
今日、クルマで市内を走っていたら前方にスズキのハスラーが走っていた。これってなんか旧共産圏のクルマに似ているなと思った。そう感じたのは、先日観たTopGear「ジェームス・メイの世界の国民車1」の残像があったからでもある。これは今までのこのシリーズの中で一番素晴らしい出来で、豊富な記録映像を引用し歴史や政治をからめ、国民車と言われたクルマの祖先を辿るもので、その内容は今まで知らなかったことが多くあった。
フォルクスワーゲンがKdFワーゲンとしてスタートしたことは私のブログにも書いたが、当時のナチスの映像が見られ興味深かった。次に登場したのが旧東ドイツのトラバント。これも今やよく知られた1958年の誕生以来30年近くほとんどモデルチェンジなしで売られた「まがい物のクルマ(ジェームス)」だった。それより驚いたのが同じ旧東ドイツのヴァルトブルクというクルマだ。これは初代よりモデルチェンジした後のクルマの方が、デザインが退歩したという不思議なクルマである。

ヴァルトブルク初代。当時としてはおしゃれで見劣りしない。

353と呼ばれた二代目。はぁ?と言いたくなるが、これが贅沢は敵だの共産主義誘導のデザイン。警察のパトカーにも使われた。
そして番組はイタリアのフィアット124というクルマにも触れる。これがまた驚きの話で、旧ソ連のラーダは最初このクルマのノックダウン生産から始まり、その背景にはあの自由の国イタリア、特にフィアットが共産主義に深い関わりを当時持っていたという話である。「赤い旅団」と呼ばれる共産主義の極左テロ組織が実はフィアットの工場で生まれた。つまり雇われることで内部で組織化していったのである。そして工場の幹部らを殺害し30人あまりが逮捕され、オーナー家族には厳重な警護がつけられた。旧ソ連が軍用車は作れてもファミリーカーを作る生産技術がなく、イギリスやVWにまで提携を求めたが断られ、フィアットがそれに応じたのはこれらの懐柔策ではなかったかとジェームスは推測する。
そしてイタリアでデヴューした時は爽快なドライビングカーだったものが、ラーダ・リーヴァとして旧ソ連で“退歩”し陳腐なデザインになった。競合車種がなかったのでモデルチェンジの必要もなく、ただし劣悪な道路状況に適応すべく頑丈にはなった。

フィアット124

ラーダ・リーヴァ ロシアの砲丸投げ選手のようなフロント(ジェームス)
しかし、このクルマは旧ソ連以外にもインド、スペイン、トルコ、韓国で生産され、なんとイギリスでも販売され一時ベストセーリングカーの10位にもなった。一番安く買えたことがその理由である。
そのため、総販売台数が2000万台近くになり、これはあのVWビートルに次ぐ史上2番目に売れたクルマだったのである。
番組では最後にこのクルマをヘリコプターで釣りあげ、上から落として破壊するという得意の葬りかたをするが、その後のシーンでフィアットの旧工場にある屋上のテストコースをフィアット124とラーダが併走すシーンを、ヴェルディの「乾杯の歌」をBGMに用いて終わる。これはNHKの「ファミリーストーリー」を見終わった時みたいに、なんとも言えない感慨無量な気持ちになった。
旧共産圏のクルマは見せかけの平等主義を謳う圧政者に進歩を止められたクルマではあるが、その性能はさておき今見るとそのデザインは愛らしく見えるものが多い。奇しくも今日のcarview newsで「加飾に頼らないデザイン革命」というタイトルで新型スズキアルトを紹介していた。より速く、より豪華でなくてもいいんじゃないかと、そういうことに疲れた人にはこういうクルマはいいかも知れない。でもこれもまた日産Be-1みたいに一時の流行で終わるだろう。なぜか?それは人々は常に新奇なもの、より次元の高いものに関心があるからだ。自由の象徴としてベルリンの壁から這い出てきたトラバントはやがて西ドイツのクルマとの差に圧倒され消滅していく。
でも、この問題は根深い。世界で最も売れたクルマの1位と2位の背景にあるものは、始まりが独裁政権下にあったものであり、そこには抑圧された貧しい人々がいた。そしてその中でも人々はクルマに夢を託して買い求めた。資本主義国家でもクルマに趣味性を求める者はほんの一部であり、貧富の差が開きすぎるところでは何が起きるか?フェラーリやポルシェに平気な顔をして乗っていていいのか?こういう緊張感は今後も続くだろう。トヨタ車が売れるのは、まさに国民車だからだ。
それでも、ヴェルディの「乾杯の歌」にもあるような束の間の人生を謳歌するには、自由な精神こそ大事だとこの番組は言っているような気がする。
https://www.youtube.com/watch?feature=player_detailpage&v=uYLvusd6aYw
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Posted at
2014/12/23 20:45:02