
お寺さん
紅葉ぼちぼち。
しかしながら
ニワトリの羽っこ何枚か、くらい
冷え込みを感じる山の上凹
「これからいよいよ修羅場な冬かぁ。。。。。。💧」
山の下、温泉地にでも住んでいればシモヤケの「シ」とも縁遠い日々なんだろうなと思いつつ夕刻の用事で山をおりる。
日暮れの前、西日っちゅうんか夕陽がとてもきれいだった。
何度も振り返りながら空を眺めつつ走る。。。。。
走りながらだと、なんて言い訳をしても美しく夕陽を撮るのはかなり難しい💧
もしかしたら一緒に走っているみんなが
「きれいな空だね」
なんて感じて優しい気持ちで走ってくれてりゃいいんだけど すまーとほん片手に走る人いっぱいで 「💢」 ってなっとったらせっかくのきれいな空も夕陽も。。。。。。
日が落ちた、西の空にはナントカ彗星よりも濃い色の光と闇。
それでも空はこんなにも美しくて、、、、、朝・昼・夜・・・・・
「そらがすきーーーーーーーっ❤」
富士山の上から叫んでみたいくらい好きだけど、見たままきれいなまま、撮れない残せない伝えられないもどかしさ、悔しさ。
そんな夜にはみなさんノリノリのなんとかムーン。 あほか、満月じゃ。
ずーーっと曇りよったけれど「待っとるけん💧」 涙の訴えでシブシブでもちょびっと月らしく? 光ってくれたんよ凸
「なんとかむーんノリノリ~☆彡」
よりも
「月が綺麗ですね」 「夕陽がきれいでした」 「空がきれいです」
穏やかに 「美しい」 と感じる気持ちとか心のほうが大切なんじゃなかろうか。
なんていうおいらの気持ちが穏やかなのかと言われると闘争心に燃えたぎってたりショボン灯がチロチロしてたりドキワク踊ってたり忙しい凹。
でも「美しい」や 「めっちゃきれい」 を見ると食事の箸も置くほどこころ奪われちゃうよ、単純だよ^^;
空とか月とか物理的な「きれいさ」もあるけど、ほんとにいいなと思うのはやっぱり心のきれいさ、美しさかもしれん。
自分にないものだからこそ、気づくし求めてしまうんだよな。
最近のきれいな夕焼け空、夜には月、秋の空。
みんなが 「きれいだ」 と感じて優しくなってもらえたらいいよね。
Posted at 2024/10/17 23:43:33 | |
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