2013年06月25日
深夜にやかましくてスイマセン^_^;
どうも!軽スポーツを愛してやまないキラっす!
内容はタイトルにかいたまんま!!
ヴィヴィオRX-Rを購入してから抱いた夢…
それは、ホットな時代を共にした、ライバル車種を並べてオフ会を開催しちゃいたい!って事です(笑)
ボクの考えたプランは、ボクの地元にはひろーくてだだっ広な場所が多いのでどこかセレクトしてまず集合(笑)
お互いに自己紹介し終わったら、まぁ車談義とか情報交換とか(笑)
そこから車通りが少ない農道へ出て、各々の車を一台ずつimpression…まぁ試乗会を行うと(笑)
ボクの地元がらき☆すたというアニメの聖地なので、聖地周りをしつつ、互いの車の撮影会!!
んでもって飯とかを挟みつつ、今後第二回・第三回と続けていけるように交流を深める…
これがボクのプラン!!
そして、多くの人が疑問に思うであろう…
何故、ヴィヴィオオフ会にしないの?というね。
ヴィヴィオオフ会大いに結構!
否定はしません!
情報交換も出来るし。
でもね。
同車種で馴れ合うより、同系統のライバル車が横にいた方が熱くなりませんか!?(笑)
お互いに自分の車が大好きだからこそより熱くなれる気がする(*^^*)
それにこの手の車が集まれば自ずとヴィヴィオ乗りが現れるやもしれんし(*^^*)
そう考えると、同車種オフより魅力を感じます!!
実はキラの計画は着々と進んでおり、既にミラ・アヴァンツァート乗りとミニカ・ダンガン乗りとお友達になったのだ!!
後は、アルトワークスだけなのだよぅ!!
しかも、上記3人は埼玉県出身な上に皆二十代前半なのだよ!!
reasonableなのだよ!!(*^o^)/\(^-^*)
さぁ、埼玉県内の二十代前半アルトワークス乗りがいたら、ボクにメッセを寄越すのだ!!
そうすれば、軽スポーツ四天王の爆誕なのだよ!!(笑)
とかいいつつ、上記条件当てはまらずとも、良識があって車大好きな方ならどんな方でも大歓迎なのです!
この記事をお読みになられた喜徳な皆様!!
どうか、この大バカ野郎の願いを叶えたってください(笑)
Posted at 2013/06/25 00:29:51 | |
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2013年06月06日
ブログなんてmixiで昔日記書いてたくらいしかやったことないし、もっぱら呟きが多い自分なので、
上手くかけるなんて思ってやしないけど、淡々と書いてみますか。
平成になってから少し経ったあくる日。僕はこの世に生を受けた。
最初は母方の祖母の家で育てられた。
とかく夜泣きをする子供だったそうで、よく母が夜のドライブに連れてって、寝かしつけてくれたそうな。
その時初めて乗った車は忘れもしない。TOYOTA・タウンエース(ディーゼルエンジン)。
ウチにはタウンエースが2台あって、白い方が家族で出かける時の車で、もう一台あった青い方が、
元バイク屋店員の親父のバイクメンテ用のスナップオン工具が搭載されたトランポだった記憶がある。
どちらも今の家に引っ越す頃にはダメになり、スクラップしたっけ。
親父は茨城出身のローリングライダーで、当時YAMAHAのSDR200を通勤兼筑波山を攻める時の愛車として駆っていた。
想えば生まれて初めて乗ったバイクはコイツ。シングルシートだったからタンクにひっついて親父が無理やり運転してたっけかw
母さんもそれなりにバイクにはハマっていたようで、当時、家にはHONDA・GB250クラブマンが置いてあった。(後にイトコのねーちゃんの彼氏が持って行ってしまうのだが^^;)
そんなこんなで、比較的乗り物に近い人生を送っていた。
オートマはタウンエースの時のみであったため、あまり定着していなかったのをよく覚えている。
というのも、もう一台、家にはスズキ・アルトの550がいて、コイツがMTだったからだ。
お婆様は生粋のMT車乗り。というか、オートマ怖くて運転できないとかw
家の納屋にはもう一台、YAMAHA・Pocke50 MIDNIGHT special というヤマハ版モンキーともいえる2stの原チャが置いてあったものの、親父がエンジン焼きつかせてしまったため、当時はボクの興味の範疇からは外れていた^^;
トミカが大好きで女の子と話すのが大の苦手な少年が5歳になった頃、妹が生まれる。
これを機に、手狭になったからと言うのは建前で、自分の城を欲しがっていた父が、
現在の家を購入・生まれた妹とともにお引越し。
タウンエース・SDRが今の家にいることに。
ところがタウンエースの老朽化が深刻なことになっていたように記憶している。
いつだったか上記通り、タウンエースはお別れすることとなり、
代わりにやってきたのがスズキ・エブリィターボ。
親父の「過給器なしの軽なんてタルくて乗ってらんね」という拘りから
ターボチャージャー搭載の上級モデルwタコメーターまでついてやんの。
そんなオモチャを母さんに与えていいわけないだろうw
タウンエース時代からキレると踏むスピード狂なんだからw
しばらくは祖母の家に遊びに戻ることもあり、その時に気付いたのだが祖母のアルトが白→シルバーに代わり、排気量も660ccにw
(確かしばらく550アルトは親父が足にしていたそうなw)
この660アルトは、後に、KIRAが初めて所有する自動車となる。
引っ越してから紆余曲折はあったものの、やかましい子供二人もそれなりに成長。
中学1年の夏。父方の実家、茨城まで戻った時のこと。
叔父はプリウスをこれ見よがしに運転してたっけw
ボクは初めてMT車を運転することになる。
ジーちゃんの畑にスイカを取りに行く話になったのだが、爺さん酒が入ってたもんで、
「…キラ。ちょっくらいってきんしゃい」
ハァ?飲酒運転が×なら普通無免許運転も×だろーがw
車種までは覚えていないけれど、軽トラにのって畑まで行くことに。
そこから5年間、バケーション時のボクの無免許運転生活が始まり、18になって免許を取得するまで
続いたっけ?w
最初はエンストしまくっていたけど、慣れてくると重たいハンドルやら癖のある仕様になれている自分がいたw
だから今の車に乗った時の心地よさはほんと一塩なのよねw
そんなこんなで高校生になった頃、時代を逆行し、僕は父のバイブル的漫画であった「バリバリ伝説」を読む。
いやぁ!カッコイイのなんのって!
その頃は「頭文字D」などにもはまっていて、ハチロクに惚れたり、峠レースがカッコいいなんて思い始めた頃。
しかも友人まで高校で禁止されている中免をとる始末。
初めて友人に乗らせてもらったYAMAHA・スーパーJOG ZRのリミッターオフの走りなどに感動していたこともあり、思い切って中免取得!
慣れない短期バイトまでしてお金貯めたんだけど、免許取るのが精一杯で愛車所有までは至らず。
それでも、自分よりも一回りも上の友人にHONDA・NSR250に乗らせてもらったりなど貴重な経験もさせて頂いてたりする。
そのころ親父のSDRは、老朽化により既に動かない状態^^;
その間に親父は転職したりして、スズキ・アルトラパンSSというMT車を退職金で購入してたっけw
(またまた軽ターボですよw)
そんなこんなで高校卒業するも、その頃には欲しいバイク像が薄くなっていた。
大学生になった自分としては、「街乗り出来て楽しいの」が欲しかった。
そんな時読んだ「逮捕しちゃうぞ」というマンガにちょっとだけでてきた赤い小さなバイク。
ん?どっかで見たような…
そう…YAMAHA・Pocke50です。
こんな小さな車体に2stエンジン…
考えただけでも楽しそうでしたが、なんと近所のバイク屋に置いてあるやん!?
5万円と言う金額には少々頭を抱えたけれど意を決して購入!
親父が所有していた事もあり、整備に関しては彼とても詳しかった!!w
ウィリー走行やら空中一回転なんかして遊んだっけ?w
通学に使ったり、筑波山を走ったこともあったw登りは辛かったなぁ^^;
2stバイクがコストかかるというのをこの時初めて思い知ったw
アップチャンバーで黒いオイルは飛び散るし^^;
それにしても同じバイクにハマる辺り…ウーン^^;やはり親子?w
しばらく大切に乗っていたのだけれど、大学3年の夏だっけか?
忽然と家の前から姿を消した…盗まれたのだ…。
しばらくはショックが隠せなかった。
親父がSDRを復活させていなかったらバイクにはとうに飽きていたかもしれません。
ボクが免許取ったあたりから親父のバイク魂にまた火がついたようで、
あくる日、部品とり用SDRを購入してくる。
家に持ち帰り2台のバイクから1台のバイクを2人で完成させたのは最高の思い出!
キックスターターを蹴り倒した時のエキゾーストが忘れられない。
その後SDRは親父の手によって本気の走り屋仕様にw
しかも生前贈与を祖父母からもらっていた親父は、こっそりスズキ・グース350なるバイクまで購入。
親子二人で筑波山を攻めこむ事まで実現しました。
しかし、大学生と言えば遊びたい盛り。
バイト通勤も楽にしたいし、友達やおにゃの子を隣に乗せて出かけられる四輪も魅力であった!
(ウチにあるのは、シングルシートのレーサーバイクだし、親の車もおいそれと借りれないし^^;)
そんな折にお婆様がもう車に乗らないというので、上記のスズキ・アルト660 HA11S を譲り受ける。
MT車であったため、当時の僕は喜んで乗りましたさw
4速ミッションで3気筒でNAだったから早くはなかったし、婆さんがクラッチ滑らせてたけれど。
当時は自分の車を持っている!!ということがとにかく楽しかった!
友人のナビシートばかりではさすがに退屈するしw
大学後半まではアルト君はボクの素敵なパートナーでした。
あの仕様で筑波山に行ってサイドターンしたりしましたしw
そう…大学四年時に事故って、エンジンブローさせるまでは…
愛車を2度も失ったショックは大きかった。
それが四輪だと尚更である。
就職難であり、当時は内定も貰ってなかった自分はどこか心ここに非ずと言う感じであった。
そんな時、友人から売って貰ったのがスズキ・ヴェルデというスクーターであった。
銀さんの乗ってるヴェスパそっくりな見た目でいかにもシャレ乙な一台!
今でも街乗りの相棒として現役です!そして再び2stですよw
(何回かコケたのでボロボロですが^^;)
そして2013年!僕は新たな一台を所有することになる!
そう…SUBARU VIVIO RX-R (KK3) Type B である。
事の発端は中学生の頃まで遡る。
当時、母さんの知り合いの息子さんが描いていた漫画が単行本化する事になり、
記念すべき1巻をプレゼントされることになる。
当時はアニメ化されていなかった「らき☆すた」の一巻であるw
そう!私はあの「美水かがみ」と知らない間に知り合いになっていたのであるw
中学の頃、まだ美水先生を知るものがほとんどいない頃に学校に持ち出したらき☆すたの一巻は、
クラスで回し読みされるほど大人気!
既にはやることが目に見えていたw
そして高校生の頃、アニメ化された際に見た第6話「夏の定番」の1シーン…
主人公「泉 こなた」 のいとこである成実ゆいが頭文字Dさながらに駆っていた一台がヴィヴィオ!
痺れましたねwこんな軽自動車あるのとW
その後ネットで調べてみると、技術屋SUBARUが拘りぬいた1台ではないですかw
いいなぁなんて思っていたら、今年出会ってしまいました、
24000キロ台のヴィヴィオさんにw
買ったのは某大手中古車売買企業w
今年の2月納車時の喜びはひとしおでしたよ!
ところが、やはりガ●バーw
整備がなっとらんw
ボクがエンジンまわしまくっただけでクラッチ板が焼けるとかw
前オーナーが滑らせていた上に、セッティングミスときたもんだw
愛車にそそぐ情熱に揺るぎはありません!
先月、STIの強化クラッチを導入し、ヴィヴィオさんは帰ってきました、ボクの元に!
因みにヴィヴィオさんには国道線で逆走してきたアホから命を救われていますので、
さんづけで呼ばせてもらっていますw
この「ヴィヴィオさん」に出会えたのは、まさに運命としか言いようがないんですよ!w
とまぁこんな感じで第一回ブログを締めくくりたいとおもいます(*´ω`)
Posted at 2013/06/07 01:07:03 | |
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