当時の雰囲気が一番伝わる動画だと思います。

最初トークが入りますので、唄い始めは1分25秒くらいからです。






当時ニューミュージックの方たちは、ベストテン番組にランクインしても出演拒否される方が多く、

この甲斐バンドもそのうちの一つでした。

しかし彼らが一度だけを条件にこのザ・ベストテンに出るという情報が入った当日は、朝から緊張

が走ったものでした。

それだけに生放送中はテレビの画面を固唾を呑んで食い入るように観たのを覚えています。

この時このザ・ベストテンという番組のそれまでの最高視聴率をマークしたのだそうです。




さて早いものでもうすぐクリスマスですね。

別に私らおやじ連中はどうということはないのですが(笑)

私らの若い頃はクリスマスソングといった洒落たものは無かったように思いますが、今思い起こし

てみて、強いて挙げるとすればこの曲だったかなと思います。

「 安奈 」 1979年の曲です。

この時期が来ると今でもなんとなくこの歌が頭の中を流れるのです。






左利きの甲斐さんが弾くギターの見た目の違和感がなんともいえませんね。

昔は左利きのことを「ぎっちょ」と言ったんですが、その言葉がピッタリくるように思いますね(笑)



この甲斐バンドについての私の勝手なイメージですが、

「 俺たちは大人の操り人形じゃないぜ! 大人の言いなりには絶対にならないぜ!!」

と叫んでいるような強烈な自己主張が感じられるグループだったように思います。

当時はまだツッパリという言葉は有りませんでしたが、

 ・・・いや、ツッパリというとちょっと軽いか・・・

なにかもっととんがった硬派な男気のようなものを感じるバンドだったように思います。

 ( しかし、この甲斐さんももう還暦過ぎてるんですね。みんな歳食ったな~ 笑 )



久々の昭和のアーティストたち、


今回は私の永遠のHERO 「 甲斐バンド 」 でした~


















Posted at 2014/12/13 21:10:33 | トラックバック(0) | 昭和のアーティストたち | 日記
2014年01月26日 イイね!

昭和のアーティストたち、其の三 「岡林信康」


 一週間のご無沙汰でした、辛口おやじです。


皆さんは「放送禁止歌」、というものをご存知でしょうか。

特に明確な規定は無いそうですが、一般的には歌詞の中に差別用語とされる言葉が含まれて

いるものを指し、あくまでも自主規制という事なのだそうです。

もう一昨年という事になりますが、紅白歌合戦で美輪明宏さんが「ヨイトマケの唄」を歌ったのが

話題になりましたが、この歌も長らく放送禁止歌としてテレビ等で歌うことを自粛していました。

歌詞の中の「ヨイトマケ」と「土方」という言葉が差別用語にあたるのだそうです。




 

 「岡林信康」は今から45年ほど前、いわゆる70年安保闘争の時代に活躍され、当時
日本の

「フォークの神様」と呼ばれた方です。

・・・と言っても若い皆さんはほとんどの方がご存知無いかもしれませんね。



この岡林信康の曲はまさに放送禁止歌のオンパレード。

70年安保の学生運動のさなか、キレイ事でない真理と強烈なメッセージを込めた彼の歌は瞬く

間に当時の若者の心を掴みました。

今回紹介する2曲はともに彼が22歳の時に発表した曲です。

まず一発目は「くそくらえ節」です。

あの時代の世界の情勢などが歌詞に入っていますので、現代の若者には内容が分からない

部分もあるかもしれません。





 昨年末の紅白歌合戦に泉谷しげるさんが出場して話題になりました。

その泉谷さんが師匠と仰ぐのがこの岡林信康だそうで、破天荒でやりたい放題な彼も岡林信康

の前では現在でも常に直立不動、言葉も敬語なのだそうですね。

また、松山千春も岡林を尊敬しており、彼の影響で歌の世界に入ったのだと公言しています。

もちろん今のハゲちゃびんの千春ではなく、髪がフサフサの頃の千春です。


 

 さて、次の曲は「チューリップのアップリケ」という曲です。

世の中には悲しい歌というものが沢山ありますが、私はこの歌ほど悲しい歌は今まで聞いた事

がありません。

あまりにも現実的な内容です・・・

世の中にはこんなにも悲しい歌があるのだ、という事を知って頂けるだけで結構です。

この作品には「同和問題」というものが絡んでいます。

いわゆる「部落」に生まれた少女のことを歌っているわけです。

この同和の問題については、誤解を招く恐れがありますのでこの場では発言は致しません。

もしもあなたが小学校の先生で、自分の受け持つ児童がこのような作文を書いてきたら・・・

あなたならどう受け答えするでしょうか。



 岡林信康の歌は一貫して貧しい人々を描いた社会派であり、当時の学園闘争や安保闘争で

闘う学生や労働者に広く受け入れられました。

この岡林信康をきっかけに、フォークソングはその後、吉田拓郎や井上陽水、かぐや姫等が現

れて、一大フォークソングブームに発展したのです。

そのフォークソングはやがて社会派的な傾向から離れ、Jポップと呼ばれる新しい分野として

発展していきました。

それまでは、お洒落な音楽といえば洋楽だったのですが、若者を中心に音楽ファンの興味が

日本の音楽シーンに移っていったのですね。

これがニューミュージックと言われる音楽の台頭という事です。


すべての始まりはこの「岡林信康」であると言われています。



さて、いかがでしたでしょうか。

少し難しかったですかね。

正直、この短いブログの中ではとても紹介しきれないのが本当の所です。

もし興味が湧くようであれば今でもユーチューブで沢山聞けますので、そちらでどうぞ。



ではまた来週まで、ご機嫌よう~
Posted at 2014/01/26 20:24:26 | トラックバック(0) | 昭和のアーティストたち | 日記

プロフィール

「驚いたね~ まさか当選するとは思わなかったなぁ。それに「私自身、必要な説明をし、公私のラインを引かせていただいた。一定の信託はいただいたと思う。」って・・・
なに勝手に禊すませてんだ ?
国民は信託なんかしてないぞ !

何シテル?   10/23 21:10
上品とは無縁の田舎のべらんめぇ親父です。 身の程知らずの言いたい放題。 時として極論で語ることもありますが、昭和 の頑固親父の戯れ言だと...
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尚、長期に渡り疎遠な方は縁無きものと判断し、

予告なしに削除して参りますが悪しからず。

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