
ジョン・F・ケネディが、ダラスでオープンカーに乗っていて被弾した時はこんな感じだったのだろうか?いきなり頭に軽い衝撃と共に赤いものが飛び散った。服にも小さな赤い“肉片”が飛び散っている。新型SLの屋根を開けて走り始め5分もしない間の出来事だった。
まさか、弾丸が飛んでくるはずもないので鳥の爆撃かと思ったら、そういう不純物は混じっていなかった。色は赤でも紫に近い赤だったので自分の血ではないことはすぐにわかった。風が強かったので、ナナカマドの実かなんかが飛んできて私の頭にぶつかり飛び散ったようだ。隣の営業マンは「こんなことは初めてです」と恐縮していたが、私も初めてだ。笑うしかない。ディーラーに引き返し、トイレの鏡で自分の顔を見たら、交通事故に遭って血を流しているように額から顔にかけて汁がこびりついていた。
洗顔して再び戻ると、試乗車も大分被弾の後遺症があったようで、あちこちを濡れタオルで拭いていた。気を取り直して再び出発する。乗ったのはSL350。岩手では初の試乗車だ。本来なら、その高級感に圧倒されるメルセデスのはずだったが、実はその前にあるものに乗ってきた。それはマイナーチェンジされたレクサスLS600hだった。まずはそちらの方から語ろう。
昨日の納車式の前に、ショールームに置いてある新型レクサスLSを見た。乗り込んでみると実に細部に渡ってきちんと作りこんである。センターコンソールも新しくなっている。デザインも従来以上にがっちりした力強いデザインで好感がもてる。
後部座席に至っては、かつてのドイツ車の世界だ。凄みさえ感じる。後ろから見るBピラの厚いこと。ついに日本車もここまで来たのかとちょっと感動してしまった。

シンプルにまとまっているセンターコンソール。シグザグゲートはメルセデスの遺産。

極太のBピラ。ここの太さ加減でクルマ造りの“良心”がわかる。
しかし、そうは言っても所詮上級トヨタ車、走ってみればそうでもないだろうという気持ちと、最高のものを目指す努力を惜しまないレクサス、進歩がみられるかという期待と半々で今日の試乗に臨んだ。走り出すと、やはり前期型とは違っていた。前期型は走っている感覚がトヨタ車に共通した希薄さがあったが、何故かこれはしっとりという手ごたえ感がある。エンジン音も程よく耳に入り、なかなかいい。隣に乗っているゼネラルマネージャーのOさんに聞いたら、やはり前期型で無音に近いエンジン音について客からの不満があって改善したそうだ。今のレクサスはそういう改善点が見つかると半年くらいで対応できるという。

後部座席からの眺め。ダッシュボードのデザインも秀逸。
このレクサスLSは今やアラブの金持ちから世界の要人も使用するので、テスト走行も世界中でやるが、日本ではこの岩手県の岩泉街道も使用するという。試しに試乗コースをちょっとはずれて地元ではアップルロードと呼ばれる、丘の中腹を走るアップダウンとコーナーが続く道にLSを乗り入れてみる。大型セダンながらよろけることなく、ある程度のスピードで走れることがわかった。

外観はもう一段洗練さが必要だ。スピンドルグリルはLSクラスだと露悪的でいいと思う。
セダンとしての走りはかなりよかったレクサスだが、あのメルセデスの奥深い走りをもう一度味わうべく今度はヤナセに向かった。そして冒頭のハプニングになったわけである。
そこで驚いたことがあった。SLとLSは走行フィールがほとんど同じだったことだ。気味が悪いくらいに。私としてはなんだかんだ言ってもメルセデスは別格だと思っていたが、これはメルセデスのトヨタ化とレクサスのメルセデス化が交差して、ほとんど同じものになったと言うべきであろう。
さらに、レクサスの内装を見た後では、SLの内装はちっとも豪華に感じなくなっていた。むしろチープに見える。もしかしてあのSクラスではどうかと思い、追加の試乗をお願いした。
Sクラスは私の好きなクルマであり、昔からの憧れだった。現行のSもなかなかいいデザインだと思う。試乗したのはS350だった。再びSLと同じコースを走り出す。メルセデスらしい鷹揚な乗り心地はSLよりも残っている。しかし今や特に秀でた走りでもない平凡さを感じた。
そしてここでも唖然としたのが内装のチープさである。一回りしてディーラーに着くころには、LSとSだったらLSを選ぶという気持ちにまでなっていた。嘘だと思うなら私と同じことをしてみるとよい。最初に新型LSに試乗して次にSクラスに乗ると、もうSは中身では負けていると分かるはずだ。もっともSは来年にも新型が日本に入ってくるけど。

各パーツがLSを見た後では安物とすぐわかってしまう。それだけLSは力が入っていた。
というわけでラグジュアリーなクルマに続けて乗った一日だったが、やはり贅沢のポイントが自分の望むものとは違うので、今はこれらは欲しいとは思わない。それは走行フィールが人工的であり、ダイレクト感が奪われているからだ。例えれば養殖魚の味であって天然魚の味ではない。ヤナセの営業マンは自分もボクスターを所有していたこともあり、そこはよくわかっていて「ポルシェとは違いますが・・・」ということを何度も強調していたが最後に「メルセデスもいいクルマだと思います」と言葉を結んだ。もちろん、それには異論がない。
しかし、あの「セルシオ」がついにあの「Sクラス」を追い抜いたということは、メルセデスファンの私としては複雑な気持ちであった。カーグラフィックのロードテストにセルシオが登場したのは1990年の1月号。紙面のカラーページはほとんどメルセデスの特集に使い、セルシオの記事は中ほどの白黒ページという扱いだった。評価も「トヨタ流ふんわり 高級車の味は今一歩」と。あれから22年。高級車の醸成には当時予想された通り時間がかかったが、努力は報われつつある。

外観のまとまりはSクラスに分があるんだけど。
Posted at 2012/10/21 19:34:26 | |
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