「お台場海浜公園」から
ゆりかもめで
「汐留」まで約10分。
そこから、少し迷いながらも
数分で「浜離宮恩賜庭園」着。
江戸時代から続く庭園では、
都内唯一の海水の池です。
「大手門橋」を渡り
入り口を入って左に「三百年の松」。
「旧稲生神社」、「水上バス発着場」を経て
お目当ての「将軍お上り場」へ。
三毛、みっけ♪
「灯台跡」。
「将軍お上り場」!!
「将軍お上り場」は、
徳川将軍が船で浜御殿に来た際に上陸する場所で
14代将軍・家茂と15代将軍・慶喜にとっては
悲しむべき上陸地点でした。
家茂は計3回上洛していますが、
江戸に帰ってくる際には3回とも
ここに上陸していました。
その3回めのご帰還は、
悲しいことに、亡骸となっての帰還...。
15将軍・慶喜は、
鳥羽伏見の戦いに敗れ、
大阪城から江戸に逃げ帰り、
慶応4年1月12日、「将軍お上り場」に上陸しました。
勝海舟らが出迎えますが、
ここで勝海舟が慶喜に対して一言。
「敗戦の責任はあなたにあります」。
大東京の中に今でも残る、
時代の転換点を見てきた「お上り場」で
しばし物思いにふけります。
昔から使われている「水門」。
かつては、ここ浜御殿で
将軍さまが
鯨を上覧されたんですよねー。
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寛政10(1798)年5月1日、
暴風雨によって品川沖に一頭の鯨が迷い込んで来ました。
江戸中で評判になり、それを聞きつけた代官が検分に来て、
将軍・家斉が浜御殿で上覧することが申し渡されます。
5月3日、漁師たちは鯨に縄をかけ、浜御殿沖まで船で引いていき、
将軍に供覧したそうです。
家斉はたいそう喜び、
こんな歌を詠まれたそうです。
うちよする 浪は御浜の おにはぞと
くじらは潮を ふくはうち海
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この寛政の鯨騒動は
「享保の象」
「文化のらくだ」とともに
江戸動物三大事件として語り継がれています。
(この象さん、なんと「浜御殿」で12年も飼育されていましたヨ!)
「庚申堂鴨場」。
(写真は、ごく一部)
今回、鴨場なるものを
じっくり見ることができましたので
長年の疑問が解決いたしました‼
(これはまた別の機会に...)
「中島の御茶屋」。
「富士見山」からの景色は
絶景かなー。
「中島」から
「富士見山」を望む。
「燕の御茶屋」
「鷹の御茶屋」
将軍さまも
寒い朝には
土間に作った炉で
芋や栗を焼いて、
田舎の風情を楽しんでいました。
「鷹部屋」。
帰りは
「中の御門」から出て
新橋駅まで徒歩で。
(「浜離宮」、滞在時間2時間超。
大いに満喫いたしましたー。)
Posted at 2018/10/17 21:57:58 | |
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