1868年旧暦4月、
流山で捕縛された近藤勇は
板橋まで連行される途中に
越谷にある「藤の花」を見て
最期の和歌を詠みました。
綾なる流れに 藤の花香う
吾生涯に 悔いはなし
その後、
浦和宿田島村の名主・中村仲治郎家(鎌倉古道沿い)にて休憩。
(日光道や中山道では奪還される恐れがあるとして、
鎌倉古道を使って南下したようです)
中村家を出発するとき、
近藤勇は
庭の梅の木に短冊を結びました。
本日は
その木に
会いに行ったのでした!!
短冊の内容は不明なようですが、
その梅の木はいま
さいたま市の「薬王院」に移植されています。
(田島中に通っていた人なら
場所を聞けば、
ああ、あそこら辺かとわかると思います。
中学の頃には、お参りしようなどとは思いもしませんでしたが...。)
(ちなみに田島中は
元浦和レッズの
内舘秀樹、阿部敏之、室井市衛さんの
出身校です!)
中村家のお墓の近くにある、
この木が、まさにその木。
ご朱印拝受。

(ご住職は「書きなれていないから、時間がかかりますよ」と
おっしゃっていましたが、
時間などいくらかかっても結構です、という気持ちでした)
社務所のそばには
立派すぎる「さるすべり」。
今となっては、知る由もない
近藤さんの言葉......。
梅が咲く頃にまた
お参りに来ます。
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神社仏閣 | 日記
Posted at
2020/11/22 14:41:07