「関宿城博物館」で博物館セミナー「野田市の馬頭観音信仰」を受講。馬頭観音さまの背景知識を身につけ、またまたお参りしなければならない場所が増えました。(これがまた楽しみ!)【 野田市の馬頭観音信仰 】「馬」は自動車や重機が普及する現代まで戦い・農耕・工事、運送など様々な仕事を担う大切な働き手でした。江戸期より馬頭観音を馬の守護神とする民間信仰が広がり、飼い馬の墓標や運送業者などの講集団が馬頭観音塔を造立することが定着していきます。野田市内に残る馬頭観音塔や絵馬などから、江戸期の馬との関わりを推察します。<馬頭観音の特徴>◆頭の上に馬の頭を冠のように乗せている。馬が草を食べるように煩悩を食べ尽くし災難を取り除く。◆「馬口印(まこういん)」を結んでいる。これは馬の口を模した印相。◆手には煩悩を打ち砕く剣や斧、棒を持っている。あと、「明王さま」と違い「菩薩さま」は膝を出さない、というのも新たに学習。江戸期の下総台地には幕府直轄の牧場(まきば)「小金牧(五牧)」「佐倉牧(八牧)」がありました。こちらも、今まで以上に詳しく追っかけて行こうと思います。まずは、流山の「長流寺」に行かねば。ここは、新選組の駐屯地にもなったので10年前にお参り済み。こちらにはなんと、慶長12(1607)年の馬頭観音の石造物があります。 か、かわゆい♪