
全国制覇に向け、この春の遠征候補地を九州大陸に決めました。
まずは暖かいところから攻めていったほうが良いと思って。
九州にはお仕事の関係で主に福岡ですけど飛行機やJRを利用して何度も行っています。 しかし、自分の愛車で九州にドライブしてみたのは過去3回しかありません。
この春の九州遠征を前に、懐かしのカラーフィルム写真で過去の九州遠征を振り返ります。
【1993年7月 北九州】
5月に納車されたばかりの当時の愛車アンフィニRX-7で関門海峡を渡る最中に撮影した1枚。

しかし、なんと車の写真はこれ1枚だけでした。
自身のドライブでは初の九州上陸。 やってきましたのは北九州ベイスクエアです。

1993年7月24日 涙のカリスマ大仁田厚率いるFMW北九州ベイスクエア大会。
宿の予約もせず、思い立つままにはるばる北九州までやって来てしまいました。
このとき、初めて生でアラビアの怪人ザ・シークを見ました。

炎が燃えてる棒を持って入場するのがザ・シーク。 右は甥っ子のサヴゥー。
あまりの恐ろしさにカメラを持つ手が震えピンボケになってしまいました。
一昨日3月3日に47歳の若さでこの世を去ってしまった新人時代の江崎さんを偶然撮ってました。

その後、ハヤブサになりスターに駆け上がる江崎さん。 心よりご冥福をお祈りいたします。(-人-)
メイン・イベントは、当時のFMW因縁頂上対決、大仁田厚vsミスター・ポーゴの・・
ノーロープ有刺鉄線バリケードマット電流地雷爆破ダブルヘルデスマッチ!!

ロープの代わりに貼られた電流爆破有刺鉄線に振られ、被爆し仰け反り悶絶する我らが大仁田。
裏切りの極悪大王ミスター・ポーゴ(2003年伊勢崎市議会選挙に立候補出馬するも最下位落選)が口からの火炎噴射で大仁田を攻撃する。

生死を掛けた遺恨清算マッチは、一進一退の攻防が続き・・
そして、ついにはリングサイドの地雷が大爆破!! という壮絶なクライマックスを迎える。

場内は騒然に。 固唾を呑む観客たち。
ところが・・
被爆したのは、大仁田のセコンドに付いていた当時60歳の日本人最高齢レスラーであり、人工透析を頻繁に受けなければ生命の維持が困難な第一級身体障害者でもあったミスター珍さんでした。

思いも寄らない悲惨な結末に、その場を一歩も離れることが出来ずに珍さんの無事を祈りました。
この後、救急車がやってきて珍さんが運ばれていくのを最後まで見届けたので、北九州ベイスクエアを出る頃には夜10時を回っていました。
それから宿探しするのもアレなので地元に帰ることにしましたけど、夜間ずっと走り続けて朝方どうしても睡魔に勝てず途中仮眠してなんとか帰った0泊2日の旅でした。
Posted at 2016/03/05 12:43:22 | |
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