2020年12月06日
しばらく動揺が収まらなくて、本当に気が落ちていた。
今まで味わったことのない無気力感。
12月1日。私が深く付き合いがあった先輩が、事故で亡くなった。
新聞配達のアルバイト中に、中型トラックと接触。
どういう状況かは目撃者もいない。ただ、ほぼ即死であったらしいという話だけは聞いた。
同郷の消防団OBの先輩から朝早く電話があり、その報せを聞いた瞬間、正直、この人は一体何を言ってるんだ?という感覚に陥った。
つい昨晩まで、明日の車検を頼めるか?という連絡も受けていたし、普通にガレージまで顔を出しに行っていた、あの先輩が亡くなった?何だそれ?
頭が理解を拒否しているというのが自分でもわかった。
電話口で、オレも信じられないけど、そんな冗談で○○が電話してくるか?と、言うOBの先輩の言葉で、私は絶句したまま、しばらく硬直していた。
地元の消防団でも一緒。一つ上の学年で、小さい頃からよくお世話になっていたし、
車屋という職業で、私がクルマの整備を覚えるに当たって色々と指南してくれて、
忙しいときは私に車検の仕事を任せてくれたりして、私のクルマ人生で一番お世話になって影響を受けた人。
もう頭が混乱してしばらく呆けるしかなかった。
その後も、共通の知り合い達から次々と連絡が入り、流石にこれは大変なことが起こったぞ。と我に返った。
消防団の団員に緊急の召集をかけて、消防団本部や事務局に連絡し、
どのような対応をするか協議。
しかし、その先輩を慕っていた団員は全員パニック状態になってしまった。
何とかその場を鎮め、次の日にご遺体が家に戻ってきたから、是非顔を見てやってくれという連絡があってすぐに消防団で駆けつけたが、部屋に通されて、一番懐いていた若いのが泣き崩れ、私も御顔と対面した瞬間にその場で脱力してしまい、全員で声もかけられず大泣きしてしまった。
相当ひどい事故だったんだろうな、顔はある程度整えてもらったようだが、正直見てられなかった。
目撃者もいない。当事者は死亡。どういう事故だったかはもう相手が嘘を言おうが何を言おうが、実証することが出来ない。
遺された嫁さんが一番辛いだろうに、気丈に振舞って、私らに発破をかけてくれたのがものすごく辛くて、とにかく涙が止まらなかった。
そして、今日葬儀が終わり、これで一つの区切りとなった。
今まで、いくつかの葬儀を経験してきたけど、これほど沈痛な空気の葬儀は初めてだった。
ほとんどの参列者が、老若男女問わず涙を流していた。
私も、今までで一番泣いた葬儀だったと思う。
一番近い親族や親戚が亡くなった葬儀の時も、やはり病気や年齢もあって、
亡くなった報せや葬儀の時も、いよいよ・・・ついにか・・・という、心構えというか覚悟が出来るものがあったが、
今回に関してはあまりにも突然な、そして深く繋がっていた人の突然の死というのを、受け入れる覚悟も何も出来ないまま現実を突きつけられたものだった。
だけど、これで一区切り。いつまでも泣いて下を向いているわけにはいかない。
辛気臭いことが大嫌いだった人だから。いつまでも落ち込んでたら天上からどやされてしまう。
もう、直接色々なアドバイスを聞くことも出来ないけど、今まで受け取ったものを、自分なりに突き詰めていこう。それが、いずれあちらの世界に旅立ったときの一番の手土産になるだろうから。
本来なら、火葬に赴いて骨上げもしたかったが、このコロナの影響で、それはかなわなかった。本来なら葬儀参列も難しいところだったが、葬儀場の厚意もあり、参列を許してもらえただけまだよかった。
クルマを取り扱うのが多い身分、本当に事故はいつどんな形で起こるか分からない。
今回、その衝撃というのを身をもって味わうことになった。本当に、肝に銘じて・・・
Posted at 2020/12/06 20:45:19 | |
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