
おとといの月
ほんっまに雲に隠れていたものの
チラッとだけ光に逢えた感謝。
ぼんやりしすぎているけど(^^; よーーく見たら真ん中にしっかり月がいる。 めちゃめちゃ嬉しい。
きのうはお参りに、、、、、と思っていても自分勝手な都合と用事で出かける。
みんな書いてるからあえて書くのは、、、、とも思っていても安倍サンのご葬儀があったから。
しのぶこともできず勝手なことばかりで本当に苦しいと思いつつもそれなりになんとかありがたい時間だった。
ときおりの雨。 そして湿度の高い空気に厚い雲に覆われた空。
それでも声をかけながらの帰り道
ものすごく頑張ってほんのちょっっとだけ出てきてくれた。
きのうの葬儀で見送っていた人や献花にきた人、やすらかに・・・・と気持ちを持っていた人、みんなに見えていますように。
そしてこの春、前にも書いたかもしれんけど「とむらい」という言葉を聞いた。
ちょっと偉いお坊さんが 「もう死語になりつつある言葉ですが・・・・」 という前置きから語られたのだ。
そういえば最近、誰かが亡くなっても聞かなくなったしそんなによく見聞きする言葉でもないよな。って。
チラチラッと調べると
1 人の死を悲しみ、遺族を慰めること。くやみ。弔問。「弔いの言葉を述べる」
2 葬式。野辺の送り。「弔いを出す」
3 死者の霊を慰めること。法事。追福。追善。「七年忌の弔い」
ってあった。
私の中ではなんとなく男性的な言葉に思えたのでその時は女性に対しての「とむらい」でしたが昨日は出先でいろいろ思いながら
「あぁ、安倍さんにふさわしい(と書くと語弊がありそうですが)言葉なのかな」
とも思った。
亡くなった誰かの為に祈り・願う事やしのぶこと。。。。。。
そんな気持ちがいつもみんなに誰かにあるといいなとも。
午後に安倍サンを乗せた車が都内の要所を一周していて議員さんや今の首相が見送っていたりみんなが「安倍さーん」と声を出していたのに少しだけ泣きそうになった。
人の死はいきなりだ。 結婚式みたいに事前に予約したり予定なんかたてられない。
後になって警備が悪いだの擁護が甘いだのやはり人は「誰かのせい」にしないと気が収まらないみたいだなーとも少し情けなくも思いつつ。
昨日の月が安倍サンにとって弔いの気持ちで出てきてくれているのなら、、、、、
今夜は昨日よりぼんやり雲に覆われていたけれど今夜は満月とのこと。
大切な人を亡くしたら、、、、、どうか「とむらい」という言葉を思い出してほしい。
月には「誕生」も「希望」も「安らぎ」も「愛情」も、そして「とむらい」もあるよな。
Posted at 2022/07/13 23:10:46 | |
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