あれ、「北の国から」って
「北の国から2002 遺言」で終わりじゃなかったっけ?
と思われた方。
正しいです。
でも、その後のストーリーが
倉本聰さん書き下ろしの
短編になっていたとは……。
「北の国から」の大ファンとして
大いにぬかっていました。
では、純クンの語りで構成されている
「北の国から2004 純と結の家」を。
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小さな事件は色々あった。
でもそれは、どこの家庭でも起るような事々で
とりたてて人に云うような話じゃない。
二○○二年冬。
僕は結と結婚した。
その時、それからその後のことを、
実は今あんまり思い出したくないんだ。
結婚と同時に僕らは麻町にアパートを借り、
麓郷を離れて富良野の町に住んだ。
中畑のおじさんも成田のおじさんもシンジュクさんもクマさんも
結婚式にさえ呼ばなかった。
そのことで僕らはまわりの人々から
陰で恩知らずと云われていたらしい。
でも。
僕は僕なりに結婚ということを、
新しい家庭を創るという夢を、
誰の手も借りず、
誰に迷惑もかけず
二人っきりのこの世で初めて純粋な作業にしたかったんだ。
多分そのことこそ僕らにとっての
出航の仕方だと思っていたんだと思う。
だから僕らは結婚式も
僕ら二人の考えだけで進めた。
式場は僕らの2DKのアパートで、
参加してもらったのは
父さんと雪子おばさんと、
それに羅臼のトドだけだった。
披露宴も一切しなかった。
この三人にだけ来てもらえば充分だと
有頂天の僕らは思いっ切り信じていた。
埼玉の方にいる蛍や正吉には、
金がかかるから来ないで良いと云った。
その晩、
僕らと別れた父さんとトドが、
くまげらで飲んで何故か荒れ狂い、
中畑のおじさんや成田のおじさんや
シンジュクさんまで呼び出して大暴れをし、
ふすまを何枚も叩きこわしたという話を後できいたときも、
全くしょうがねぇ! と思っただけだ。
僕らは麻町の小さなアパートで、
まゝごとのような愛の巣にたてこもり
ヴィデオを見たりテレビゲームをしたり、
とにかく倖せの絶頂にいた。
麓郷には
たまにしか僕は行かなかった。
むしろ結の方が年中通って
父さんに晩めしを作ったりしていた。
二年前
おばさんを癌で亡くした中畑のおじさんが
新しい奥さんをもらうことになったと聞いたのは、
二○○四年の春先のことだ。
そのおじさんの新婚の家を、
雪子おばさんの拾ってきた家の隣に、
やっぱり捨てられてあるものだけを集めて
父さんが作り始めたらしいという話も、
その時一緒に風の便りにきいた。
死んだおばさんの遺言の中にあった、
拾ってきた町という夢みたいな話を、
父さんがマジに追っかけているという話に、
いゝかげんにしてよと僕らは笑った。
事実を僕が初めて知ったのは、
コンビニで逢った中畑のおじさんの口からだ。
木材屋をやってるおじさんだったら、
いつだって新しい材料で
新築の家が建てられるのに
おやじがわざわざ拾ってきたもので
変てこな家を建てたりしちゃって
迷惑しているんじゃないですかと笑ったら
中畑のおじさんはしばらく黙り、
それからいきなり小さな声で怒鳴った。
それはちがう! とおじさんは叫んだ。
五郎の建ててるのは、俺の家なんかじゃない!
あれはお前ら二人の為の家だ!
育ててくれたおやじを、麓郷を、
簡単に捨てて出て行ったお前らに
いつかもう一度戻って来て欲しくて、
あいつが黙々と建てている家だ!
あれは、お前ら二人の為の家だ!
その晩、
僕らは月明かりの下で、
そっとその家を見に行った。
僕らは口がきけなかった。
アパートに帰っても僕らは黙っていた。
テレビもつけずに、結も僕も泣いた。
父さん!
この二年を僕は今。…考えています。
新婚の倖せにどっぷりひたり、
家庭は僕ら二人きりのものなのだと
いつのまにか次第に思い込んでいた自分。
しかしその間父さんは変らず、
一方通行の無償の愛情を
僕らに対してそそいでくれていた。
それが僕たちの嘲笑していた、
あの新しい家だったんですね…。
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Wikipediaによると
この後・・・
・正吉と蛍は離婚
・純と結も離婚
・純は同じく離婚していた、初恋の相手れいちゃんと再婚
・快を主人公にして、ドラマを展開する構想あり
え、ええーーーー。
気になるっっ。
倉本さんっ、ぜひぜひ続編を!!!
(......だめなら、知り合いの脚本家(の卵)Kさん、
続きを書いて下さいな~)
あーー、
また富良野に行きたい虫が
ウズウズしてきちゃいましたーーーーー。
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北の国から | 日記
Posted at
2011/02/17 21:53:38