武蔵一ノ宮といえば「大宮氷川神社」。子どもの頃から、何十回も行っていて数え切れません。今回は「武蔵二ノ宮」に数えられる、県内でも有数の由緒ある神社「金鑚(かなさな)神社」にお参り。神社一帯が豊かな自然に囲まれており、静かで厳かな雰囲気が漂っています。駐車場そばにすごいものが建っています。国の重要文化財「多宝塔」。天文3(1534)年、安保全隆(あぼぜんりゅう)【安保泰忠(あぼやすただ)】によって建立。 方三間の杮葺、初層方形、上層円形平面、高さ約18メートル、間口・奥行約4.5メートル。塔の真柱正面には「天文三甲午八月晦日、大檀那阿保弾正全隆」等の墨書があります。建立年代がはっきりしている県内有数の木造建築物!!「金鑚(かなさな)神社」のご神体は背景にある御室山。本殿がなく、原始信仰の形を今に残しています。このような形式をとる歴史ある神社は、ほかに長野県の諏訪大社と奈良県の大神(おおみわ)神社の2つのみとされています。本当は今回、どうしても「塙保己一(はなわ ほきいち)記念館」と「塙保己一旧宅」にも行きたかったので時間と体力・気力をセーブするつもりでしたがつい登っちゃいました、裏山に。でも、この判断がこのあとの絶景につながるのでした.....。(ここに来る途中には、渋沢栄一が生まれた「血洗島」も通りましたので何百本も後ろ髪をひかれています...)「金鑚神社」のはじまりは日本古代史上の英雄・ヤマトタケルノミコトが東征の際に、身に着けていた火をつける道具を御室山(御室ヶ獄)に納めたこと。 岩が鏡のように光るとは?思った以上にシンドイ...。がんばるんじゃぞ。巨岩が出てきた。「鏡岩」はもう少し上にあります。おー、本当に光ってる!御嶽山の中腹にある、幅5メートル 高さ9メートルの平らな岩肌が「鏡岩」。 紅鉄変岩スレ肌というおよそ9000万年前の岩断層活動の跡で、断層面ができるときに強い摩擦力で岩面が鏡のように磨き上げられた貴重な地質学資料!!伝説によると、上州の高崎城が落城した際には火災の炎が岩面に映ったといいます。また御嶽山は山城のため、 月明りが反射して敵の標的とならないよう松明でいぶして赤褐色にしたとも伝えられています。「展望」の文字を見ると行かずにはいられない性格。あとでわかりますがこの山は、まさしく修験道の場の要素が満載。ワクワク。「弁慶穴」発見!もっと上へ!思った以上の絶景が360度のパノラマで広がっていました!ここ、ご拝殿から20分足らずで来れちゃうんですよ。「金鑚神社 奧宮」。気温35℃くらいのこの日、この岩のてっぺんは心地よい風が終始吹いていて関東平野の眺望を独り占めしながらゆっくりゆっくり佇んでいました...。(飲み物持って行けばよかった)後ろはちょっとした崖なので気を付けて!帰りましょう。ご朱印拝受。...続く。(せっかく本庄方面に来たので今なおご子孫の方が暮らしている「塙保己一旧宅」はどーしても外せないよな)