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2025年08月11日 イイね!

伏木

伏木

 以前に伏木の国宝『勝興寺』に参拝した時(こっち参照)に前を通って見かけたノスタルジックな建物。ロードスターでプチ・ドライブに出かけよう。


 明治42年建築の『伏木気象資料館』,国登録有形文化財だそうな。入館料に見合うほどの気象資料はなかったんだが…

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 建物の裏側には現在もアメダスが設置されている。初めて見たわ、アメダス。




 ノスタルジックな建物そのものより、設立に携わった藤井能三に興味をひかれた。

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 江戸時代末期に廻船問屋として財を成し,明治期に私費を投じて伏木の発展に尽くした藤井能三。

 この測候所や港の灯台,富山県で最初の小学校設立など、その社会的功績は大きい。



 明治初期の財閥って、社会貢献に私費を投じる方が多かったんだよねぇ。昨今、株主配当さえ多けりゃなんでもいいって投資ファンドが多いが、見習ってほしいもんだ()。
 金もうけだけが企業の使命ではないはず。

Posted at 2025/08/11 06:20:10 | コメント(0) | トラックバック(0) | ロードスター | 日記
2025年08月10日 イイね!

落とし物はなんですか? ♫

落とし物はなんですか? ♫ 見つけにくいものですか? ♪
 カバンの中も机の中も、みんな探して見つからないのに…♬


 歩道の上に有ったんですね水中ポンプ(かな?)。 
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 左車線の流れがやけに悪くて渋滞してると思ったら、コレを避けるためだったんだな。
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 事故のもとだよ(笑)。積み荷の落下には気を付けて! 
Posted at 2025/08/10 05:58:20 | コメント(0) | トラックバック(0) | 単なる日記 | 日記
2025年08月09日 イイね!

ベルトーネの物語

ベルトーネの物語 ストラトス誕生物語としてベルトーネとガンディー二に触れたが(こっち参照)、今回はベルトーネ社自体について書いてみよう。


 今から100年ほど前、
馬車が車に発展し始めたこっち参照)が、当時の自動車メーカーといっても、製作は「フレームとエンジン」だけ。外装をデザインしボディを造ってたのは“カロッツェリア”と呼ばれた工房だった。

 大戦後にカロッツェリアの一つを立ち上げたのがジョバンニ・ベルトーネ(写真 左)で、2代目の社長が息子のヌッツィオ・ベルトーネ(写真 右)。
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2代目社長のヌッツィオ・ベルトーネは,デザイナーとしてより経営の手腕に優れていたよう。父から受け継いだ“工房”を年産数万台規模の“工場”へと成長させた。



人を見る眼もあったようで、有能なデザイナーを次々と発掘。

フランコ・スカリオーネ

ジェルジェット・ジウジアーロ

マルチェロ・ガンディーニこっち参照

 特にジウジアーロとガンディーニは、ベルトーネ社からの独立後も、個人の名前を前面に出して様々なデザインを発表している。

 なので「カウンタックのデザインは、ベルトーネなの? ガンディーニなの?」なんてことに(俺だけ?)なってしまうのである。




 残念なことにヌッツィオの没後、ベルトーネ社は急速に傾いていく。

 製造技術の発達でフレームやエンジンだけでなく外装丸ごと自動車メーカーが自社設計するようになり、カロッツェリアを必要としなくなったのである。


 また、車の構造がラダー・フレームからモノコックに移行したことも大きいだろう。

 ラダー・フレームならボディは外皮として被せるもの。だからデザインは比較的自由。

 ところが、モノコックの外皮は応力を負担する構造だから、そう好き勝手にはいかないのである。




 同じカロッツェリアでありながら、プレミアム・デザインを供給するデザイン会社として生き残ったピニンファーリナ。

 デザインだけでは生き残れないと、自動車メーカーを目指したがゆえに消えたベルトーネ。

 皮肉な話である。


 
Posted at 2025/08/09 06:02:04 | コメント(2) | トラックバック(0) | 単なる日記 | 日記
2025年08月08日 イイね!

豪雨でゴロゴロ ~ステアリングも握れねぇしな~

豪雨でゴロゴロ ~ステアリングも握れねぇしな~ 昨日は、年休消化のため朝から居間でゴロゴロ。こんなに雨が強くっちゃぁ、出かける気にもならない。

 突然、携帯からけたたましい警報音!
 『地震か?』
 昨年の能登大地震以来、この音はトラウマだよ。(-_-;)

 地震じゃなく、土砂崩れと洪水の警報。当家は台地にあるから該当しないが、避難所開設や冠水の情報が次々と入ってくる。


 せっかくの休暇だが、今日は大人しく自宅に籠ってるのが得策のようだ。
 
 先日の左手受難(こっち参照)は随分と回復したが、まだ握る動作がままならない。ステアリング操作がしづらく、積極的にドライブする気には…。
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 エグイ写真で申し訳ないが、傷口を見ていまさらながらに思う。危機一髪。
 もうチョイ深かったら、お肉スライスで一部を切り離してしまうところ。あぶねぇあぶねぇ…(-_-;)
Posted at 2025/08/08 06:23:11 | コメント(2) | トラックバック(0) | 単なる日記 | 日記
2025年08月07日 イイね!

ストラトス誕生物語

ストラトス誕生物語 衝動買いした「ストラトス・ゼロ」(こっち参照)と「ストラトスHF」を並べる。こうやってミニカーが溜まってこっち参照いくんだよな。(-_-;)

 「ストラトス・ゼロ」は「ストラトスHF」のプロトタイプのように言われてるが、雑誌(こっち参照)によると、直接の関係は無いらしい。

 60年代末、ランチアは『フルビア・クーペ』でラリーを戦ってた。
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 だが、ポルシェ911やアルピーヌA110が台頭。
 両車とも生粋のスポーツ・カーで、リア・エンジンだけにトラクションも十分。FFのフルビアじゃ太刀打ちできない。

 次期ラリーカー開発が喫緊の課題だが、ランチアにはベースになる車がない。車両開発のために、レギュレーションを熟読したランチアのチェザーレ・フィオリオ
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 「Gr.3のエンジンを使って500台生産すれば,どんな車でも改造車としてGr.4の公認を取得できる」という考えにたどり着く。
 “生産車をラリー用に改造するのではなく、“ラリー用に設計した車を生産販売すればいいという、逆転の発想だ。
 だが、当時のイタリアは労働闘争が盛ん。生産効率は低く、会社は火の車で新しいスポーツ・カーを生産する体力は無し。



 話は変わるが、イタリアの老舗カロッツェリアであるベルトーネ社。同業のピニンファーリナに押されて仕事が無かったけれど、年間3万台の生産能力を持つ工場があった。
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 生産委託の契約が欲しいヌッチオ・ベルトーネ(左)は、フルビアに変わる新型車を出さない(出せない)ランチアに向けコンセプト・カーを提案。
 これがマルチェロ・ガンディーニ(右)デザインの「ストラトス・ゼロ」である。
 

 1970年のトリノ・ショーで「ストラトス・ゼロ」を見た、ランチア社のフィオリオがベルトーネ社に接触。両社でラリー専用マシン製作プロジェクトが立ち上がり、生み出されたのが「ストラトスHF」だった。
 「ストラトス・ゼロ」は両社が話し合うきっかけにはなったものの、直接の開発ベースではなかったという。

 こうして、ラリー最適設計がなされた「ストラトスHF」が勝ちまくるのは、皆さんご存じの通りである。


Posted at 2025/08/07 00:01:40 | コメント(1) | トラックバック(0) | ミニカー | 日記

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 夏は自転車とバイク、冬はスノースクートと年中ハンドルを握っています。今回、人生最後の1台にロードスターRFを手に入れました。
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