
三ヶ日から宇利峠を越えて、別所街道(国道308号)で愛知県の新城付近を走っていると、実際の町名と建物などに付いている名前の不一致に戸惑う地域があります。
先日自転車で立ち寄ったローソン新城庭野店の店先でその地名の付いた栗が売られているのを見つけました。
このローソンはライド中に立ち寄ることの多い店で、コンビニなのに店先に地域の特産物が陳列され売られているという、ちょっと変わったローソンです😅
新城を流れる豊川にかかった新城橋の南、桜淵公園の西に位置するこのローソンは知ってる人も多い筈。
Google MAPでは
ここ です。
売られていたものは、こちら。

栗ですね。
新城産「
八名栗」と紹介されています。
八名?新城に「八名」という住所はありません。八名井という住所ならあります。
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愛知県新城市の地図・住所一覧(や行)
八名の名称は住所にはないものの、地域名として存在しています。
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八名地域自治区
新城の地域名って少し他所と違って、住所に無い地域名が多い不思議な場所です。
例えば「船着(ふなつけ)」や「千郷(ちさと)」など、住所に無いけど地域名としてだけ存在する名称があります。
「八名」は先ほどの八名地域自治区のwebを見ると、「小畑、中宇利、富岡東部、富岡中部、富岡西部、黒田、庭野、一鍬田、八名井、東清水野」の10行政区で構成されていると紹介されています。
実はこれ、その昔の「愛知県八名郡八名村」の名残りです。
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八名村
WikiPediaでは
現在の新城市東南部、豊川の東岸に該当し、東と南は静岡県と接する。
2005年10月の新設合併後、旧村域に八名地域自治区が置かれている。
と書かれています。南で静岡県と接する町が三ヶ日町です。
三ヶ日町から国道301号(別所街道)で宇利峠で新城に下る坂の先にある橋がこちら。

八名橋(やなはし)です。
この橋を越えた富岡町に行くと様々な所に八名の文字は登場します。
富岡町にあるのに小学校や中学校は「
八名小学校(やなしょうがっこう)」「
八名中学校(やなちゅうがっこう)」いずれも住所は愛知県新城市富岡です。
郵便局も「
八名郵便局(やなゆうびんきょく)」です。
古い地図を見ると「八名村」の名称が記されています。

右は現在の国土地理院地図、左は1916~1918年頃の地図

地図の中に「村 名 八」の文字が!
そして左下にある富岡の街中には、特徴的なクランク状の道路が見えますね。
そしてもう少し古い1889~1890年(明治23年)の頃の地図の方がクランクがはっきりと見えます。

左は先ほどと同じ1916~1918年(大正7年)頃、右が1889~1890年(明治23年)頃です。
大正7年の地図では富岡の集落の北端にあるクランクが消えています。
さてこのクランク状の道路、私の地図ではお馴染みの話題です。
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こんな所にクランクが
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地図 ~ここはもともと何だったところ?(2)~
富岡の周りには大きな城はなかったので、恐らく新城市内のクランクと同じ目的で「新城城」を守るためのクランクだったのかなと思われます。
そして少し面白いのは、右の1889~1890年(明治23年)頃の地図には「八名村」の記載が無い点。
この謎は先ほどリンクしたWikiPedia内の<歴史>に説明があります。
1889年(明治22年)10月1日 -
八名井村、一鍬田村、庭野村が合併し、長部村となる。
富岡村、小畑村、黒田村、中宇利村が合併し、富岡村となる。
1906年(明治39年)7月1日 - 長部村と富岡村が合併し、八名村となる。
八名村が登場したのが1906年なので、1889~1890年(明治23年)の地図には記載が無く、1916~1918年(大正7年)には記載があるということです。
最初古ければ八名の記載があるだろうと探したのですが、ありませんでした💦
そして今回の話題の発端となった「八名栗」って八名の地で採られた栗の事らいしいです。
呼び方は?
やなくり or
やなぐり?
実は知りませんが「やな」が頭に付くと微妙な雰囲気になりますよね😅
ちなみに冒頭写真の「八名信夫」さんは本名は同じで岡山県岡山市出身だそうです。
八名の地域とは関係ないのかな🤔
苗字由来.netでは、全国人数およそ50人で結構レアです。
名字の由来解説では「徳川家などを輩出した現愛知県東部である三河国八名郡八名郷発祥ともいわれる、伴氏ともいわれる。近年、東海地方に多数みられる。」ということらしいです。
え!徳川家輩出の地域なの😨
Posted at 2021/10/04 23:46:05 | |
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