2026年05月24日
我が家に
2羽、
小鳥さんがやってきました。
輪ゴムをかけると
「巣」のように見える、
トリの巣 輪ゴムホルダー。
そのあとやってきたのは
こちらの
小鳥さん。
癒しの
クリップホルダー。
Posted at 2026/05/24 13:54:50 | |
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買い物 | 日記
2026年05月19日
この日は
「みんなのおうち 喫茶ヌック」で
ランチを予約。
ここは、
本当に癒される空間。
我が家のお気に入り。
量が少なく見えますが
食べると
ボリュームがあります。
もちろん、
お味もGOOD!
食後のデザート♪
これは絶品‼
ちいさなご褒美プリン。
わたしの大好きな
「栃木市立美術館」へ。
こちらは、お隣の
「栃木市立文学館(旧栃木町役場庁舎)」。
「栃木市立美術館」では
「中原淳一展」を開催中。
中原淳一(1913-1983)は
編集者、文筆家、画家、ファッションデザイナー、
インテリアデザイナー、人形作家など
さまざまなジャンルで才能を発揮しました。
本市ゆかりの
小説家・吉屋信子の
『花物語』の挿絵と装丁を手がけたことでも
知られています。
中原は、1932(昭和7)年、
雑誌『少女の友』に掲載された
自身の人形展の記事がきっかけとなり
同誌の専属画家として挿絵や表紙絵を描き、
編集や付録の企画にも関わりました。
初めて連載を担当した
ファッションページ
「女学生服装帖」では、
日中戦争が始まり戦時色が強まるなかでも
時局をふまえつつ、
装う楽しさを少女たちに伝えました。
しかし、中原が描く少女たちは
「華美で不健康」とされ、
1940年の6月号を最後に
『少女の友』を去りました。
中原は終戦1年後の1946年、
「再び人々が夢と希望を持って、
美しく暮らすための本をつくりたい」という想いから、
雑誌
『ソレイユ』
(8号以降
『それいゆ』と改名)を創刊しました。
中原の雑誌編集への情熱は
これに続く
『ひまわり』、
『ジュニアそれいゆ』、
『女の部屋』にも注がれ、
ファッションやインテリアの提案だけでなく
文学、美術、音楽など内面を磨く記事が掲載されました。
本展は
中原の雑誌や著作本の表紙原画、雑誌付録、
手がけた服など約180点を展示し、
現在も色褪せないメッセージが散りばめられた、
中原淳一の創作の数々を紹介します。
いやー、
彼のイラストやデザインだけでなく
その「ことば」も
心を打ちますねー。
すばらしい。
強ーい「芯」と
「反骨心」に
あふれています。
さぁて、
ここから
「巴波川」お散歩、
スタート!
「カワウ」さんに遭遇。
水面に出てきたかと思うと
すぐに、
すごいスピードで潜り、
全然違う場所から
ヒョッコリ出てきます。
「白旗八幡宮」。
「白旗山勝泉院」。
Posted at 2026/05/19 22:57:02 | |
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カフェ・喫茶店 | 日記
2026年05月17日
今期はもう
行くことはないと思っていた、
埼玉スタジアム。
でもでも、
監督変わったら
4連勝。
田中達也監督の
快進撃を見ていたら、
選手の生き生きとした姿を
YouTube で見ていたら。
行きたくなるぢゃあ
ないですか。
でもでも。
次期監督人事の話が
ニュースで流れてきて
テンションはビミョーなものに。
キーパー対決!
ショルツをとめたのは
最高の気分だったけど、
結果はいつもの
PK負け。
(9 PK 10)
あー、
モヤモヤした気分が
抜けませんー。
Posted at 2026/05/17 19:18:18 | |
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サッカー | 日記
2026年05月10日
東京外郭環状道路のすぐ脇に
立派なお城(陣屋)が
手つかずで残っているなんて
想像できますか?
東京から
たったの20分程度。
「さいたま市立博物館」と
「川口市立文化財センター分館
歴史自然資料館」で、予習もバッチリ。
すぐそばが外環だなんて
まったく信じられないほどの
静寂さ。
そして、
自然、自然、自然。
あの、
こんもりしたところが
かつての
陣屋の中心部。
鳥のさえずりも
美しい。
この
クランクを
まさに曲がらんとす。
右が
陣屋跡、
左は
家臣の屋敷地。
「二の丸」へ。
西側の堀跡。
「二の丸」跡(かな)。
自由に歩き回れるところが
最高‼
ちょっとした探検気分が
味わえます。
(しかも
熊さんの心配なし!)
意外と
アップダウンもあり
山城を攻略している気分。
外環の
すぐそばまで来た。
「赤山陣屋」北堀の西端。
戻ります。
いやー、
本当に気持ちのいい場所です。
赤山陣屋の一角に祀られた
「赤山日枝神社」へ。
「八幡社」と
「天神社」。
総面積、77ha。
元和4(1618)年頃、
代官(通称:関東郡代)
伊奈半十郎忠治が築造。
徳川幕府の
経済基盤の確立に尽力した
伊奈氏。
400年の時を経た
貴重な遺跡です。
Posted at 2026/05/10 19:27:50 | |
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歴史 | 日記
2026年05月10日
以前からずーーっと
詳しく調べてみたいと思っていた
「赤山陣屋」と「赤山街道」。
先日、
さいたま市立博物館にて
「赤山陣屋の成立と近世の赤山道」という
すばらしい講座を受講し、
すぐに行かねば、と
思っておりました...。
第37回企画展
「近世さいたまの道-村をつなぐ生活の道・信仰の道-」の
関連講座。
そして、
本日。
「赤山陣屋跡」のすぐそばに
駐車場があったはずと思い、
陣屋跡に突入しましたが、
ここはやばい!
ナビがなければ
確実に迷子になります。
こんな場所が、
まだ川口にあるなんて...。
案の定、
駐車場は見つけられず、
「川口ハイウェイオアシス」の駐車場へ。
(
「赤山日枝神社」のそばに
駐車場ありました)
お楽しみは
あとで。
ぜひ
大河でも扱っていただきたい
「伊奈忠治公」。
蔵入地(幕領)400万石を管理する
代官衆のリーダー、代官頭です‼
本当に
家格が高いのに
いまいち、注目度が...。
家康さんからの信頼も絶大で
関八州のまとめ役も
任されます。
「どうする家康」でも
期待したのですが
存在感は、今一つ...。
江戸城内の
こんないい場所に
家康さんから
屋敷をもらっています。
東京拘置所も
もとは
伊奈氏の屋敷跡ですよ。
「川口市立文化財センター分館
歴史自然資料館」へ。
江戸城周辺の幕領の開発、
関所の管理、
木材生産地としての秩父も管理していた
伊奈氏。
「赤山陣屋」は
左右に五街道、
江戸へは日帰りでき、
南には、
別水系の低地が広がり、
低地開発には
最適の地が選ばれています‼
利根川と
荒川の付け替え普請(利根川東遷、荒川西遷)などの
超ビッグプロジェクトも
伊奈氏のおかげ。
関東各地に残る
「備前堀」や「備前堤」と呼ばれる
運河や堤防はいずれも
伊奈忠次の官位「備前守」に由来してますよー。
このあと徒歩で
「赤山城(陣屋)跡」へと
向かいます...。
山城好きの方も
大興奮すること、
間違いなし。
Posted at 2026/05/10 17:29:16 | |
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歴史 | 日記