
誕生日
だった。
ほとんどお祝いもなく・されず
友人に「誕生日やねん」と言うと
「この年になるとめでたくもないけど、、、まぁおめでとう」
だって(^^;
めでたいとか嬉しいとかより感慨深いものがあるよね、って返答した。
年をとる・・・それだけ生きる日にちを増すぶん、きっと学ぶべきことも多いし体験も経験もほんの少しの知恵とか工夫。。。
「より強くより長くより多く祈り願います」
とお寺さんに言って話してきた。
去年の誕生日は。。。。。暖かくて優しくてちよっとうれしくて、けどすごく不安でそしてとても寂しい時間だった。
ルミナリエが開催されなくなったので「おめでとう自分」と歩きながら祈ることもできてない。
それでも今年は年始から激動で。
そしてこの写真を撮っていた日から自分の生活が逆転した、豹変したとも言うのかもしれない。
ほとんど眠れなくてものすごく疲れたり眠くて、、、、それでもずっと気が張っていてそして自分の時間がほとんどなくなった。
この状態があとどれくらい。。。。。。。考えたくない。
ここんとこ、たくさんの「大切なもの」をなくしている気がする。
希望だったり優しさだったり喜びだったり、、、、、、しかし憎しみとか哀しみや悔しさもある。
そして何より命も。
年をとるごとに「死」に近づいてること、改めて考えさせられる。。。けど何も用意してなんかない。
今を生きることに毎日がいっぱいなのだ。 たぶんそこに「死」をふわふわっと取り入れると生きることにいっぱいいっぱいでも 「まあいいか」になるのかもしれんけどそれを考えるのはやっぱり怖いのかもしれない。
そして病むことも。 もうたくさんの診断名がつけられたりして「カゼ」でもいいたくさん薬を飲んでる。 飲まなくても大丈夫だろうクスリばかりなんやけど処方されてるし都合の良いように勝手に調整して飲んどるよ(^^;
産まれた瞬間から老いは始まっている、
何度も死にかけたけどよくこの年まで生きてきたなと遠い目になりつつ岸壁に立ったりするような気分でもある。
まわりはみなさん結婚して出産して子育てもおわったり最中だったり「これから」のいい時期なんだよ。
おいらだけ独りであほっぷり丸出しに生きてるのよ(^^;
「あとどんだけ生きてられるんだろ」
終活なんていうけどね、終わりじゃないんだよね。
とりあえずいまいきなり「あしたこの世から消えるよ」って宣告されたらやり残したこととか消したいもの、残したいもの、伝えたいこと、いっっぱい(^^;
死んでも死にきれんでおばQになりそうなのでw
せめて悔いのないようにしておきたいかな、と思うのよ。
けど今はそんな自分の時間もないし凹 やっぱり孤独死してひっそり誰にも知られず無縁墓地にいきそうな気がする(^^;
それにしても日に日に(毎年) どんどん誕生日って寂しくなるよなぁ(笑)
辛くても、生きてることはありがたくて奇跡なのかもしれない。
Posted at 2022/12/13 22:54:16 | |
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