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nonchan1967のブログ一覧

2020年02月16日 イイね!

あれは6年前(ちあきなおみさん風に)

あれは6年前(ちあきなおみさん風に)まあ、ちあきなおみさんの場合は3年前だったわけですが、nonchan1967の場合は6年前だったということであります。
というか、このギャグが通じるのは少なくとも現在50代以降の方だけだろうなぁ。
ええ、あの「いつものように幕が開き」の曲の歌詞に引っ掛けてみたわけですが、甚だ分かりづらいことこの上ないことをお詫び申し上げる次第です。
でもあれからちょうど6年経ったんだよ、ということで。
毎年この時期のネタとしてはおなじみの内容のなので、古くからのみん友さんにおかれましては、またかよー(苦笑)という部分かもしれませんが。


でもまあ、やっぱりこのネタはお約束だよね!ということでご容赦いただければ幸いに存じます(笑)
記録的な少雪傾向の今シーズンからは想像できないほどの降雪が、ここさいたま市でも6年前にはあったんだよね、というお話でもありますが、この時は確か一週間前にもかなりの降雪があったんだよなぁ。
ま、この我が家のカーポート倒壊事件については今までにも散々ネタにしていますので改めて多くは語りませんが、結局今に至るまでカーポートを再建していない私です。
カーポート再建するぞネタも結構今までアップしてきておりますが、何だよ建てる建てる詐欺だな!なんて思われても仕方のないところですね(汗)
とりあえず現時点においては、カーポート再建については自分的にはあまり盛り上がっていないところでもありますので・・・
次にカーポートを建てるのであれば、それは外構周りをイチからやり直して、みたいに思っております。
いずれにしても、何をするにもお金は必要ですから、何かもう働きたくないなぁ、なんて思っている気持ちを収めてちゃんと就職しなくてはいけませんな(爆)


さて、今日はこれからお友達とボードに行っている長男を迎えに都内までゴルフヴァリアントちゃん出動であります。
年が明けてから初めてのある程度の距離を走る機会ですね。
お気に入りの80年代の曲をIphoneからクルマに飛ばして聴きながら向かいましょう。



自分で電車で帰ってこい、でも全然良いとは思うのですが、疲れているところに大きな荷物を持って乗り込むのも大変でしょうからね。
もっとも今日は日曜日ですから比較的空いているとは思うのですが。
ああ、私も骨折しなければなぁ。
来シーズンこそは楽しみたいと心に誓っております。
雪も今シーズンよりは多く降ることを願って・・・
Posted at 2020/02/16 18:29:54 | コメント(8) | トラックバック(0) | 昔話 | 日記
2020年02月03日 イイね!

私の青春の想い出の地が消えてしまうのか。

私の青春の想い出の地が消えてしまうのか。今朝の朝刊の記事なのですが、練馬の「としまえん」を閉鎖して跡地にハリポタのテーマパークを作るとのこと。
としまえんのアトラクションのひとつではなくて、としまえん跡地を東京都の一大防災拠点の公園にした上での一施設としての設置とのこと。
どうやらUSJのようなライド型アトラクションではなくて、ミュージアム施設風になるようですね。
そうか、としまえん閉園しちゃうのかー、段階的にプールや遊具も閉鎖していくとのことですが、個人的には寂しさしか感じないニュースであります。


としまえん、関東地方においては古くから遊園地の代表的存在でしたからね。
いわゆる絶叫マシン的な遊具を導入したのも全国に先駆けてという感じでしたし、夏季のプールはそれこそ当時は関東一円からお客さんが集まる感じでしたから。
現在はどうかわかりませんが、入場制限もしていましたしね。
7つのプールの豊島園、なんてキャッチフレーズもあったなぁ。
本格的なウォータースライダーの導入もここのハイドロポリスからだと思いますし。
(全くの余談ですがハイドロポリスの、特に直滑降タイプのスライダーはポロリが生じる確率が高いことでも一部では有名でしたね汗)
あとは、としまえんには広いグラウンドもあって、私の勤務先の大運動会も何度かやったっけ。
1926年の開設で94年の歴史があるのかぁ・・・
あ、関西の方はひらかたパークの関東版だと思っていただけると、当たらずとも遠からずかと思います。
運営母体も同様に私鉄ですからね。
で、何で私が寂しさしか感じないかというお話ですが、はい、もう何度もこのブログではネタにしておりますね。
大学時代、夏はここのプールでバイトしていたんですよ。
(夏季以外は渋谷のスーパーでバイトしてました)
確か1年、3年、4年の時にやっていたのかな?
1年の時はまだハイドロポリスが出来ていなかったので、デッキチェアが設置されていた有料ゾーンの担当、3年からはハイドロポリスの担当、残念ながらモテモテという評判の監視員ではなかったわけですが。
しかし本当に私の青春の想い出が結構詰まっていましたよ。
ああ、楽しかったなぁ。


当時のとしまえんのプールバイト、大学生はいろんな大学から集まっていて仲良しグループではありませんが、みんなで遊びまくったなぁ。
間違いなく全体的な感じとしては、あの頃のバブル期の学生のほうが男子も女子も節操なく遊んでいた気がします。
今と違って草食系は男女ともにいませんでしたからね(爆)
当然バイト代は全て遊び代に消えていった気がしますが、それでもみんなでウェーイってやるほうが価値ありましたからね。
バイト終わりはいつも池袋で飲み会&カラオケをオールで。
休みの日やバイト期間が終了してからもクルマを連ねて横浜へ行ったり、まだ出来て数年のディズニーランドに行ったりしたなぁ。
下の画像は再掲ですがカラオケボックスでの一枚ですね、私は後列右側のほう。



あとは高校生バイトもいて、女子高生は伝統的に日本女子体育大学二階堂高校の運動部の生徒が来ていて、いやー、その子たちにもMMK(motete motete komaru)でしたよ我々。
やっぱりクルマ持っていたのが強かったよなー、大学生は。
他にも当時の運営会社の国土計画の新入社員の女子たちとも遊んだっけ。
まさにドラマ「夏・体験物語」の世界だったよなぁ、と遠い目の私。
雑誌で言うと「ホットドッグプレス」の世界?
あの頃の連中とは卒業してもしばらくは交流ありましたが、今はみんなどうしているのかな?
一応名簿みたいな連絡先みたいなものも作っていたのですが、それもいつしかどこかになくしてしまい、名前すら忘れてしまった部分もあり。
フェイスブックあたりでそのうち当時の知り合いに巡り合えるかも、なんて思っていたのですが、未だかつてそういうこともないですし。
30年ぶりの同窓会でもやってみたいものですが、ま、期待薄ですかね(笑)
Posted at 2020/02/03 08:20:41 | コメント(1) | トラックバック(0) | 昔話 | 日記
2019年12月16日 イイね!

日本は狭く近くなったのか、というかnonchanヒマなの?(汗)

日本は狭く近くなったのか、というかnonchanヒマなの?(汗)タイトル画像はWikiからお借りした0系新幹線の現役時代の画像であります。
まだ食堂車もビュッフェも連結していた時代かな。
昭和42年生まれの私、小学生時代は父親の転勤で福岡に住んでおりましたから、帰省の際にまだ6時間56分の所要時間がかかっていた時代の東京~博多間をスルーで乗ったこともありますし、博多から新大阪までは583系の明星、そこから東京までは新幹線、なんて乗り継ぎも経験あったりします。
つまり0系新幹線はそこそこ乗っていたんだよね、というお話であります。


0系新幹線、今までにもネタにしていますけど、食堂車のこともほのかに覚えていたりするのですが(以前のブログをリンクしました)、当時は自分が子どもだったからという部分もあるでしょうけど、今よりも特別感があったような気がします。
いや、出張の多いサラリーマンは今も昔も大勢いらっしゃったわけで、例え40年前といえども毎週のごとく乗ってらっしゃった方も多いでしょうし、そんな特別感なんてなかったよ、と諸先輩方には言われてしまいそうですが・・・
で、数日前のニュースで「のぞみ」がダイヤ改正で毎時最大12本運転されるなんてことを聞いたものですから、あれっ、そういえば新幹線の本数って増えているのは間違いないでしょうけど、どれくらいの本数差があるのかしら昔と、なんて思ってしまいまして。
ええ、ちょっと調べてみたとですよ、今から41年前の時刻表を引っ張り出してきて。



あくまでもバックリした感じではありますが、東京駅からの下り新幹線の本数を数えてみましたよ。
あ、そうか、今は品川始発もありますから本当はそれも加えておくべきでしたかね。
まあでも大体の本数の増減はわかるんじゃないでしょうか。
うーむ、なるほど、41年前に比べると本数比で188.9%に増えているということですな。
線路容量は基本的に変わっていないでしょうから、かなり効率の良い運行というか上限に近づいている部分もあるのでしょうか。
ただ、先ほどのニュースの「のぞみ」増発は新型車両に統一されることによってダイヤの隙間に詰め込むことが出来たということですから、やりようによってはまだイケるのかしら。
特筆すべきは表の下に記載しましたが、朝の時間帯に東京駅に着く上りの「こだま」の本数が3倍になっていますね。
これは新幹線通勤対応ということなんでしょうねぇ。
夜の下りの「こだま」はさほど増えておりませんが、帰りは時間も分散しますしね。
終電時刻が40分以上繰り下がったのも、これも完全な通勤対応なんだろうなぁ。
私の場合に当てはめてみても、例えば函南の家から三島、あるいは熱海経由で新幹線通勤というのも決して夢物語ではない気がしますもんね。
クルマで熱海駅まで25分くらい?
駅前に駐車場借りて、座って通勤というのもなかなか乙なものですね。
それとも確実に座ることを考えたら三島利用のほうが良いのかしら?


ところで新幹線を調べてみたら、お次は飛行機の場合はどうだったのよ、なんて興味が湧いてきてしまいまして・・・
これも過去何度かネタにしておりますが、福岡在住時の帰省時に新幹線だけでなく飛行機で行き来したことももちろんありますから、これもやっぱり調べてみたいところであります。
日航のジャンボも、まだジャンボが就航する前の全日空のトライスターにも乗った経験があるのは貴重な体験だったなーと思うところもありますが、正直あまり覚えていないところもあるわけですが。
ともあれこれも同じ1978年の時刻表でざっと調べてみましたよ。
当時すでに成田空港は開港していましたから、主に乗り継ぎ客向けという感じではあるでしょうけど国内線も飛んでいましたので、羽田及び成田から東海道・山陽新幹線の主要駅に対応するような空港への本数を数えてみたのがこんな感じ。



今は成田発のLCCも多いから羽田だけで比較すべきだったかな、なんて一瞬思いましたが、成田までのアクセスだって当時よりは良くなっているでしょうしオーケーということにしていただければ。
あとは関西3空港の中で神戸は別にしても、だとか、福岡地区3空港の中で佐賀は別でも良かったんじゃない、なんて部分もとりあえず近隣ということでご容赦いただければと。
しかし、新幹線以上に増えてますね飛行機のほうが。
空港が大きくなったり、運用時間が拡大したりなんて部分もあるのでしょうし、空港そのものが新しくなったところもあるんでしたっけ、広島なんかそうだったかな?
とにかく今は昔よりも旺盛な移動需要があるということなんでしょうね。
あまり詳しく調べたことはありませんが、運賃は41年前よりもむしろ安くなっているんじゃないでしょうか、正規運賃はともかく実際に支払う額としては。
今や正規運賃なんてあってないようなものだからなぁ。
来月成田から広島まで飛ぶ私ですが、片道3,000円ちょいなわけでしょ。
41年前の羽田~広島の正規運賃は15,800円だったようですからね。
これはやっぱり良い時代になったということで。
というわけでいかがでしたでしょうか。
ヒマだよなー、私も、というところではありますが好きなんですよね、こういうの。
私の「昔話」カテゴリのブログは、こんな感じで一体誰が得するんだよ的な内容も多かったりするのですが、いや、お金もかからないし結構楽しいですよ(笑)
Posted at 2019/12/16 01:51:20 | コメント(2) | トラックバック(0) | 昔話 | 日記
2019年07月21日 イイね!

TU-KA 博物館(笑)

TU-KA 博物館(笑)いや、ネットサーフィン(死語)していたら興味深い記事があったんですよ。
関連情報URLにリンクしましたが「NTTドコモ歴史展示スクエア」についてのお話ですね。
かつての携帯電話を多数展示していて、平野ノラさんも来館したという最近話題のスポットのようです。
へー、これは懐かしく思う中高年諸氏もきっと多いんだろうなぁ。
私も機会があったら見に行ってみようかしら ?
入場も無料のようですし。


でも私、ドコモは一回も契約したことないんですよね。
今はワイモバイルを利用しておりますが、それ以前はずっとKDDIでして・・・
もともとは今はなきツーカーセルラー東京に1994年か1995年くらいかな、に加入して、その後はauでという感じだったわけですが。
で、私は昔ガラケーもなぜか未だに持っているんだよね、ということで、その中からツーカー時代の端末だけを抜き出して並べてみたのがタイトル画像であります。
嫁さんのも含む、ですので色違いの同じ機種もありますね。
うーむ、価値は全くないでしょうけど、まあそれでもああこんな端末あったなー、くらいの郷愁には浸れるんじゃないかしら。
ちなみにカメラが付いた機種は下段に写っている端末からですね。
だけどツーカーは最後まで画素数が上がらなかったんだよなー。
他のキャリアがメガピクセル時代に突入している時も、最後まで30万画素程度だったんじゃないかしら。
もともとの成り立ちからして、ちょっと今で言うところの格安キャリア的な捉え方をされていた感じはありましたよね、ツーカーって。
私が加入した時は初期費用が39,800円だったのですが、これは当時としては破格に安かったように思います。
ま、それでも四半世紀以上前には20代のサラリーマンが携帯電話を持っているだけで一目置かれた、ということもありましたからね。
あ、私のファースト携帯はタイトル画像左上の端末であります。
手にずっしりとした重みを与えるヘビー級ですが、これでも当時はハッタリきいたのよ。
意味もなく女子の前で取り出してみたりとか、ああ恥ずかしい。


ところでツーカーのCM、後期は松本人志さんが出ていたり、その前は浜崎あゆみさんをフィーチャーしていた時期もありましたが、やっぱり一番印象に残っているのはモッくんだよなぁ。
実は以前のネタでもYouTubeの動画を貼ったのですが、モッくんがポーカルを演じるツーカーズのカッコいい動画だったんですけどね、HEY!HEY!HEY!ツーカー、使って欲しいー、ってやつ。
しかし今はもう消されてしまったようなので、こちらを貼っておきます。



ふむ、ここでも安さを全面的に打ち出していますね。
当時携帯料金がどれくらいかかっていたか、もうすでに忘れてしまっていますけど、現在スマホに支払っている金額よりも高かったという記憶はあまりないんですよね。
当時の明細みたいなのもひょっとしたらどこかに残っているかもしれないですし、今度時間があるときに探索してみたいと思います。
当時ツーカーを使っていた人って、私の周りにはあまりいなかったんですけど、皆さんはどんな感じでしたでしょうか ?
Posted at 2019/07/21 13:15:17 | コメント(4) | トラックバック(0) | 昔話 | 日記
2019年05月04日 イイね!

平成元年のカーセンサー。※追記です。え、さいたま、雹が激しく降ったの ?

平成元年のカーセンサー。※追記です。え、さいたま、雹が激しく降ったの ?令和元年も今日でもう4日目、こんな感じだとあっという間に1年経過しちゃうんだろうなぁ。
というわけで、今日は平成元年を振り返ってみようということで、自宅にあった平成元年のカーセンサーであります。
以前もこの号の内容について何度かネタにした記憶もありますが、ぱっと見の印象は古さは感じないというか店頭にこのまま並んでいても違和感はあまりないような気がします。
この表紙に記載されているクルマの数々も、メチャメチャ古いという感じではありませんしね。
それは私がオッサンだからかもしれませんが。


カーセンサー、私、創刊号から買っていましたもんね。
確か高校2年生くらいの時でしたが、毎号隅から隅まで読んだものであります。
当時から妄想癖があった私ですから、例えば予算や年式の縛りを設定してその範囲内でこれを買おう、あれを買おうみたいな。
いや、楽しかったですね。
民生用のインターネットなんて影も形もない時代、中古車情報もこうした紙媒体に頼らざるを得ませんでしたし、お気に入りの車種のリストをシャープのワープロ書院を使ってまとめるのも、これまたオツなものでありました。
情報量としては現代とは比べ物にならないほど少なかったはずですが、夢は今よりも多くあった気がするなぁ。
しかし、カーセンサーの発売日の翌日の高校のクラスでの話題に「このスカイライン安いじゃん」みたいなことが上るのは時代だったよね、というところでしょうか。
もちろん平成に入ってからも、そうですね、平成12年、つまり2000年くらいまでは紙のカーセンサーのほうをより活用していた気がします。
インターネット自体は私は1996年には始めていましたが、まだブロードバンド化も果たしていませんでしたからね、自宅の環境は。
イライラしながら画像表示を待つよりは、ページを繰ったほうが効率的な過渡期だったのかなぁ、と。
しかしブロードバンドという言葉も、もはや死語になってしまっていますね(汗)


だけど以前にも同じような話もしたかもしれませんが、20世紀最大の発明は民生用のインターネットだよなあ、なんて思っているのですが、これはそんなに異論は出ないんじゃないかしら。
クルマ趣味においてもインターネットの発展、普及に伴って楽しみ方が増えたというのも事実ですからね。
みんカラだってそうですし、昭和の時代、そして平成初頭の頃のカーマニアからしてみたら、今は夢のような時代なんじゃないかと思う次第です。
令和の時代のクルマ趣味のあり方がどのように進化していくかはわかりませんが、ますます充実したカーライフを送りたいものであります。
ところで今日もお仕事の私ですが、連休中はランチの選択肢が多少狭まるんですよね。
あるいは平日よりお値段がお高くなっちゃうのが悩みどころです。
そうそう、最近は今後を見据えて自分の業務の棚卸しというか、身辺整理もそれとなく進めている私ではありますが、こういうのってなかなか捗らないですよね。
部屋の掃除と同じで、あ、こんな資料作ったな、とか見つけちゃうとそこで読み込んでしまったりとかね(爆)
近年の資料は基本全てペーパーレスにしていますから、そういう紙の書類は昔の自分的な力作でどうにも捨てられなかったものばかりなので・・・
とはいえそこで立ち止まってばかりいたらいつまでたっても終わりませんから、思い出にひたるのもほどほどにしておきます。


※追記です。
さいたま方面、夕方すごい勢いで雹が降ったようです。
義父曰く、クルマにバコバコ当たっていて慌てて自分のノアに毛布をかけたとのことですが、心配です、ゴルフヴァリアントちゃん。
屋根なし駐車の我が家、私は今日はお仕事、嫁さんたちも出かけていて家にはいなかったので、無防備なまま降られてしまったわけですからね。
とりあえず明朝確認してみなきゃ。
最悪の場合、車両保険はたっぷり入っていますが、だからオーケーというわけではありませんからね。
Posted at 2019/05/04 09:20:29 | コメント(1) | トラックバック(0) | 昔話 | 日記

プロフィール

昭和42年生まれのサラリーマンです。 見た目も含めてまだまだ若いつもりでいるのですが、最近加齢を強く意識するようになってきました。 幼少期からクルマに限...
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