一ヶ月遅れで漸くのブログアップ⤴️となった大阪出張🚄のついでの城めぐり😅
のぞみに乗って大阪へ🚄💨
厚切り黒豚角煮めしと缶チューハイで仕事の準備😁大阪の夜の残業🍺👯♀️も楽しんで、翌朝から今回の出張(?)のメイン、日本百名城のひとつ和歌山城🏯へ🚐💨
本日の相棒🚐スズキ エブリーバン😊
喫煙車を選んだらバンになってしまったけど、なかなかに乗りやすかった☺️
紀州と言えば、暴れん坊将軍ことマツケン…ではなく、徳川吉宗公☺️
和歌山城🏯は、北に紀の川を天然の堀とする標高48.9mの虎伏山⛰️山頂に築かれた梯郭式平山城で、1585年、紀州を平定した豊臣秀吉が弟の秀長に築城させたのが始まりで、普請奉行は築城の名手藤堂高虎だ😳
秀長の城代として桑山重晴が入っていたが、関ヶ原の戦いののち、浅野幸長が入城し、時代を経て、1619年に徳川家康の10男頼宣が入城すると、紀州徳川家は、尾張・水戸とともに「御三家」と呼ばれ、8代将軍吉宗、14代将軍家茂を輩出した👏
駐車場🅿️入口に聳える不明門の高石垣👏
結構混んでてホントに「あかずの門」になってた😁
新裏坂下の石垣👏
この辺りの石垣は17世紀初頭の浅野期に積まれた打込接で和泉砂岩が使われているのが特徴だ🤔
仕切門👏
追廻門👏
1619年、徳川頼宣入城の際に築かれた門で、その名は、馬術を練習する「追廻」があったことに由来する😳
裏鬼門に当たり、魔除けのために朱色に塗ったと伝わる🤔
追廻門の桝形☺️
鶴の門跡☺️
浅野期に鶴を飼っていたことから「鶴の渓」と名付けられた砂の丸から二の丸への通路には、傾斜も緩やかな野面積の石垣が続き、実に壮観だ👏
苔生す野面積の石垣がタマらん😆
切手門があったと思われる場所には礎石も見られる🤔
少し戻って🚶
西の丸庭園の茅門☺️
西の丸庭園👏
鳶魚閣の奥には御橋廊下が見える😆
西の丸から御橋廊下越しに見る和歌山城天守🏯
西の丸と二の丸を隔てる水堀に架かる御橋廊下は、江戸時代後期に書かれた図面をもとに、2006年に復元されたモノだ🤔
わかやま歴史館にちょっと寄り道🚶
紀州徳川家伝来の金印「獅子紐印 」👏
親獅子と 小獅子、六面体の3つのパーツから成り、組合わせて収納できるらしい😳
御橋廊下を渡ってみよう🚶
長さ約27m、幅約3mと大きい上に、西の丸と二の丸との高低差が3.4mあり、かなりの傾斜が生じるため、滑らないように床板を小刻みな階段(鋸歯状)にしているので、メッチャ歩きづらい💦
二の丸から虎伏山の頂に聳える連立式天守を望む👏
迫力が凄い「伏虎像」😳
和歌山湾から見る城山の形が猛虎🐅が伏せている姿に見えるため、別名「虎伏城」とも呼ばれており、その別名に因んで大正11年に作られた銅像で、現在の像は昭和34年に作られた2代目とのこと🤔
「虎伏」なのに、初代はナンと立ち姿だったと云う😳
一中門👏
徳川期に積まれた石垣は熊野産の花崗斑岩をキレイに整形した切込接で構成されていて、石材を多角形に整形した亀甲積も用いられている😳
往時は左手の石垣に太鼓櫓が載っていた☺️
振り返って見る👀
城の大手らしく美しくも防御の高いつくり👏
北堀☺️
左手前は月見櫓の櫓台だ😊
一の橋から見る大手門👏
浅野期の途中から大手として機能し、当初は市之橋御門と呼ばれていたが、1796年に大手門及び一の橋と改称されたと云う☺️
1909年に倒壊するも、1982年に再建された🤔
おススメ映えスポット✨からの一枚📷
御橋廊下越しに天守を望む👏
大天守・小天守・乾櫓・二の門櫓を多聞櫓で繋ぐ和歌山城天守🏯は、姫路城🏯・伊予松山城🏯と並び日本三大連立式天守のひとつに数えられる👏
私事ですが、今回で日本三大連立式天守制覇🏆
二の丸側に戻り、台所門より天守を目指す🚶
裏坂☺️
銀明水井戸☺️
本丸裏門☺️
正面の石段を登ると本丸だ😊
天守へ向かう前に本丸へ🚶💦
本丸の東半分は本丸御殿跡なんだが、跡地には給水場が設営され立入禁止🚧
ただ、天守を特等席で望める👏
天守郭へ🚶
天守郭下段から大天守を見上げる☺️
天守台の石垣は紀州特産の青石(緑泥片岩)の野面積で、城内で最も古い1585年の築城時のモノとされ、見つけられなかったが、墓石なども転用されている😳
青石と言えば徳島で見たな〜🤔
2023年2月18日の【阿波一宮城】播磨・淡路・阿波の城めぐりのブログを参照
2023年2月18日の【徳島城】播磨・淡路・阿波の城めぐりのブログを参照
二の門と大天守👏
浅野幸長の黒板張の天守は、1798年に白亜の天守へと改修されるも、1846年に落雷⚡️により焼失🔥
御三家パワーで1850年に再建され、後に国宝に指定されるが、1945年7月9日の和歌山大空襲✈︎✈︎✈︎で焼失🔥
現在の天守は、1958年に外観そのままに、鉄筋コンクリートで復元されたモノだ🤔
二の門櫓👏
新裏坂から見る天守郭下段の石垣😆
二の門と二の門櫓👏
天守郭の内部から見る二の門櫓☺️
北西角にあたる乾櫓😊
大天守と小天守👏
天守内部は築城当時から伝わる品々の展示スペースと展望台になっている☺️
大天守3層から連立式天守を見る👀
大天守〜二の門〜二の門櫓〜乾櫓〜小天守が多聞櫓で繋がれている連立式天守ということがよく分かる😆
その向こうには和歌山湾が見える😳
天守一の門の石垣👏
松の丸🚶
野面積の石垣が延々と続く👏
「七福の庭」
もともとは、本丸御殿内の庭にあったモノを松の丸に移設したとのこと🤔
七福神が宝船に乗っている様子を表したとのことだが…わからん😅
表坂の複雑に入り組んだ石垣😳
岡中門👏
もともとは大手側だっただけあって、立派なつくりだが、時代が少し遡るためか、隅石以外は粗い切込接の石垣となっている🤔
松の丸隅櫓の高石垣が如何に高いかが分かる😳
切込接の石垣が美しい勾配を描く松の丸隅櫓台👏
岡口門👏
築城時は大手門だったが、浅野期の途中から搦手門となった🤔
1621年に徳川家が建造した岡口門は、数少ない現存遺構で、国の重要文化財に指定されている👏
広大な東堀😳
少し見えづらいが、石垣の上に建つ現存土塀は、一枚石をくり抜いた狭間を備える珍しいモノで、国の重要文化財に指定されている👏
南の丸から不明門駐車場🅿️方面へ抜ける立体迷路のような食い違い虎口👏
虎口の石垣は打込接、正面の松の丸の石垣は野面積となっている😳
野面積、打込接、切込接と時代ごとに多種多様な石垣が混在するまさに「石垣のデパート」😳
和歌山城🏯お見事でした👏
駐車場🅿️に着いてレンタカー🚐の鍵🔑が無いことに気付く😰
ポケットをあさり、右往左往していると、おもてなし忍者🥷が「落ちてましたよ」と鍵🔑を手渡してくれた😆心から感謝感激🙇♂️🙌
ホッとして次の目的地、千早城🏯を目指し大阪へ🚐💨
②へ続く
Posted at 2023/11/26 17:27:21 | |
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