
トイザらスからの帰りに思い付きアドリブで寄った城跡巡りは鹿野城でした。
現在、鹿野城跡公園として整備されている鹿野城には以前から一度行ってみたいと思っていました。
それで思い付き突然の初訪問。
なお、鹿野城が今年初の初めて行く城跡になります。
初めて訪れる鹿野城跡公園を車で行けるところまで進んでいくと、神社の鳥居前まで行けましたが、そこの駐車場は満車だったので引き返して、仕方なく駐車場では無さそうだけどこの空きスペースに停めました。

ここは鹿野城の二の丸(出丸)跡でした。
二の丸(出丸)跡には中学校がありました。
外堀
広い外堀の外側から見た二の丸(出丸)跡。 中学校の校舎や体育館が建ってます。

二の丸(出丸)跡は外堀と内堀に囲まれた島のようになっている。
外堀には丸々と太って大きな鯉がうにょうにょ泳いでました。
人慣れして近付いても動じないオオハクチョウもいました。
鹿野城址の碑。
鹿野城下町鳥瞰図
案内板にあった鹿野城の王舎城図。(昔の人が描いた古い絵図)

平地と山から成ります。 平地に御本丸、外堀と内堀に囲まれた島のような二の丸(出丸)。
城山には山頂の天守台から二の丸、三の丸、四の丸とある。(二の丸が平地と山に2つある?)
また、オランダ櫓や朝鮮櫓と名付けられた櫓は他のどの城にも例の無い珍しい名称だそうです。
内堀です。 左側に中学校の校舎(二の丸(出丸)跡)、右側にグラウンド(御本丸跡)。

内堀は桜の木に囲まれており、桜の開花時期には凄い景色になりそうです。
日曜日で誰もいなかったので気兼ねすることなく侵入できた中学校の敷地内を通って、御本丸跡のほうに行ってみると本丸(虎口)跡があった。
御本丸跡

中学校のグラウンドです。 そして、後方の山の頂上には天守台跡があります。
山に登って天守台跡に行ってみます。

中学校のグラウンドからではなく、城山神社の鳥居を潜って登ります。
鹿野城跡公園の城山案内図。

天守台跡、城山神社、西の丸跡などがある。(古い絵図にあった二の丸、三の丸、四の丸は無い)
標高150m、比高100mの城山登山です。
西の丸跡

建物跡の楚石が並んでいました。
城山神社

参拝。(-人-)
そして、山頂にある天守台跡に到達です。
天守台跡

そんなに広くはない正方形のスペース。 建物跡の楚石が並んでいました。
天守台跡からの眺望。

眼下に外堀と城下町が見えてます。 遠くには日本海が見えた。
下山して。
気になる案内看板を辿って城下町にある幸盛寺を訪ねました。
この幸盛寺に山中鹿之助(山中幸盛)のお墓があると案内看板で知り、驚いて訪ねたのです。

山中鹿助幸盛は、月山富田城の城主だった尼子氏の家臣で優れた武勇を持ち、尼子家再興のため「我に七難八苦を与えたまえ」と三日月に祈った逸話で有名。
山中鹿之助のお墓が鹿野城下にあるとは知りませんでした。(鹿野城を訪れた偶然の産物)

鹿野城の城主であった亀井茲矩が、備中(岡山県)合渡で暗殺された義兄の山中鹿介幸盛の菩提を弔うため遺骨を得て葬ったもの。 なお、山中鹿之助のお墓は岡山県高梁市や京都にもあります。
山中鹿之助のお墓
期せずしてお墓参りとなりました。(-人-)
帰り際に鹿野城跡公園内でパチリ。 後方に鹿野城の城山。

以上で鹿野城は攻略としました。
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帰り道での外食です。

何処で食べようか悩みながら走りましたが、結局はここに行けば間違いないラーメン屋さんに。
スタンダードな味噌ラーメンを麺少な目のニンニク無しでお願いしました。

麺少な目にするとその代わりに味付玉子が付きます。
さらに、無料トッピングの野菜、カツオ、カラメ、脂を増してもらって。

味噌スープは味濃い目、麺は見えないけど太麺ちぢれ麺。 麺少な目でもこれならお腹いっぱいになりますね。 どうも、ご馳走さまでした(^^♪
Posted at 2020/03/02 19:41:44 | |
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