
その3からの続きです。
今回は”彗星”などに搭載されたアツタ発動機です。
このアツタは日本軍としては珍しい水冷エンジンですが、ドイツ軍のDB601がベース(ほぼフルコピー)です。空冷エンジン搭載機と比べると機首がとてもスマートになる一方、当時の日本にとっては技術的難易度が高く量産運用の両面で大変苦労したエンジンです。
【エンジン左側面(下側)】
シリンダーヘッドがクランクシャフトよりも下側にある倒立構造なので、排気管もエンジンの下部にレイアウトされています。アツタはV12エンジンですから片側バンクでみると6気筒分つまり6本の排気管が取り付けられています。またその排気管先端も絞りこみが設けられており、ゼロ戦52型などと同じように推力式排気管になっています。

栄などの星型空冷エンジンはもちろん、アツタと同じ水冷V12エンジンであるロールスロイスマーリンでも機械式過給機はエンジン後方にクランクと同軸にレイアウトされているのに対して、このアツタ(やDB601)は機械式過給機がエンジン後方に横向きに取り付けられています。(写真右上に写っている吸気口奥に羽根車が見える) このレイアウトにより過給機本体のメンテナンスにかかる手間は通常のエンジンと比べ大幅に削減出来たようですが、設置スペースの関係から羽根車が小さくなってしまい性能面では不利だったようです。
使用燃料のオクタン価違いもあったとはいえ、第二次大戦では連合国のRRマーリンが過給機の性能をどんどん向上させることで日独を圧倒したことを考えると、過給機の性能向上に余裕のある同軸レイアウトのほうがトータルでは優れていたようですね。
【シリンダ内部(燃焼室)】

航空機エンジンは安全性(冗長性)向上を目的に独立した2系統の点火システムを備えています。またボアが大きい航空機用エンジンでは各気筒に2本の点火プラグが設置することで火炎伝播距離を小さくして性能向上を実現しています。
このアツタも独立した2系統の点火システムを備えていますが、なぜか点火プラグは排気バルブ側に集中して設置されているため性能向上に関するメリットはかなり限られそうです。
倒立レイアウト採用による燃焼室内へのオイル進入およびプラグ汚れに対する作業を容易にするために点火プラグをエンジン外側にレイアウトした、なんてことはないと思いますが、、、。実際には吸気側は燃料噴射システムがレイアウトされるので燃焼室にもVバンク内にも点火プラグなどを設置するスペースがなかったのでしょう、多分。
【クランクケース内部】

倒立レイアウトなのでこのクランクケースがエンジンの最上部になります。
写真右側手前にピストンが写っていますが、圧縮リング3本、オイルリング2本という構成です。現代の自動車エンジンと比べるとピストンが非常に分厚いです。ライバルであるRRマーリンも同じようなピストン形状ですがオイルリングが1本少ないのは正立エンジンであるが故のメリットなのでしょう。
ピストン左隣にたくさんのコンロッドキャップが並べられていますが、形状とサイズが異なる2種類が存在します。あとで写真が出てくるように左右バンクでコンロッド形状が異なるためですが、右バンク用はメタルが組み込まれる分だけ大きくなっているように思われます。
写真中央に5つ並んでいるのがコンロッド大端部に組み込まれるローラーベアリングです。このベアリングがアツタ(とDB601)の特徴的な部分であり、またアツタ(と陸軍のキ40)の量産/運用においてトラブルを多数引き起こした部分でもありますね。DB60xシリーズが開発された1930年代初頭はまだメタルベアリングが発展途上だったことからローラーベアリングが採用されたようですが、当時の日本の工業力では量産困難なものだったようです。
写真では少々わかりにくいですが、このアツタでは現代のV型エンジンのような左右バンク気筒間のオフセットが発生していません。これは左右バンクで違う形状のコンロッドを使用することで実現されています。
【左右シリンダーとコンロッド】

写真左手前に写っているのが右側バンク用シリンダーです。6気筒分のコンロッドが並んでいますが、大端部の形状が現代の自動車などで見慣れたものとは大きく違い”二又”になっています。
その奥に写っているのが左側バンク用シリンダーで、そこから突き出しているコンロッドはごく普通の形状です。二又じゃありません。
右バンクシリンダーの二又コンロッド大端部の間に左側バンクシリンダーのコンロッド大端部を通してクランクピンに取り付けられるため、左右バンクの気筒が全くオフセットしません。
この方式を採用するメリットですが、コンロッドからクランクピンに加わる荷重が左右対称になることではないか?と想像します。デメリットはコンロッドが重たくなるためエンジン重量が増加してしまうことに加え、量産現場及び運用現場において2種類のコンロッドを製造管理せねばならないことでしょうか。
なおこのアツタ(とDB60xシリーズ)はシリンダーとシリンダーヘッドが一体化されています。ヘッドガスケットが無いのでそれにまつわるトラブルを回避できるというメリットがある一方で、こんな巨大な部品を鋳造作業で製造することを考えるとあまり良い構造とは思えませんね。歩留まりが悪そう。
【シリンダー 反対側から】

このアツタ(とDB60xシリーズ)はシリンダーとクランクケースの固定方法がユニークです。通常のエンジンで用いられる「何本かのボルト&ナット」による固定ではなく、「各シリンダーの根元部外側にねじ山を切り、それをクランクケースに差し込み、クランクケース宇東川から巨大なナットもどきで締め上げて固定する」という方法が採用されています。おそらくシリンダーとシリンダーヘッドが一体化されている構造を採用したが故の方法だと思われます。
このアツタ(とDB60xシリーズ)エンジンのユニークなところは、吸気バルブと排気バルブを同じカムで駆動している点です。写真右下のカムシャフトを見ると、1気筒当たり2つのカムが存在することがわかりますが、吸気バルブ用と排気バルブ用、ではなく、気筒前側の吸排気バルブ用と気筒後ろ側の吸排気バルブ用、です。
吸気バルブと排気バルブでは最適な動作条件が大幅に異なるにもかかわらずこんな構成を採用したのはどうしてなんでしょうか?専用のカム及びロッカーアームをレイアウトするスペースは十分にあると思えるのですが。
左端に写っているのが気筒内直噴用燃料ポンプです。当時の日本の工業力では加工が困難で職人さんが手作業で仕上げていたといわれています。当時の日独の技術力の差を思い知らされると同時に、至らない部分を現場の頑張りに頼って無理やり乗り切ろうとする日本の悪い癖は今も昔もあまり変わらないようですね。涙
今回は、話には聞いていたDB60xシリーズ/アツタのユニークな点を実物で確認することができてとても有意義でした。実物を見て初めて理解できたことはもちろん、帰宅後にいろいろ調べているうちに理解できたこともたくさんありました。その中で新たな疑問も出てきたので、また訪問して観察したいと思っています。
しかしこのアツタとDB601について知れば知るほど「彼を知り己を知れば百戦殆からず」を強く感じます。
おしまい
Posted at 2024/10/16 19:51:57 | |
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