この問題は業界では以前から指摘されていた事ですが、今回ソースが一般紙(産経新聞;関連情報URL参照ください)ということでちょっと驚き、日記に書く事に決めました。
記事によれば指摘元は東京都だそうです。今でこそポスト新長期規制で「世界一厳しい」ディーゼル排ガス規制を謳う我が国ですが、ほんの15年前までPM(ディーゼル微粒子≒黒煙)の規制すら存在せず垂れ流し。それを国民の前で指摘して低硫黄軽油の普及を促し、DPF(ディーゼル微粒子フィルタ)や尿素SCR普及の下地を作ってくれたのも東京都でしたね。。。
・・・話が逸れました(汗
国交省により定められたモード燃費は、実走状態ではなくシャシダイナモ上で計測されます。加・減速時に駆動輪にかかる負荷はローラに接続されたフライホイールにより調整されますが、試験車両の車両重量に応じてあらゆる等価慣性重量(IW)のフライホイールを用意したのでは莫大な費用がかかってしまいますので、10・15モードの場合は車両重量に応じて125kgまたは250kg刻みのIWに区分されて測定が行われます。
【10・15モード】
車両重量[kg] IW[kg] 燃費基準値[km/L] 「お引っ越し」の効果
~ 702 750 21.2
730~ 827 875(116.7%) 18.8(88.7%) ▲3.0%
828~1015 1000(114.3%) 17.9(95.2%) ▲7.7%
1016~1265 1250(125.0%) 16.0(89.4%) ▲9.4%
1266~1515 1500(120.0%) 13.0(81.3%) +2.1%
1516~1765 1750(116.7%) 10.5(80.8%) +4.9%
1766~2015 2000(114.3%) 8.9(84.8%) +2.7%
2016~2265 2250(112.5%) 7.8(87.6%) +1.2%
※1:カッコ内の数値は下位のIW区分に対する変化率。
※2:「お引っ越し」の効果は(1/IWの変化率-燃費基準値の変化率)で算出。
例えば車両重量1016kgの車種と1265kgの車種は、いずれもIW=1250kgのフライホイールを使用して燃費が計測されます。したがって両車の車両重量には249kgもの差異があるにも関わらず、同一のドライブトレーン(エンジン、変速機、デフ、タイヤなど)であればカタログ燃費も同一となります。なおIWが車重区分の中央値(1140.5kg)より重くなっているのは、乗員2名ぶんの重量(55×2=110kg)を加算している事によります。
しかし仮に車両重量1016kgの車種が、軽量化努力で車両重量1015kg以下を達成出来ればIWは1250⇒1000kgとなり、250kgも軽いフライホイールで燃費計測が可能となるためカタログ燃費は大きく改善される事になります。したがって各車両重量区分の下限付近の車種が、カタログ燃費改善を目的に軽量化に尽力する一方で、重量区分の上限寄りの車種は少々の軽量化ではカタログ燃費に現れないため、軽量化努力が削がれると言う状況が生まれます。
この問題は以前から指摘されており、'09年10月以降に販売される車両に適用されるJC08モードでは、IWが110~130kg刻みに細分化されました(参考にJC08モードの重量区分を末尾に記しておきます)。
しかし、この状況を一変させたのが例のエコカー減税。この制度においては、各重量区分毎に定められた燃費基準値を、どれだけ上回ることが出来たかで減税の適用範囲が決まります。
カタログ燃費を良くする為にはより軽いIWで試験することが有効な為、各重量区分の境界付近にいる車種は軽量化に尽力して下の重量区分に入れる努力がなされてきました。しかし燃費基準値はIWが重くなるほど緩くなるため、カタログ燃費が悪化することには敢えて目を瞑り、より上位の重量区分に「お引っ越し」してエコカー減税対象を狙う車種が現れました。これは元記事で指摘されている通りです。
しかし「お引っ越し」によって、そんなに簡単にエコカー減税対象となる事が出来るのでしょうか?
同一のクルマを2台(重量は2倍)同時に走らせたら、1台のときの倍の燃料を消費する事は明らかです。したがって車重と燃費は反比例の関係にあると考えられます。ここでIW=1500kg⇒1750kgへの「お引っ越し」を例に取るとIWは116.7%に増加します。したがって燃費は単純計算で85.7%(=1÷116.7%)に低下すると考えられます。但し燃費基準値も13.0⇒10.5km/L、すなわち80.8%に緩和されますので、差し引き4.9%はおトクになるという事が出来ます。
この下位の重量区分からの「お引っ越し」でどれだけ有利になるかを、上の表の一番右に列記してみたので改めて眺めてみてください。この数値から、前記でも取り上げたIW=1500⇒1750kgに「お引っ越し」するケースが最も効果が高い事が解ります。逆にIW=1250kg以下の重量区分ではより下位のほうが有利となるため、装備を省いて下のクラスへ「お引っ越し」するケースが現れてもおかしくないのですが、前述の通りこの手法はカタログ燃費を良くするためにも有効で既に使い尽くされており、今更エコカー減税の為に下へ「お引っ越し」出来るような車種はほとんどありません。
ここで末尾のJC08モードの重量区分をみると、IW=1360kg以下の軽い重量区分ではより下位のほうが有利、という傾向は10・15モードとかわりません。しかしそれより上位に於いても「お引っ越し」の効果は(最上位のIW=2500kgを除けば)3%未満に保たれており、IWと燃費基準値の関係が満遍なくバランスが保たれていると言えるのではないでしょうか?もしエコカー減税制度がこのJC08モードを基準に定められていたら、現状の醜い「お引っ越し」の乱立は防げたのではないかと思わずにはいられません。
元記事では重量区分を細分化することの有効性は認めつつ「それには大変なコストがかかる」と書かれています。しかし既に述べたとおりJC08モードが導入されることは既定方針であった訳で、リーマンショックと言う想定外の外乱による経済対策だから仕方ないとはいうものの、エコカー減税が10・15モードを基準に決められてしまった事にはなんともやり切れない気持ちが残るのであります。。。
【JC08モード】
車両重量[kg] IW[kg] 燃費基準値[km/L] 「お引っ越し」の効果
~ 600 680 22.5
601~ 740 800(117.6%) 21.8(96.9%) ▲11.9%
741~ 855 910(113.8%) 21.0(96.3%) ▲8.4%
856~ 970 1020(112.1%) 20.8(99.0%) ▲9.8%
971~1080 1130(110.8%) 20.5(98.6%) ▲8.3%
1081~1195 1250(110.6%) 18.7(91.2%) ▲0.8%
1196~1310 1360(108.8%) 17.2(92.0%) ▲0.1%
1311~1420 1470(108.1%) 15.8(91.9%) +0.7%
1421~1530 1590(108.2%) 14.4(91.1%) +1.3%
1531~1650 1700(106.9%) 13.2(91.7%) +1.9%
1651~1760 1810(106.5%) 12.2(92.4%) +1.5%
1761~1870 1930(106.6%) 11.1(91.0%) +2.8%
1871~1990 2040(105.7%) 10.2(91.9%) +2.7%
1991~2100 2150(105.4%) 9.4(92.2%) +2.7%
2101~2270 2270(105.6%) 8.7(92.6%) +2.2%
2271~ 2500(110.1%) 7.4(85.1%) +5.7%