昔、アメリカで生活していた時に乗った2台のHONDA車についてお話させて頂きます。
・・・82年6月、渡米しました。しかし、辿り着いた先はド田舎。クルマがないと生活できないのです。親に電話し泣きつくと「バスに乗れ!」と突き放されました
それでも何度か訴え続けているうちに「安い中古なら・・・」と折れてきました。
ところが中古車屋へ見に行くのも大変で、なんとか知人に頼み込んで乗せていってもらいました。だから色々見るわけにも行かず、さびれた店の在庫車から時間を掛けずに選ぶしかなかったのです。
そして購入を決意したのが、'78 Honda Accord HB 1600LX-5でした。ジェミニの事故以来すっかりFR恐怖症になってしまったので、今度はFFにしようという考えもあったわけです
。
4年落ちで既に6万マイル(約9.6万キロ)走行したクルマでしたが、限られた予算の範囲内で尚且つ信頼性を考えるとこれしかなかったのです。
カーステレオが壊れていたので、しかたなく近所のK-MARTで安いラジカセを買ってきて、リアシートに載せました。KIIS FM@102.7がお気に入りでありました。
パワステが小指で回るほど異様に軽く、1速がかなりローギアードでそこそこの出足を見せるのですがその直後に失速してしまい歯がゆい思いをしました。最高速アタックもLas Vegasへ向かう15号線の長い直線で挑んだこともありますが90マイル+(約144km+)が限界でした。
近所に2~3速全開で気持ちよく抜けられる広いコーナーがありまして、そこでタックインの練習をしていました。確かタイヤが155SR13あたりのローグリップタイヤでしたので挙動が大人しく、リハビリにはもってこいでした。
またスピンターンの練習もこのクルマで始めました。深夜、大学の駐車場でよくやりまして、時々キャンパスポリスに捕まりエライ剣幕で怒られたものです。
当時のクルマとしてはパッケージングが良く、室内も広くて使い勝手が良く、友人達を乗せ色々なところへ出かけました。結局9ヶ月で約1.5万マイル(約2.4万キロ)ほど乗りました。
このクルマのお陰でFR恐怖症を消し去ることが出来たわけです
・・・2台目のHONDA車を購入したのはそれから5年半後のことでした。
それまでCamaroに乗っていたのですがトラブルが頻発し、また半年後にはアメリカ一周する計画もあったので、信頼性の高い日本車でなるべく安く、乗って楽しく、燃費が良く、荷物がちゃんと入るクルマに乗り換えることにしました。
たまたまLAのディーラーでCRXを試乗したら面白かったのと、Camaroの下取りが好条件だったので即決しちゃいました。
まだV-TECが出る前のモデルでしたが高回転まで綺麗に回るエンジンは、以前乗っていた初代アコードとは月とスッポンであり感動しました。ただ、ボディ剛性不足が顕著であり、ちょっとした段差でもギシギシと音がするのには気が滅入りました・・・
一度、峠でブレーキングドリフト気味に進入したら、あまりにも唐突にリアが出てスピンしちゃいました

当時はその瞬間にアクセルを入れる反応が出来なかったのです。
88年6月。アメリカ一周旅行へ出発しました。事前にAAAへ出向きルートマップを作成してもらい万全を期しました。約3週間、ノントラブルで予定通りに走破しました!ひたすらフリーウェイを走り続ける日々でしたが、この時ばかりはクルーズコントロールがあればなぁ・・・と思いましたね。
トラブルといえば、アメリカ国内だから・・・というわけでパスポートを持っていかず、アメリカの運転免許があればIDとしては充分だと信じていたのです。しかし、テキサスでフリーウェイが一箇所だけメキシコとの国境を超えるところがあり、それに気づかなくてアメリカ側の検問所で捕まりました 係官に「大学に連絡してくれれば身元確認できるから!」と言ったら、「俺に指図するな!あまりゴチャゴチャ言うなら牢屋に入ってもらうぞ!」と脅されました 2時間くらい拘束され、ようやく確認できたらしく解放されました。今となっては笑い話ですが・・・
あのテールが突発的に流れる特性を当時は持て余してしまいましたが、修行を積んできた今ならちょっと乗ってみたいような気もします。
・・・こんな過去があるものですから、来年2月発売予定のCR-Zにはちょっと興味ありです

Posted at 2009/09/10 12:51:32 | |
かつてのクルマ | 日記