『忠臣蔵』で知られる赤穂藩浅野氏の国家老を務めた大石内蔵助良雄(おおいしくらのすけよしたか)。その曾祖父である良勝(よしかつ)、そして祖父の良欽(よしたか)が住んでいた屋敷跡が、なんと笠間にあります。場所は笠間日動美術館のすぐ隣り。(クルマは、笠間陣屋跡、笠間城主・下屋敷跡がある佐白山麓公園下の駐車場にとめました)(目の前に「正福寺」。今度ご朱印をいただきます)残念ながら、お屋敷は残っていませんが、大石内蔵助良雄の銅像が建っています。大石内蔵助の祖父が仕えていた浅野氏は、赤穂転封の前は笠間藩主でした!!その後、赤穂へ移って57年後に浪士の討ち入り事件が起こります。大石内蔵助は赤穂生まれですが、四十七士には関東出身者もいて、中でも笠間藩出身者が3名いたとのこと。今度は、「笠間城」周辺を重点的に散策したいと思います...。