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レッズレノンのブログ一覧

2016年07月14日 イイね!

芭蕉さんの足跡を訪ねて...。(3/3)

芭蕉さんの足跡を訪ねて...。(3/3)


「雲巌寺」をあとにして訪れたのは

「笠石神社」さん。
(ここには、芭蕉さんは来てません)




こちらの神社のご神体は

「日本3大古碑」のひとつ、

「那須国造碑(なすのくにのみやつこのひ)」。


なな、ナント、国宝です!!

(説明板より)



鳥居をくぐって




右側に「拝殿」。


左側に摂社。


そして、正面の

「ご本殿」の中に

「国宝」が眠っています。




この国宝、500円の拝観料で

宮司さんのていねいなご説明付き+

“息がかかるほどの至近距離”で

じっくり、じっくり拝見することができます!!
(石碑の撮影は禁止です)


まずは、社務所にて

御朱印を拝受。




そのあと

国宝の拝観を申し込んで

「20分」ほど

座学ターイム!

(けっこう蚊がいますが、
宮司さん、ちゃーんと「虫よけスプレー」を用意してくれていて
貸してくれますよ)





専用パネルも使って学習。



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延宝4年(1676年)、水戸藩領武茂郷小口村(現那珂川町)の

里正(りせい)の大金重貞(おおがねしげさだ)は、

旅の僧・円順から湯津上村内の草むらに横たわる古碑の話を聞きます。


重貞はその碑を調べ

自身の著作「那須記」に記し、天和3年(1683年)武茂郷を巡幸した

徳川光圀にその書を献上し

光圀の知るところとなりました



光圀は石碑の保存顕彰のため

元禄4年(1691年)には碑堂の建立を開始し、

同5年には、碑の主を求めて、

日本で最初の学術的な発掘調査

上・下侍塚古墳(国指定史跡)で行いましたが、

被葬者は明らかになりませんでした。


同年6月には完成した碑堂に自ら参詣しました。


この一連の作業は大金重貞が現地指揮をとり、

光圀の指示は家臣の佐々介三郎宗淳(さっさすけさぶろうむねきよ)

通じて行われました。


重貞は事の経緯を「笠石御建立起(かさいしごこんりゅうき)」に記しています。

**********************************************************


1687年、

『本邦の碑の中で これより古なるはなし、

奇絶世に冠たり』と

この碑の価値をいち早く見抜いた光圀さんも

立派ですが、


石碑の内容の調査や

石碑に書かれた人物の埋葬地の調査を

きっちりと行った「助さん」も立派です。


(助さん直筆の「調査報告書(もちろん写真で)」を見ましたが

たいへん読みやすく、カッチリした字で

おおらかなお人柄が伝わる筆でした)


(のちに「新井白石」や「青木昆陽」、「松平定信」さんなども

碑文の解読に挑みます...)



お堂の中に顔をのぞき込むと

横から宮司さんが石碑の文字を

懐中電灯で照らしながら

いろいろな説明をしてくださいました。


本当にありがとうございました。


1300年以上の時を経た

石碑の文字一つひとつを

間近で、長い時間見ることができた感動は

なかなか言葉にできません。


写真で見るのとは「まったく」違った

文字の彫り方の繊細さ、

当時の人の息づかいまでが伝わってきて

じ~んときちゃいました。


薬研堀で彫られた文字をずーっと見ていると

凹んでいる文字の部分が

金色の輪郭を伴い

黒く手前に浮き出てくるように見えてきて

なんとも不思議な気分も味わえました。


(わたしが
「石碑の表面がつるつるで、鏡面仕上げのようですねー。
この時代に、すごい技術ですね」と宮司さんに話したところ、
「下の方なら触っていいですよ」と、石碑の下の部分を触らせてくれました。
ありがたいご配慮に感謝します)


帰り際

助さんが調査した古墳(下侍塚古墳)にも行ってきました。






古墳に生えている松は

1692年の発掘調査後、

助さんたちが墳丘が崩れるのを防ぐために

植えたものだそうです。












Posted at 2016/07/14 22:58:36 | コメント(0) | トラックバック(0) | 神社仏閣 | 日記
2016年07月12日 イイね!

芭蕉さんの足跡を訪ねて...。(2)

芭蕉さんの足跡を訪ねて...。(2)



「那須神社」のあとは

禅宗4大道場のひとつ「雲巌寺」へ。






那須与一の那須家や

水戸光圀公、

松尾芭蕉などに縁が深い寺院です。

(芭蕉さんは、元禄2(1689)年4月5日〈新暦5月23日〉に

雲巌寺見物に来ています。

ここ「黒羽」の地が気に入ったのか、「奥の細道」中、最長の

“2週間”も滞在していました!!)


なんか、サイクリングの大会をやっていて

駐車場がいっぱいでしたので......。 こんなところに駐車。


朱塗りの反り橋の先に

急な階段と山門!!


思わず声が出てしまう絶景でした!!


下には、こんな川が流れています。










うっとりしてしまうほどの

均整のとれたフォルムをもつ「仏殿」。






禅寺は「凛」としていて

気が引き締まりますねー。






以前行った深川の「臨川(りんせん)寺」と

ココでつながった!!




「仏殿」裏の階段を上って行くと、


「方丈」へ。

(「方丈」から見た「仏殿」と「山門」)


「庫裡」にて

ご朱印(書き置き)を拝受。








(もう使われていない)「浴室」。


「熊野神社」そばの石段。




「裏門」。


30分ほど

境内の清々しい空気を吸いながら

散策したあと。


朱塗りの反り橋「瓜鉄橋(かてっきょう)」の下を

探検。




水面から反射した光が

ユラユラと......。


さぁ、

これは何でしょう?




答え: 水戸光圀公の、(謎多き)「御手突石」でしたー。







「笠石神社」へと、続く...。


Posted at 2016/07/12 21:35:26 | コメント(1) | トラックバック(0) | 神社仏閣 | 日記
2016年07月10日 イイね!

芭蕉さんの足跡を訪ねて...。(1)

芭蕉さんの足跡を訪ねて...。(1)

今日は

芭蕉さんの足跡を訪ねて

「那須神社」~「雲厳寺」へ。




そして、

国宝の石碑(日本3大古碑のひとつ。700年に建立!!)がある

「笠石神社」も。

(水戸光圀さんが石碑の保全にご尽力!)



道は空いてるし

景色はいいしで

心地よいドライブが楽しめました!!




まず、「道の駅 那須与一の郷」に

クルマをとめて、と。

(8時に家を出発、10時20分着) 




すぐそばに

私の好きな

長ーーーーい参道。



芭蕉さんが那須神社(金丸八幡宮)を訪れたのが

元禄2(1689)年4月13日(陽暦5月31日)。


こちらの「手水舟」は、1642年奉納。

(芭蕉さんも使ったかも?)





ずっと見てみたかった

禅宗様式の「楼門」。1642年建立です。

う、美しい!!








石橋が苔むして

ツルっツルでした。

雨が降った翌日だったので

「むしろ」が敷いてなかったら

渡れません。




「楼門」真下から天井を見上げます。






拝殿前の「石灯篭」。1642年奉納。

これも、芭蕉さん、見てますね。きっと。




「拝殿」。


「ご本殿」。

1641年再建のもの。




「ご本殿」の真後ろに「金丸塚」。






江戸時代に焼けたあと!








こちらではなく


こちらでご朱印を拝受。




道の駅のレストランが

開くのが11時。

時間を合わせて入ったので空いてましたー。


「もりそば」、650円。



次は、「黒羽芭蕉の館」に行きたいところですが、

博物館に入ると、2,3時間は平気で見てしまうので

今回はパスして、

芭蕉さんも参拝した「雲厳寺」へと向かいます......。


(続く.....)


Posted at 2016/07/10 19:58:01 | コメント(0) | トラックバック(0) | 神社仏閣 | 日記
2016年07月03日 イイね!

犬伏の別れ!!

犬伏の別れ!!NHKの大河ドラマ『真田丸』。

利休は切腹、

秀吉の愛児・鶴松も亡くなり

いよいよ秀吉の狂気が

暴走し始めます。


今後、

真田父子の有名な

「犬伏の別れ」のシーンが放送される前に

その現場をチェックしておこうと

暑い中、佐野までドライブ

してきました。


大きなクルマだと

切り返しはキビシそう。


駐車場は

「米山古墳薬師堂」から

日光例幣使街道を西へ

100mちょい、行ったあたりにあります。

(赤い囲いは「薬師堂」)


真田父子、密談の地!!!












この薬師堂、昔は子どもが産まれると

必ずお参りしていたところだそうです。

また、目の病気平癒を願う人々にも

信仰されていたそう。


100円をお賽銭箱に入れてゲット。








裏山(古墳側)より。


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慶長五年(1600年)、天下分け目の関ヶ原の合戦を目前に控えた7月21日、

徳川家康について会津の上杉家討伐に向かった真田昌幸、信幸、信繁父子は

下野国犬伏(現在の佐野市)に到着しました。


そこで陣を張っていた父子のもとに石田三成から密書が届き、

豊臣方に味方するよう書かれていました。

この書状を受けて父子三人で話し合い、

どちらが勝っても真田の家が残るよう、信幸が徳川方、

昌幸と信繁が豊臣方に分かれて戦うことを決断したとされています。


その話し合いの場がこの薬師堂であったといわれており、

すぐそばを流れていた川に架かっていた橋は、

真田父子の別れ橋としてこの地に語り継がれています。

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(近くの「大庵寺」も密談の地であったといわれていますので

そちらも訪問)



せっかく佐野まで来たので

まだご朱印をいただいていない神社を

ご参拝。


まずは「朝日森天満宮」。




鎮守の杜でウグイスが鳴いていて

とっても気持ちよかったです。








こちらでご朱印を拝受。





次は「人丸神社」。

きれいな水が湧いている

すてきな神社です。


この石鳥居。

なんと1691年建立!










イケメンの狛犬さん。


お賽銭箱が「心配いらない」場所に設置!




こちらでご朱印を拝受。






御朱印をいただいている間

お祭りを終えたばかりの氏子さんと

談笑。


「拝殿の上の龍の彫刻は

“親子の龍”で珍しから、

ぜひ写真を撮って帰って」と言われ、

撮ってきました。


きれいな水がこんこんと湧き出る地に

祈りの場を設け、地域の人がつながって行く。

むかーーーしからの人の営みが感じられ

あったかい気持ちになりました。



Posted at 2016/07/03 17:08:55 | コメント(2) | トラックバック(0) | 神社仏閣 | 日記
2016年07月02日 イイね!

お届けもの。

お届けもの。
最近の

我が家への

お届けもの。



世界にたった一冊、

自分だけの自由帳

『ゲラメモ』。





6/30 に発売の

『MUJIN -無尽- 3巻 』。

伊庭の小天狗・伊庭八郎と

試衛館の鬼・沖田宗次郎との立ち合いは

血が湧きます!!



そして、そして

また江戸時代の和本を買っちゃいました。

『二十四輩順拝図會 後編巻四』。

1809年もの。


題箋が比較的きれい。


先日行った

「室の八嶋」や


「専修寺」も載ってます。



Posted at 2016/07/02 22:48:51 | コメント(0) | トラックバック(0) | 買い物 | 日記

プロフィール

「[整備] #クロスビー NEW バッテリー健康度チェック(28) https://minkara.carview.co.jp/userid/861852/car/3016625/8606974/note.aspx
何シテル?   04/12 19:59
サッカー、フットサル、浦和レッズ、ジョン・レノン、キャンプ、ドライブをこよなく愛する50代です。
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