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レッズレノンのブログ一覧

2022年03月12日 イイね!

「越生梅林」は、太宰府天満宮にゆかりがあった。

「越生梅林」は、太宰府天満宮にゆかりがあった。

「越生梅林」は、越辺(おっぺ)川沿いに広がる梅林で

水戸偕楽園、熱海梅園とともに

「関東三大梅林」のひとつとされています。













長いこと埼玉に住んでいますが

こうして越生の梅林に

あらためて入園するのは初めて。

(何十回も通過はしていますが)



越生の梅は、

九州太宰府から小杉天満宮(現梅園神社)を分祀した際、

菅原道真にちなんで梅を植えたのが起源であると伝えられています。



梅園神社に残る棟札から、

太宰府天満宮と深いつながりがあったことがわかります。







太田道真・道灌父子も

越生の梅を愛でたようです。





江戸時代、梅は商品価値を持つようになり、

盛んに栽培されるようになったとのこと。



『新編武蔵風土記稿』の津久根村の項には

「土地梅に宜しく梅の樹多く植ゆ、実を取って梅干として江戸に送る。

比辺皆同じけれど殊に当村に多しといふ」
とあり、

昔から梅の生産が盛んであったことを伺わせます。









現在では、梅林を中心に

2万5千本の梅が栽培されています。





文化12(1815)年に書かれた『武蔵野話』には

「川の両岸も畑も山麓も人家も
一面に白梅花にして香風鼻を衝き、
実に仙家にいたりし心地せり。
建康寺の境より眺めば
その景色たとへんかたなし。
かゝる勝地あるをしらざる
遺恨かぎりなし」と

記されています。


「日光を見ずに、結構というなかれ」的な

景勝地ですね。


ちなみに、太田道灌のお父さん・道真の退隠地は

建康寺付近と推定されています。

道灌は、主君上杉定正に謀殺される1年前に

越生の父を訪ね、詩歌会を行っています。





明治34(1901)年、

歌人で国文学者の佐佐木信綱は

「入間川高麗川こえて都より 来しかひありき梅園のさと」という歌を

残しています。



田山花袋も何度か越生に足を運び、

紀行文『秩父の山裾』(大正8年<1919>発行)に、

「静かで、鷹揚で、のんびりしてゐる形は、

関東の山とはちょっと思はれない」


その印象を記していますね。




さてさて。

越生の梅林を愛でる方はたくさん来園されますが、

その元となった「梅園神社」をお参りする人は

少ないようです。







南北朝時代、武蔵国小杉村に

大宰府より天満宮を分祀。








梅園神社のご本殿は

享保元(1716)年に再建された流造・柿葺き。

覆い屋の隙間からのぞくと、傷んではいますが

朱の色がまだしっかりと残っています。






境内のしだれ梅。


今回、梅園神社の拝殿の前に立ち、

梅林方向を眺めていて

はっきりとわかりました。



越生の梅林は、まさしく

菅原道真公を慰めるための

自然の「神楽殿」。




主がいなくなっても

毎年春、

命の輝きを

私たちに見せてくれていますよ。






越生梅林一の古木。

樹齢約600年。




Posted at 2022/03/12 22:57:17 | コメント(1) | トラックバック(0) | 自然 | 日記
2022年03月11日 イイね!

大宮台地の「谷津」を味わう。

大宮台地の「谷津」を味わう。

大宮台地、最後の楽園(?)といわれる

「高尾宮岡の景観地」周辺を

散策しに来ました。






台地の尾根には

街道が発達しますね。


まずは、

大宮台地の標高最高地点(32m)にある

「阿弥陀堂」よりスタート。


絶景かなー。




「サンアメニティ北本キャンプフィールド」の駐車場に

クルマをとめて。







いざ、「高尾宮岡の景観地(さいたま緑のトラスト保全第8号地)」へ。


地中からコンコンと湧いた水が湿地をつくり、


歴史を感じさせる社寺林と屋敷林が一体となった斜面林が

その湿地を覆う。


そこには、さまざまな動物や生き物が集う...。


「谷津」には

そんな魅力がたっぷりと詰め込まれています。




いったん、景観地の際を歩いていると。

ん。


んんん。(柳の木の隣にあるものは、もしや)


わたしがぜひ見てみたかった

「北向き地蔵」さんです。


さっきまで、おじいさんがお参りしてました。





このお地蔵さん、

仏さまには珍しく北を向いていらっしゃいます。


「泥の団子」を供えて願いごとをし、

願いが叶ったら「米の団子」を供える信仰が

今も残っています。



約300年もの長い間、

連綿と続く庶民の信仰。


周囲の景色と合わせて

実にマッチしています。



すぐ近くには保育園があるので

ピンクのお帽子をかぶった

カルガモさんたちが、

続々とお地蔵さんの前を通っていきます。


お地蔵さんも

毎日元気なちびっ子たちが見られて

喜んでいると思います。


いつまでもみんなを見守ってくださいな。



しばらく歩くと

「須賀神社」。


本殿裏はもう、山の雰囲気。

この、劇的な変化も「谷津」の魅力。



実は。

今まで歩いてきた道は

伝 鎌倉街道だったと、後で知りました。


どおりで、由緒あるものが

並んでいたわけだ。


以前、この辺をお参りしたときは

なんで北本にこんな場所が集中してあるのかな、と

不思議に思っていました。



「高尾氷川神社」。






この一帯は縄文時代、

大きな集落が営まれていました。


祭祀に関わる遺物も

数多く出土しているようです。



湧水地点のひとつである、

弁天様を祀った「厳島神社」。

「高尾氷川神社」の向かいにあります。


なんで、下ってお参りするのかが

今回わかってよかった。


「高尾氷川神社」は台地のキワにあって

古代からの祭祀場。

そのすぐ下が湧水地で

後に弁天様(竜神伝説もあり)。


なるなる。




再び景観地内を通って

駐車場に戻ります。



他の平野部では見られなくなった

多くの希少種が生息してますよ。


お昼ご飯は、「カフェプラム」さんで。


この場所は、もと、プラム(梅)畑。


周辺は今でも一面の梅畑です。



「谷津」が育んできた

豊かな自然と文化を

存分に味わった1日でした。



(おまけ。「広報きたもと」より)


水とともに

暮らしていた、

わたしにとっては

一大テーマパークのような

かつての町の姿。

(こんなに活気があったとは。
今では想像もつきません)



Posted at 2022/03/11 21:27:52 | コメント(2) | トラックバック(0) | 自然 | 日記
2021年05月23日 イイね!

「いばらきフラワーパーク」から、崩れゆく「善光寺」へ。

「いばらきフラワーパーク」から、崩れゆく「善光寺」へ。

2021年4月29日、

大リニューアルした

「いばらきフラワーパーク」。



すばらしい場所でした。

(これで900円とは!)


予想以上に混んでいて

びっくり。











麗しい筑波山の姿。








このチェアー、気持ちよかった。


チェアーからの眺め。




スカイサイクルに乗ります。(2人で400円)








こちらは、スポーツスライド。
(こっちの方が混んでた)
















ショップには

アートギャラリーも。




我が家の女性陣も

大満足の2時間でした。


お次は、わたしのワガママを

聞いてもらいましょう。


ここまで来て、あのお寺に

寄らないことは、ありえないでしょう。


30分もかからずに到着!


「善光寺 楼門」。

国の重要文化財。


「楼門」とは2階建ての門のことですが、

この門は....。1階建て。




そうです。

この門は建設途中で楼門にすることを

やめてしまったのです。





さてさて

何年ぶりだろう。

ご本堂に対面するのは。

(何年前に来たかは
この時覚えていませんでした)




ご対面!



おーーー。

正面は思ったほど崩れていない。




向かって左側の崩壊が激しいぞ。


崩れゆくものに

新たな命が。






裏に回ると...。












子どもたち。

何か感じてくれたかな??







Posted at 2021/05/23 19:54:44 | コメント(2) | トラックバック(0) | 自然 | 日記
2021年04月25日 イイね!

樹齢1200年の藤は、滝が降るがごとく!

樹齢1200年の藤は、滝が降るがごとく!


21年ぶりに

春日部の「藤花園」へ。





まずは、我が家のバラを撮影してから

お出かけ。






昔は、近所の駐車場はみんな

500円だったような...。


開園(8:00)直後に入園しましたが

そこそこ人がいます。




まずは、入って右側の藤へ。


こちらの藤も根元を見れば

ただものではないことは

伝わってきます。






入って左側の藤。




樹齢はなんと、

1200年以上!!


根元を見れば

その怪物ぶりが

伝わってきます。





1200年前の出来事といえば......。

◆弘仁元年(810年):
藤原薬子・仲成ら平城上皇に政権を戻そうと謀って露見し、
捕らえられる(薬子の変)。

◆弘仁7年(816年):空海が高野山金剛峯寺を開く。

◆弘仁年間:嵯峨天皇、検非違使の設置。


平安時代初期!!


こんな住宅街の一角に

こんな老木がまだ生きているなんて。

(ちなみに、中国で一番古い藤の木は
樹齢500年です)

裏側。


昭和3年の「牛島の藤」。


かつては

渋沢栄一のみならず、

跡見花蹊(あとみかけい・跡見学園創始者)、

清浦圭吾(きようらけいご・内閣総理大臣)、

徳川昭武(とくがわあきたけ・徳川慶喜実弟)

田山花袋(たやまかたい・小説家)、

「牛島古藤花」を遺した三好達治(みよしたつじ・詩人)など

著名な政治家・文化人が訪れました。


太宰治の「斜陽」の作中にも「牛島のフジ」が登場しますよ。


徳川昭武さんが来たときに

おもしろいエピソードがありますので

それはのちほど...。






ちょっとした高台に登っても

樹齢1200年の藤の全貌をとらえることはできません。



根まわりは、10平方メートル。

樹は根本から数本に分岐して、

藤棚の面積は、驚きの

700平方メートル!!!


花房の長さは

最も長い物で2メートルにもなります!

(明治の頃は、3mもあったそう!!)


もう、

パノラマモードで撮るしかありません。








隣の藤の木もヤバイ。



かつては、料亭「紫雲館」があった園内を散策してみましょう。
(紫雲は藤の花を形容する表現)




そのほか

能登の和倉温泉の鉱泉を運び、薬湯を開き、

観藤客やその他一般にも入浴・宿泊できる施設があったようです。

*******************************************
小説家・田山花袋は、
大正12年(1923)刊『東京近郊一日の行楽』のなかで、
「粕壁の藤花」という随筆をのこしています。

これによれば、大町桂月と田山が滞在していた羽生で落ち合い、
酒を飲みながら汽車で粕壁に向かい、
さらに藤花園で、牛島のフジを鑑賞しながら
吸い物や煮つけをアテにしながら、
競い合うように酒を酌み交わしたようです。

…私達は何を話したらう。
田舎の百姓家、藤の花を見せて客を引いて
拙い酒と肴とを勧める田舎の百姓家―
さういふものが不思議に私には思はれた。
吸物はおとし玉子、肴は鰤か何かの煮附、酒はくさい地酒・・・。
(略)何うして車夫に賃金を払つたか、
また何うして汽車に乗つたか、それすれも分からないくらゐであつた。
*******************************************

あまりいい感じには書いてくれてませんねぇーー。

でも、かつての雰囲気が伝わります。


この老松(樹齢500余年)、

枝ぶりやたたずまいがやけに気になり

何枚か写真を撮りましたが。


裏側。


何と、この木の前で

1902年、自転車大好き

徳川昭武(徳川慶喜実弟)さん一行が

写真を撮っているではないですかっ。



この写真は

以前、松戸・戸定邸で見ていますが

今回、撮影場所を特定!!


松戸からみんなで来たと思っていましたが、

隅田の水戸徳川家・下屋敷から

自転車屋さんも随行させていました。



午前7時出発で、10時半に春日部着。

午後1時には春日部を発ち、4時に水戸藩下屋敷に到着。




この昭武さんに随行して

パリ万博に行ったのが

渋沢栄一さんですね。


渋沢さんは、1912年に

この藤を見に来ています。












最後にやっとここが

「連花院」境内だったことを示すものを発見。


誰も気づいてくれなくて

ちょっとかわいそう。



「藤花園」を出て

「春日部市郷土資料館」へ向かいます。


『渋沢栄一もみた春日部の藤』




「粕壁宿」ジオラマ。


旗が立っている場所は

1900年、徳川慶喜さんが泊まった場所。


おもしろい古文書が

展示してありました。


「疱瘡神の詫び証文」!!

江戸時代に広まった呪符(古文書)です。

(疫病神5人に詫びを入れさせてます。
特に、子どものいる部屋に貼っていたようですねー)


解説文や、ミニチュアの古文書もいただきましたので

楽しく読ませていただきました。


















Posted at 2021/04/25 16:30:26 | コメント(1) | トラックバック(0) | 自然 | 日記
2021年04月03日 イイね!

これはまさしく、山桜の「桜」源郷。

これはまさしく、山桜の「桜」源郷。

高峯山の山桜が

無性に見たくなったので

桜川市に愛車を走らせます。




今年の山桜は

例年以上にすごく早く咲いているとの

情報は入手済み。



ドライブの途中、

筑波山の山桜、

真壁の山桜、

雨引山の山桜を右手に見ながら

相棒のクロスビーくんと

本当に幸せな気持ちに浸りながら

北へ北へと向かいました。

(「山桜ロマンチック街道」(?)と名付けても
文句は言われない、満足感)



目的地に近づくにつれ

こんな景色も出てきて

ヨダレが出てきます...。


ここがベース基地。


ここから、ぶらぶらとお散歩です。



おー、ベストなタイミングの山桜!!!




ソメイヨシノも悪くはありませんが、

この、山桜のパッチワークの景色は

ちょっとした光の変化で

表情がガラッと変わるので

ずーーっと見ていても

飽きることがありません。






こんなところにおうちがあるなんて

うらやましい...。






今日の午前中は雲が多くて

なかなかお天道さまは

出てきてくれませんでしたが。







しゃがんで、

ただただ山を眺めていても

「生きててよかったぁ~」と

実感できる自然の美しさ。





この景色に加え、


おいしーい空気、


ひばりさんたちの

春を喜ぶ陽気な歌声、


うぐいすさんたちの

透き通るような鳴き声が

コラボするのですから

癒されないわけがないでしょって話です。






あと1,2時間は

このあたりをぶらぶらしていたかったのですが、

このあとのご朱印巡りもありますので

後ろ髪をひかれながら

この美しき「桜源郷」を

あとにしたのでした......。






(2014年 春)

(2015年 春)


Posted at 2021/04/03 20:19:33 | コメント(0) | トラックバック(0) | 自然 | 日記

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「「関宿城に舞う鷹の羽~下総久世家~」@関宿城博物館。 http://cvw.jp/b/861852/48747107/
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サッカー、フットサル、浦和レッズ、ジョン・レノン、キャンプ、ドライブをこよなく愛する50代です。
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