その1 からの続きです。
翌12月28日、小倉の宿で気持ちよく目が覚めます。この日も良い天気。
いつものように朝一での朝食後、チェックアウトして小倉駅へ。
新幹線ホームに向かいます。
やってきた「さくら」に乗り込みます。予定よりも1本早い新幹線に乗ることができました。
このまま久留米まで行き、在来線に乗り換えて、降り立った駅は、
大牟田駅。
そう、この日は、「明治日本の産業革命遺産」に選ばれた宮原坑、そして万田坑に向かいます。
もともと明治以降の近代遺産に興味のある私、以前、みん友の「TMK」さんの
こちらのブログを拝見して以来、いつか訪れてみたい、と思っていたのですが、今回ようやく、訪れる機会を得ることができました。
宮原坑の最寄駅である大牟田駅に着きはしましたが、さてどう向かうか?
バスはいまいち勝手がわからず、タクシーは楽だけど、せっかくここまで苦労して節約旅行で来たのに…という思いがよぎると使う気になれず、またレンタサイクル、という手も考えたのですがこの後万田坑まで行って、またここまで返却しに戻るのも…そもそも到着が早すぎてまだ営業時間前です。
ということで、最後の手段、「徒歩」で向かいます。
宮原坑までは地図で見る限り2.5㎞程度、街歩きも考えて徒歩にはちょうどいいかもしれません(その時には、この後の行程をしっかり考えていませんでしたので)。
一躍、朝の大牟田の街をテクテクと向かいます。
良い天気で、顔に当たる冷たい空気が何とも気持ち良いです♪
歩くこと20分あまり、宮原坑の櫓が見えてきました。
入口ちかくに橋があり、下には廃線跡。三池炭鉱の各坑口から出炭した石炭などを運ぶ専用鉄道の跡です。ここを辿ると万田坑まで近そうなのですが、後で聞くとやはり歩くことはできない、とのこと。
入口には、数人のガイドさんが遠巻きに私がやって来るのを眺めています。
「ようこそ宮原坑へ」ということで、そのうちの1人のガイドさんにずっと案内してもらうことに。
まずは、宮原坑の概要や歴史をレクチャーしてくれます。
(後で聞いた所によると)私の父親よりも年上というそのガイドさん、自作のイラストなども交えて、とてもわかりやすく説明をいただきました。
今、現存しているのはこの「第二堅坑櫓」や巻揚機室など。
地下150mほとの立坑を掘り、そこから横に掘り進んで石炭を産出するのですが、このあたりの地質は地下水が豊富で、常に水を汲み上げないといけないので大規模な汲み上げポンプが必要でした。当初は蒸気をエネルギー源として汲み上げていたため、大きな煙突が建っていたとのこと。
こちらは「巻揚げ機室」。
150mの地下から、作業者や石炭を、エレベーターのように吊り揚げていました。
煉瓦の積み方も、「イギリス式」で堅牢な積み方だったそうです。
こちらが巨大な巻揚げ機
巡っている間、ガイドさんが詳しく説明してくれます。
坑内は30℃以上で湿度90%の過酷な環境だったこと。それ故に開業当初は人が集まらず、近くの刑務所から囚人を動員していたこと。それは官営から民営になり、作業環境が改善されるまで続いたこと。坑内の台車の運搬には、最初は馬が曳いていて、坑内に馬小屋も作られていた。ということは、馬は一度入ったら、生涯をずっと過酷な環境の坑内で過ごしていたこと、等々。
そしてガイドの最後には、有名な民謡「炭坑節」を披露してくれました。
♪月が~出た出た~
この地に生まれ育った、というガイドさんの力強い歌声が、高い櫓まで響き渡ります。最初は私1人だけに披露してくれるのがちょっと気恥ずかしかったのですが、一緒に手拍子を合わせて聴いているうちに、ここで働いていた労働者たちの気持ちや思いを感じることができて、ちょっと、というかかなり、心打たれます。
ガイドさんのお蔭もあって、大変有意義な宮原坑見学ができました。
ガイドが終わった後もしばらく佇み、写真などを撮ってから、お礼のために事務所を訪れます。お礼を言うだけのつもりだったのですが、ここでもさらに色々と便宜を図っていただくことに…。
ガイドのKさん、本当にありがとうございました!
こちらが入口。ガイドさんが待機していて、開場時間内なら無料で案内してくれます。お越しの際は、ガイドさんの説明を聞きながら巡ることをお勧めします。
次に訪れるのは、万田坑(トップ写真)。
宮原坑からだと、距離にして約2㎞、といったところでしょうか。
三井炭鉱鉄道の廃線跡に沿うように進みます。
ちなみに宮原坑は福岡県の大牟田市ですが、万田坑は隣の熊本県荒尾市に位置します。ということで、途中で県境越えになります。
通常、境界線は山や川などが多いのですが、この辺りは普通の住宅街の中に境界線があります。境界線マニアにはたまりません(笑)
ワクワクしながら県境まで歩きます。
この道路が境界線になります。左側が福岡県、右側が熊本県。
地図アプリで見ると確かにここなのですが、あたりに境界線であることを示す目立った目印はありませんでした。その、「何も無さ」が却って良かったりします。
熊本県に入ってほどなくして、万田坑が見えてきました。
こちらは有料入場となります。同じようにガイドさんが案内してくれるのですが、開始時間が決まっている、とのこと。近くの案内所でチケットを買い求め、館内の展示を見ていると、ほどなくしてガイドの時間になりました。
ここでは、私の他に、ファミリーらしき他の観光客の方と一緒に案内、となります。
入口で、他のガイドさんからもにこやかに出迎えてもらった後、ガイド開始。
こちらでも、詳しく丁寧に説明してくれました。
右側にあるボックスが、立坑をエレベーターのように上下して人や石炭を運んでいたそうです。
時間は1分から2分ほどですが、薄暗い上に振動が激しく、慣れないとかなり恐かった、とのこと。
当時の作業風景が、そのまま残されています。
万田坑には、立坑の他に斜坑もあります。その名の通り斜めに昇り降りする坑道で、その先は海底地下まで続いている、とのこと。
宮原坑やこの万田坑を含む一帯のエリアは地下の石炭層が数mと厚く、良質な石炭が多く採れたそうです。
ここでは、今から数十年前に起きた大規模な粉塵爆発事故の説明を詳しくしてくれました。事故で亡くなった方の遺族のために、隣に繊維工場を誘致して、働く場を提供したことなど、初めて聞く話も多く、大変興味深い内容です。
囚人労働や、坑内から出ることのなかった馬の話、そして大規模な事故の話など、心の痛むエピソードもありますが、それにより、炭鉱の本当の歴史を(一部かもしれませんが)知ることができました。来て良かったと思います。
それにはまた、双方のガイドさんの、わかりやすく詳しい説明があってこそ、なのは言うまでもありません。
万田坑を辞して、荒尾駅まで歩きます。距離は約2.5㎞ほど。
しかし、大牟田駅からここまでの歩きに加えて、見学の時もあちこち歩き回ったこともあって、さすがに足が疲れてきました。
地図アプリを元に駅まで向かうのですが、駅が見えてきた、と思ったら入口はなく、ぐるっ、と迂回して線路を渡らないといけないことが判明。乗る予定の電車の発車時間も迫ってきているので、疲れた足に鞭打って早足で駅まで。
若干、へとへとになりながらも荒尾駅に到着。電車にも何とか間に合います。
しかし、朝は予定よりも早い時間だったのに、今は予定よりもかなり遅れ気味。本当は荒尾駅近くで昼食の予定だったのですが、その後の行程もあるので昼食は我慢して、やってきた電車に乗り込んだのでした。
その3 に続きます。