
6泊7日に渡った舞鶴&岐阜遠征の続きです。
(まだ1日目です)
舞鶴を目指す前にダムやお城を巡りました。
お城巡りの1発目は、若桜鬼ヶ城(鳥取県若桜町)です。
若桜鬼ヶ城は続日本100名城に選定されてます。
意気揚々と若桜町に向かうも雨は次第に強くなる。 一時的にどしゃ降りもあり登山が不安になる。
若桜鬼ヶ城は標高452m(比高252m)の山城であり、しかも事前調べ情報では自動車で上がれるルートは現在通行止めとなってるため、麓からの登山が必要な悪いタイミングでの訪問であった。
この雨の中での登山は危険なので諦めたほうが良いと思い始めたところで若桜町に到着。

雨は微妙に弱まってたが。 登山どうする? 傘をさしてうろうろ歩き回り、諦めきれずに悩む。
後方に見える山が若桜鬼ヶ城跡がある鶴尾山(標高452m(比高252m))です。
とりあえず、若桜町観光案内所(駅前のバスターミナル待合室の奥にある)を訪ねてみます。
続日本100名城のスタンプはここに設置されています。
続日本100名城公式ガイドブックにスタンプを押す。

これで米子城に続き、続日本100名城の2城目です。 まだまだこれからです!
しかし、この雨の中を登山するかはまだ悩んでいました。
観光案内所で尋ねると、やはり自動車で上がれるルートは土砂崩れで今も通行止めでした。
自動車ルートだと、駐車場から山頂まで徒歩10分のところまで車で登れたのですが。
観光案内所で若桜鬼ヶ城散策マップを貰う。 登山ルートは麓から山頂まで約40分。
「えっ!この雨の中を登るんですか?危険だから止めた方がいいですよ!」
・・と、止められることはなかった。 (ちょっと止めて欲しい思いもあった)
スタンプを押しただけでは帰れない。 登山口への道順を聞いて行ってみる。

自動車ルートなら山頂まで10分とあるが現在は土砂崩れで通行止め。
仕方ないので徒歩約40分の登山ルートで登ってみます。
若桜鬼ヶ城の遠景。 この広いグラウンドの中に登山口があるのだが、なかなか見つけられず。

奥の建物が幼稚園みたいで、うろうろ彷徨ってると窓越しに園児たちに見つかる。 怪しまれてる?
ようやく登山口を発見です。 若桜町に着いてからここまで25分かかった。

この登山口から山頂まで徒歩約35分とある。
史跡若桜鬼ヶ城の木碑は朽ちかけており、すぐ手前まで近付かないと読めない。

鬼ヶ城には鬼が凄んでるかもしれない。 果たしてこの先に何が待っているのだろうか?
登山口から見上げる。 この狭い道を登っていくのか? ここで立ち尽くしいったん躊躇。

雨が降ってるので片手で傘をさしての登山となります。 おまけに風邪ひいてて風邪薬を服用中。
止める言い訳を考えましたが、それでも意を決して行けるところまで登ってみることにした。
しかし、その先には驚くべき光景が待っていたのです。
鳥獣対策で電気柵設置中

来城者の方はフックを外して入ってください ※入った後は必ずフックを閉めてください
電気柵?! Σ(゜゜;)!

これまでいろいろなお城を巡りましたが、このような危険物に遭遇したのは初めてでした。
フックを外して入る? 電気柵なんて取り扱った経験が無いのでこの場でかなり躊躇しました。
電線に触れると感電してしまうのかな? 思わず大仁田厚の電流爆破デスマッチが脳裏を過る。
足場の悪い斜面に立ち、片手は傘をさしている。
電線に触れないよう青いプラスチックの取っ手部分を持ち、一本一本フックを外しては地面に置く。
慎重に全部外し終えたところで体を電気柵の内側へと移動。 今度はフックを閉めていかないと・・
ところが、手を伸ばそうとすると青いプラスチックの取っ手部分が斜面を転がっていく。
手が届かない。 傘を畳んで反対に持ち、傘の柄の部分を使って取っ手部分を手繰り寄せる。
一本一本のフックをかけて電気柵を閉めていくのにとても難儀しました。 大幅時間ロス。
リングインして登り始めます。 早速、体は雨で濡れてしまった。 再び、傘をさしての登山。
登山道は雨で濡れており、土や落ち葉で足を滑らせないよう注意。 これは下山が危なさそうだ。
いつものことですが登り始めるとすぐにハァハァゼェゼェ息切れします。
登山は辛いので嫌いだが、お城巡りではときに山城を登らないといけない。

うねうねした山道を登っていく。
山腹に展望所みたいな東屋を発見。

案内板によるとここは「山腹遺構」というところ。 通称「古城」と呼ばれる地区だそうです。
築城当初はこの場がお城の主郭だったとされる。
実は、若桜鬼ヶ城は古城部の中世城郭と石垣がある近世城郭の両方の時代の遺構が残ります。
山頂に石垣で固められた近世城郭が出来た後も、この山腹の古城部は主要な拠点だったとか。
この古城部の周りにも郭や土塁や堀切が重曹に築かれている。
登山を続けます。

おっと、まだ三合目のようだ。
分かれ道。

左の登り専用ルートが山頂まで600m。 右は六角石垣(若桜鬼ヶ城の見どころ)に通ずる。
右は下山ルートでもあり、下山のときは右奥からこちら側に向かって歩いて帰ってきました。
急な坂道が多いので登り専用ルートになってるのかも。 苔の生えた岩がごろごろと散乱。

若桜鬼ヶ城は破城の形跡が残る城跡ですが、これらも石垣の石だったのかな?と思ったり。
4合目。 朽ち落ちた看板なので読みにくい。

「5合目まであと6分くらいだよ。みんながんばって登ってくだせい!」と読めた。
郭(平坦なスペース)が2つ段々になってる箇所。
5合目付近。 先は霞んで視界が悪くなってきました。

そもそも山登りする天候じゃない。
急勾配の山道を直登します。

片手で傘をさしながらもバランスをとって登る。
本当に急な坂では階段が設けられて登りやすくなってる箇所も。
6合目は気付かず見過ごしてて7合目に到達。

これ以降は山頂まで8,9合目の看板も有ったのか無かったのか気付かなかった。
なんとなく空が開けてきて、山頂までは近いのではないか?
三の丸まで90m
大きな石が斜面にごろごろ。

若桜鬼ヶ城は、廃城となった際の石垣が壊された状態がそのまま遺存されており、1617年の一国一城令による破城の様子を今に伝える貴重な遺構として認められ、2008年に国史跡に指定されました。
ここでまた?! Σ(゜゜;)!

山頂付近でまた遭遇した鳥獣対策の電気柵設置に驚く。 何故ここに? 山頂部を守るため?
ここでまたも電線に触れて感電しないよう慎重に取り扱って、青いプラスチックの取っ手を持ち一本一本フックを外していきます。 電気柵の中に入ったらまた一本一本フックを付けて閉めていく。
慣れない危険物取り扱い、恐い恐い。
石垣と電気柵との間の狭い通路を歩く。 もしも、ここでよろけて電線に触れると感電してしまう?

ここでも大仁田厚の電流爆破デスマッチのスパークして被爆する光景が脳裏を過ってしまった。
四方を石垣で囲まれた虎口と呼ばれる枡形(郭の入り口)。

ここにも破城の痕跡である壊された石垣がごろごろ。
ここが三の丸です。
三の丸から見渡す城下町は若桜町。 眺望は雨で霞んでいる。

若桜街道の宿場町として栄えた若桜宿は、因幡から播磨・但馬国へ通ずる街道の結節点でした。
それでは二の丸、本丸へと向かいます。

左右に石垣がありここが門跡だったとイマジン。 奥に二の丸、本丸が段々になってます。
二の丸
二の丸に山小屋がありました。
続日本100名城のスタンプは元々はここにあったようです。

若桜鬼ヶ城跡アクセスの一部制限や冬季の積雪が見込まれるため設置場所が移動したとのこと。
史跡若桜鬼ヶ城跡の木碑。

麓の登山口にあったのと似てる。
史跡若桜鬼ヶ城跡の墓石のような石碑。

本丸石垣を背に二の丸に立っています。
本丸石垣。

不揃いの石垣は破城で壊された痕跡です。
それではいよいよ本丸へと上がります。

え~、ここでまだ長くなるので「若桜鬼ヶ城」のブログは後編へと続く・・とさせて頂きます。<(_ _)>
後編の内容は、本丸、六角石垣、そして恐怖体験となります。