ロータス・エリーゼが動かなくなってから約3ヶ月。
正確に言えば、動かす人が逝ってしまったことで、
動かしようがなくなってしまったのだ。
それでも3ヶ月の間に、
1度だけ中古車屋がエリーゼ以外の車を引き取る際に、
エリーゼのエンジンを点火させたことがあったそう。
故人は独り者だったけれど、
妹家族の甥っ子を特に可愛がり、
いつかエリーゼを彼に引き継ぎたいと思いは知っていた。
そのために甥っ子はわざわざマニュアル運転免許を取らせたのだ。
しかし、その思いとは裏腹に、あっけなく逝ってしまった。
急死した故人から、
自分に託されたと勝手に思っているものがいくつかあって、
エリーゼに関しては、ベクトルは違えど、
故人の立ち上げたビジネスと同じくらいの思いと考えている。
買った経緯から、修理履歴やらなんやらいろいろ聞いていた。
修理ガレージに入庫していた時期も結構あったけど、
ある意味故人の愛情を注がれた分身に近い感じに思えてくる。
ところが故人の甥っ子をはじめ、
家族の誰もが故人の思いを共有しないまま、
一度も乗らないで売られてしまうのではちょっと悲しすぎる。
そんな故人の甥っ子はまだ大学4年生。
彼が高校生のとき、甲子園を目指していた野球部の試合を
予選からすべてつきあわされたこともあり、
よく知っている仲でもある。
とはいえ、彼もエリーゼに乗った経験を持ち、
故人の思いも知っているだけに興味はあるけれど、
それを譲り受けて走るにはさすがに荷が重すぎる。
それでも「せめて売る前に一度ぐらい乗ってあげたら?
乗るときは手伝ってあげるから」
以前、そんな風に話していた。
その甥っ子が東京の大学から帰郷し、
それに合わせて、久々にエリーゼを動かすことになった。
ところがいざ動かすとなると、
エリーゼを運転したことはあるものの
そもそも自分は動かせるのだろうか?
3ヶ月も空いて動くのだろうか?
不安の方がはるかに大きくなってきた。
しかし軽く言った以上、やるしかない!
まずはエリーゼの置いてある故人の自宅へ。
甥っ子や家族に挨拶をしながら、
「じゃあ動かしてみようか」
そう言ってみんなでカバーを外す。
カバーの下から出てきた車はキレイなままの姿で、
改めてそのフォルムの美しさとともに、
久々に出会った懐かしさがあふれた。
問題はここからだ。
とりあえず一度エンジンを付けるために、
シートに乗り込んでみた。
ちなみに自分の乗ったときから、
さらにバケットシートに替え、
ハンドルも径の小さい取り外しタイプになり、
「もう体のサイズ的に乗れないよ」と言われていた。
そうは言っても今は乗るしかない!と、
足が攣りそうなりながら、無理矢理シートに乗り込んでみた。
「一応、ちゃんと乗れたよ」と、
ちょっと故人に自慢したい気持ちにはなった(笑)。
乗り込んだら、いよいよ復活に儀式である。
キーを差し込んで回してエンジン点火!
のはずが、うんともすんとも言わない。
「原因は何?」
ちょっと想定内ではあったけれど(笑)、
こうなったら詳しい人間に聞くしかない。
一度エンジンを点火した中古車屋は実は同級生なので、
すかさず電話してみた。
帰ってきた答えはやはり想定内のバッテリー上がり。
ライトが付かない。あるいはセキリティーが反応しなければ、
おそらくバッテリー上がりで、
ジャンプスタートで確認してみればわかるとのアドバイスも。
「ありがとう」と電話を切ったものの、
そもそもエリーゼのバッテリーって、どこ?
現状で開くところはリアのところしかない。
そこを開けて見ると、あ、バッテリーがあった!
さらにジャンプスターター用のブースターケーブルも。
その時、偶然故人の母親が来て、
「そういえば乗る前いつもコードつないでなんかやってたよ。
窓からコード出して…」
そう言われて窓のところを見ると、
確かに家庭用のコンセントにつなぐ赤と黒の小さいブースターケーブルがある。
ただしクリップの部分が小さくて3cmぐらいしかなく、
車のバッテリーの端子につなげるようなものじゃない。
でも、「窓からコードを出して」という話と、
トランクに積んであったブースターケーブルから推測される方法は
家庭用コンセント用の小さいブースターケーブルと、
ジャンプスターター用ケーブルをつないで充電するしかない。
ジャンプスタートはやったことあるけれど、
ケーブルとケーブルをつないでコンセント充電の経験がない。
常識的にはいけそうだけれど、
「本当にこれでいいの?」
故人に電話で確認したくなってしまった(笑)。
だが、現状打てる手は、
ケーブルとケーブルをつないで充電するしかない。
充電している間は、故人の部屋の片付けのお手伝い。
亡くなった日に呼ばれて行ったときは、
まだ警察が検死の最中で、
部屋の奥の方までは入ることはできなかったけれど、
今は少しずつ故人の物を片付けてはいた。
ちなみに本人は凝りすぎる趣味人で、
エリーゼも愛していたけれど、
フライフィッシングやらドローンやら、
手つかずの趣味のものが多数残っていた。
いくつかの趣味に付き合うことも多く、
フライフィッシングに連れていかれたこともあった。
家族としては故人のものを売るのは忍びないらしく、
それならぜひ使ってあげないと。
故人はあれもしていた、これもしていた。
そんな話をしながら、1時間ほど経ってから再びエリーゼの元へ。
果たして、あれで本当に充電されていたのだろうか?
これで充電されてなければ諦めてまた日を改めるしかない。
充電がされたかどうかわからないまま、
とりあえずドアを開けた途端、
「ギューン!」と、
近所迷惑確実な大音量でセキュリティアラームが鳴った。
運転する以前に、セキュリティアラーム、どうやって止めるの?
問題はそこかっ!?(笑)。
耳をつんざくような音をガマンしながらいろいろやってみたところ、
なんとか音は止めることができた。
ライトも付いたので、どうやら充電はされたらしい。
「じゃあ、トライしてみますか?」
今度は先に屋根を外して、甥っ子が乗り込んでエンジン点火を試みる。
「爆発しない?」
「そういうのあるかも?」
なんて周囲で話をしていたところ、
「ブロロロロロ」という低いエンジン音と、
「あ、かかった」という声がほぼ同時に発せられた。
見事にエリーゼが復活した瞬間だ。
故人が戻ってきたわけではないけれど、
残した思いとともに、
息を吹き替えしてくれたような感覚になるから不思議。
しかし、ここからが大変だ。
まずはバックで車庫から出さなければいけない。
ところが甥っ子は、大学4年生で運転経験も浅く、
いきなりマニュアルのエリーゼで車庫出し。
「手で押す? 自分で動かす?」
と聞いたところ、結局はまた車庫入れしなければいけないので、
運転で車庫出しをやってみようと言うことに。
当然のごとく何度かエンスト。
そりゃそうだ。ぶつけたらいくらかかるかも最初に話してあるし…。
それでもなんとか車庫から表に出した。
いよいよエリーゼを甥っ子が駆るときがやってきた。
自分が助手席に乗り込んで、
いよいよエリーゼの走りがスタート。
まず箱根辺りまでとは思ったけれど、
さすがにあのバッテリー充電と甥っ子の運転では心もとない。
慣らし運転の意味も込めて、
「近所を1周してみよう」
「とりあえず坂道発進はなしで(笑)」
そんなことを走りながら話していたのだが、
ちょっとした坂道のところを左折しようとしたらエンスト。
そういう事はあるだろうとは思っていたけれど、
左折途中でしかも坂道。
エンジンはかかるけれどギアが入らず動かないと言う。
原因はよくわからないけれど、
後続車のいない田舎道で、
とりあえず自分が降りて押すことに…。
押しながらローじゃなくてセカンドスタートを指示したところ、
なんとかギアが入ってリスタートできた。
バタバタの一周だったが、
もう一周してみるということで、
今度は故人をよく知る人間(正確には会社の部下)に助手席を譲った。
ところが助手席に乗り込んでスタートしようとしたら、
またエンジンがかからなくなってしまった。
幸いなことに、自分の車がエリーゼの後に付けられる位置に。
これならケーブルつないでジャンプスタートができるのだ。
余談だけれど、今月、自分の車でジャンプスタートをやるのは2度め。
1週間ぐらい前に、家の日産車がバッテリーが上がってしまった時、
キャプチャーをつないでエンジンをかけた。
ちょうど新しいバッテリーも買ったばかりのタイミングで、
2度もジャンプスタートのお役を果たしてくれるとは(笑)。
キャプチャーからエリーゼへ願いを込めて、
電気を送り込んだところ、再びエリーゼが復活!
万が一トラブルが起きて、
押しがけや後ろの車の交通案内などに対応するために、
後ろから伴走者として追随することに(笑)。
今度はエンストすることなく
エリーゼとキャプチャーのランデブーは数分でゴールを迎えた。
動かす前も、動かしてからもバタバタでいろいろとあったけれど、
家族の前で再びロータス・エリーゼの鼓動が高らかに蘇ったことは、
なんだか爽快な気分だった。
「エリーゼ、ほんとめんどくさいヤツだね」
そう言うと、故人を思い出して全員が笑った。