
辺野古は学生運動における浅間山荘になると思う。
文科省の圧力って騒ぎすぎたから、文科省は非公開だった
調査結果の全文公開で、過激な反基地運動はトドメだね。
今回の転覆事件も知れば知るほど、ひどいよね。
サンゴの海が見たかったのに肉の壁に使われて救命胴衣も
まともに装着せずに教師の下見も同乗も無く沈没で溺死。
いまだ船の運航者からは謝罪もなく、遺品は穴の開いた
段ボールで送り返されるとか、親族がそのような事に・・・
って考えると、本当に怒りで文字打つ指先が震える。
平和教育は私も必要だと思うし、これからも、やっていくべきだと思うよ。
でも、タイトル画像みたいに、カボチャを時の首相に見立てて、殴り放題が平和教育か?
これは座り込みで有名な辺野古テント村で行われていた、アトラクション?ですよ。
このテント村への座り込みも、同志社国際の修学旅行でも参加を呼び掛けてたみたいですね。
同志社以外の高校も、この座り込みの記事が残っているようですけど、消しまくってるとか。
戦争の無い世界、基地や核兵器の無い世界、そんなのは誰もが望んでるよね。当たり前ですよ。
でも、このカボチャに過激な反基地活動はナニモノか?というのが現れてるよね。
私は基地はダムと同じようなモノで、必要だけど、住んでる場所が奪われる人にとっては、
迷惑極まりないモノだと思っています。だから反対はあって当たり前だと思いますよ。
以前書いたブログにも、その辺のスタンスは書いてます。
それぞれの論理
今回、抗議船転覆の一報はニュース速報も出ましたが、その後の報道は異常でしたね。
継続して報道するのは産経新聞のみ。テレビ、その他新聞では一切無視という状況。
これぞ、報道しない自由か!!!って感じでしたが、いまは素人も発信力を持つ時代です。
遺族が
noteで発信を続けた事で、風化せずに大手メディアが後追いせざるを得ない状況に。
以下の番組は元毎日新聞の石戸記者がまとめた番組ですが、涙無しでは見れない。。。
今回の件、新左翼の学生運動からの流れですし、そこから振り返る必要があると思います。
時を戻して、成田空港建設反対運動である
三里塚闘争を調べてみましょう。
この市民運動、当初は成田空港建設で土地を奪われる事になる地域農家による反対運動でした。
しかし、そこに反体制的な思想を持つ新左翼と呼ばれる活動家が流れ込み・・・
反対運動は、より過激に、先鋭的になって行きました。まるで、辺野古のようですね。
盛り上がった左翼運動ですが、浅間山荘事件で世の中の空気は大きく変わったと言われています。
山荘に立てこもり警察と銃撃戦を繰り広げ、最終的に鉄球で山荘が破壊される映像で有名なアレ。
機動隊員が極寒の軽井沢で食べるカップラーメンが美味しそうに見えて大ブームになったとか、
有名な鉄球で建物を破壊して機動隊が突入するシーンの視聴率は、89.7%だったそうですね。
ただ、盛り上がった左翼活動も、あまりに過激化して世論が離れる事になりました。

別の意味で興味深いのは、この時代は情報の拡散としてテレビの役割が大きかったんですね。
今回沈黙するテレビ、その中で遺族のnoteとXで世論が作られたのと比較すると非常に興味深い。
沖縄の辺野古に話を戻します。
いままで沖縄ではオール沖縄という事で、沖縄全体が1つになっていると報じられてきました。
しかし今回、元朝日新聞の今野記者と元TBSの須賀川記者が取材してきた沖縄レポート。
これは非常に興味深いレポートでしたね。ただ、とにかく長い・・・けど、是非見て欲しい。
どんな状況で海に出たかも分かりますし、これぞジャーナリズムを感じる。
見た感想は、辺野古の地域住民と、反基地活動してる活動家に壁があるという事です。
興味深いのはTBSの須賀川記者の、このシーンですかね。
「人生かけて反基地活動の為に県外から来た人の事を、現地の人はもっと感謝しているのかと思ったら、そんな事は無く現地の沖縄の人と反基地活動の人たちに壁があった。」
元TBSの須賀川記者は、TBSなので私とは向いてる角度は違います、もちろんねw
ですが、肌で感じたことをこのシーンでは、しっかりと伝えてくれてると感じた。
やはり、今回の事件で、沖縄の平和教育の名を借りた、非常に党派性の強い反基地活動への
参加のような修学旅行は、しっかり見直すべきだと思います。
あんな暴走ボートに乗って、何が平和教育なのって思いますよね。
そのような実態だった平和教育自体が見直さなければ、親に内緒で、あんな場所へ連れて行く、
沖縄への修学旅行自体が忌諱される事に繋がって行くでしょう。
今回の事で、今まで反基地活動でどのような事が行われていたか、知らなかった人にも、
遺族のnoteや、それをキッカケに深堀して沖縄の情報発信者の、それこそトップ画像のような
まともじゃない行動、ダンプ搬入口での攻防など、知ってしまった人も多いのでは。
そして、現地でも基地反対活動家と地域住民の間に壁が出来ているように、
メディアによって作られてきた、オール沖縄の幻想が崩れる契機になる事件になったのでは、
そのように感じての今回のブログになります。
辺野古は三里塚で活動してきた新左翼界隈の、最後の戦いの場所になってる感もあります。
そして、やはり過激化して民意を失った、浅間山荘事件のように、今回のヘリ基地反対協議会の
事故後の対応というのは、本当に犠牲者に寄り添わない冷酷なモノだったと思います。
その事で、オール沖縄への見方というのは大きく変わってしまったのかな。
そして、9月には沖縄知事選がありますね。
知事選とは関係なく、本件の原因追求と対策は、しっかりとやって欲しいと願います。