
先日、車好きの同僚の友人から「先代のSLK350を手に入れたから乗り比べをしよう」と誘われ、喜んで乗ってきた。
この友人には、かつて彼の
SLK230や、
CLK320を運転させ
られてていただき、私がオープン・カーに興味を持つきっかけとなったり、また彼は他に
523iツーリングにも乗っていて、私に二台持ちの楽しみを勧めていた、私にとって
車道楽の元凶素敵なカー・ライフの師匠のような人だ(さらにピュア・オーディオの世界にも…)。
Porsche Boxter GTSの競合車種には、BMW Z4 35is、Audi TT RS、そしてMercedes SLK350などがあるが、先代とは言え、私は期せずしてライバル車の比較試乗のチャンスを得たのだった。
そこで最初に両車の主要諸元を記しておく。
車名 |
Mercedes SLK350 (R171) |
Porsche Boxster GTS (981) |
販売期間 |
2008/10~2011/7 |
2014/4~ |
駆動方式 |
FR |
MR |
全長×全幅×全高 |
4,110mm×1,810mm×1,300mm |
4,405mm×1,800mm×1,270mm |
ホイールベース |
2,430mm |
2,475mm |
トレッド |
1,525mm(前) / 1,550mm(後) |
1,525mm(前) / 1,540mm(後) |
ホイールベース・トレッド比 |
1.57 |
1.61 |
車両車重 |
1,500kg |
1,360kg |
エンジン |
V型6気筒DOHC(M272M35) |
水平対向6気筒DOHC(MA123) |
総排気量 |
3,497cc |
3,436cc |
内径/行程 |
92.9mm / 86.0mm |
97.0mm / 77.5mm |
圧 縮 比 |
11.7 : 1 |
12.5 : 1 |
最大出力 |
224kW〔305ps〕/6,500rpm |
243kW〔330ps〕/6,700rpm |
最大トルク |
360Nm〔36.7kgm〕/4,900rpm |
370Nm〔37.7kgm〕/4,500-5,800rpm |
P/Wレシオ |
4.92kg/ps |
4.12kg/ps |
T/Wレシオ |
40.87kg/kgm |
36.07kg/kgm |
ギヤ |
7速AT |
6速MT |
ギヤ比(1速~4速 5速~後退) |
4.377/2.859/1.921/1.368 /1.000/0.820/0.728/3.416(2.231) |
3.307/1.950/1.407/1.133 /0.950/0.813/ ― /3.000 |
最終減速比 |
3.272 |
3.888 |
トータル比(1速~4速 5速~後退) |
14.322/9.355/6.286/4.476 /3.272/2.683/2.382/11.177(7.300) |
12.858/7.500/5.411/4.358 /3.654/3.127/ ― /11.538 |
タ イ ヤ |
225/45ZR17(前) / 245/40ZR17(後) |
235/35ZR20(前) / 265/35ZR20(後) |
タイヤ外径(理論値) |
634mm(前) / 627mm(後) |
672mm(前) / 693mm(後) |
結論から先に書くと、「ねっとり濃厚だが軽快なSLK350」と、「すっきり正確だが重厚なBoxster GTS」という印象だった。これをいくつかの観点にわけて以下に書いていきたい。
◆ハンドルから伝わる両車の個性
SLK350のハンドリングは「ねっとり」していた。それが重かったか軽かったかという事よりも、まず「ねっとり」感じたという事は、その濃厚濃密な手応えの中に適度な重さがあった、という事になると思う。しかもその濃厚な成分には、とても芳醇で上品な香気があった。そこがたとえばBMWとは違っていて、BMWにはそういう香気が無いか少ないので、ハンドルが単に重いか軽いかということが第一印象になりやすいと思う。
それに対してBoxster GTSのハンドリングは、その「ねっとり」に比べ、とても「すっきり」している。そして遊びがない。だから精度が高く極めて正確だ。そしてやはりBMWのような、それが重いか軽いかということが第一印象にはならない。ただ、適度な反力がなければコントロールは難しいので、適度に重いのだろうと思う。SLK350は「ねっとり」成分の美味しい粘りの分だけ、わずかな時差があるが、もちろんそれも含めた「美味しさ」だと思う。
ただ、クイッとハンドルを切った時のSLKの大きな反応にはちょっとビックリした。たぶん電子制御のせいだと思うが、BMWでも先代の5シリーズのアクティブ・ステアリングがいくらか不自然というユーザーの声を受け、色々試行錯誤があったことを思い出した。
このハンドリングの「ねっとり」と「すっきり」の違いには、MercedesとPorscheの違いを含みつつ、さらにFRとMRの違いが根底にあると思う。仮に前後50:50の重量配分と言えども、操舵輪の直近上方に重量物があれば、当然操舵輪は揺すられることになるので、FF<FR<MRの順で素直なハンドリングになると思う。さらにMRと言えどもBoxsterはリヤ・ヘビー(後ろの方が120kg重い)なので、ますます操舵輪の加重負担が減る。
◆ギヤ比によって増幅されたパワー
両車のパワー感は、さすがにカタログ値が似ているだけに、実際に運転していてもそれに近かったように思う。SLKの方が140kg重いが、おそらくトルクの出方や7ATの使われ方のためか、Boxsterより出足が重いとも感じられなかった。
そこで、両車のギヤの数値を比べてみる。上の表の下から二段目の「トータル比」だ。
車名 |
Mercedes SLK350 (R171) |
Porsche Boxster GTS (981) |
トータル比(1速~4速 5速~後退) |
14.322/9.355/6.286/4.476 /3.272/2.683/2.382/11.177(7.300) |
12.858/7.500/5.411/4.358 /3.654/3.127/ ― /11.538 |
たとえばSLKの1速がエンジンの力を約
14.3倍に増幅しているのに対して、Boxsterは約
12.9倍ということになる。これらの違いを比べるために、SLKのトータル比からBoxsterのそれを引いた数値は、
1速から順に、1.464、1.855、0.874、0.119、-0.382、-0.444となる。差が大きいほど増幅率も高い。
このように、SLKの1速、2速はBoxsterよりもだいぶ回す設定なのがわかる。3速も「0.874」と結構な差がある。道理でSLKの出足が車重やトルクの差を跳ね返すわけだ。特に差の最も大きな2速が、SLKは力が出やすい。それはBoxsterでたとえれば「1.5速」のようなギヤだ。それに比べると、4速~6速は両車の数値が近いので、この辺のギヤでは、素のパワーや車重の差(P/WレシオやT/Wレシオの差)が現れると思う。
ついでに書くと、Boxsterの最高段である6速の「
3.127」は、SLKの5速の「
3.272」に最も近い。しかもSLKは7速まであるので、燃費はだいぶ良いだろう(逆にBoxsterが悪すぎとも言える)。この辺の設定からも、両車がそれぞれどのような車の性格作りを目指しているかが見えてくる。
ところで、SLKの7速ATの反応は、トルコンらしい滑りが少々あってちょっと残念だった。もっともこの滑りは、BMW最新で好評のZF製8速ATにも避けられないもので、逆に、だからこそスムーズな変速が実現できるので、仕方がないものとも思う。この辺は突き詰めようと思ったら、DCTやPDKのようなデュアル・クラッチが必要だろう。
後で友人に聞いたところ、「昔はMercedesのATは2速発進にして、わざとダルにしていた伝統があるので、ひょっとすると確信犯でわざと反応を鈍くしている可能性もある」とのことだった。
◆300馬力超のパワーを受け止めるタイヤ
ホイールベース・トレッド比は、SLKの「1.57」は素晴らしい。これに対して、現行モデルになってホイールベースが60mmも伸ばされたBoxsterは、よくスポーツ・カーの基準と言われる「1.6」にかろうじて近い数値程度だ。このSLKの長所は、後に書くが、その動きのコンパクトな軽快感にも関係するだろう。一般に、ホイールベース長に比べてトレッド幅の大きい車は、小回りが得意だからだ。
シャシー関係で他の大きな相違はタイヤ・サイズだ。SLKのリヤの「245/40R17」(外径627mm)は、そのパワーから考えるとかなり軽快だ。実際の所、ちょっと踏んだ時にわずかにテールを振った。けれども、そういう乗り方をしない限りは、軽快かつコンフォートだと思う。これも友人によれば、このSLKはPirelliのCinturato P1という廉価版エコタイヤを履いていて「こんなに早く馬脚を露呈するとは?! 」とのことだった(汗。
それに対して、Boxsterの方は「265/35R20」(外径693mm)と、だいぶ大柄で重いはずだ。これも実際の所、私自身テールを振るといった経験はあまりない。またPASM(アクティブ・サスペンション)をソフトに設定しておけば、乗っていて痛いような事はなく、すこぶるグリップ感や安定感があり、強いブレーキの力を受けてよく停まる。ただし、わずか1万キロにしてスリップサインが出かけている。Porscheのタイヤは持ちが悪いと聞くが、リヤ・ヘビーであることに加えて、標準装備のPirelli P-Zeroがかなり柔らかいタイヤなのだろう。
また、タイヤ外径の差は、ちょうどギヤ比と同じ働きをする。20インチで外径の大きなBoxsterは、駆動輪のリヤ・タイヤ一回転で約2m18cm進むのに対して、外径が0.9倍となる17インチのSLKは約1m97cmで、その差は約21cmにもなる。つまり同じ回転数なら、Boxsterの方が距離を伸ばし=速度が上がり、それだけエンジン・パワーを要するのだ。逆に言えば、同じ速度ならSLKの方が回転数が上がり、それだけエンジン・パワーの負担が少なくなる。このことも、後に書く軽快感の差となって現れるだろう。
◆共鳴していた二つの6気筒エンジンの響き
MRのBoxster GTSで走っていると、腰から背中にかけてエンジンとマフラーの音や震動が伝わり、さらに腰の辺りを押されるような車の動きがよくわかる気がする。かたやFRは、前方からのエンジン音と後方からのマフラー音の響きが身体全体を包むように覆うので、こちらもいかにもクルマらしい楽しさを感じさせてくれるものだ。
SLK350のエンジン音や排気音は、Boxster GTSと比べておとなしく感じたが、アクセルを緩めた時の「バリバリ!」という音が似ていて面白かった。Mercedesの音についてはあまり詳しくないが、屋根を開けて踏み込んだ時のSLKの音は、Mercedesの中では相当勇ましいだろうと思う。もっとも、音が大きければ良いというものではなく、私もBoxsterのスポーツ・エギゾーストのボタンを押さない事も多い。ノーマルの時の響きが腰に伝わってくる感じが素晴らしいからだ。そう考えると、SLK350の穏やかで時に情熱的な「声」との対話も楽しいと思う。
これも後に聞いたところによると「つるんで後ろを走っていると、Boxsterの爆音がちょうど良いくらいの音量になり、加速に入るとSLKもそこそこ音が出るので、Boxsterの排気音とSLKの排気音が混じってちょうど良い塩梅になり、混ざってみるとどっちも6気筒で共鳴する」そうだ。次回は私もそれを体験してみたいと思った。
◆ねっとり濃厚だが軽快なSLK350、すっきり正確だが重厚なBoxster GTS
運転する前も、実際に運転している時にも感じたのだが、SLKの方がBoxsterよりもコンパクト感があった。上の諸元表で全長差を計算すると、Boxster GTSは29.5センチも長い。だから見た目のコンパクト感の違いは当然だったわけだが、運転している時でも、全体にSLKの方がBoxsterよりも「軽快」に感じられたので、車重では140kg(大人二人分)も重いSLKの方をBoxsterよりもコンパクトに感じたのかもしれない。また、SLKのシートの位置や視界の見切りが良かったのかもしれない。
「全体としてSLKの方がBoxsterよりも軽快」と書いたが、SLKのハンドリングには濃厚濃密な「ねっとり感」があったのも確かだ。これはハンドリングのみならず、パワーの出方、ギヤのつながり方、音、足回り、とにかく思い出せる色んな要素に共通している、つまり総合的印象と言える。
おそらくそれがMercedesという車の味付けであって、ある種の人には、この味こそが、Mercedesが魅力的であり続ける理由なのだろうと思う。そういう上品で濃密で優雅な乗り味とともに「SLKの方がBoxsterよりも軽快」だ、という印象があったのだ。
逆に言えば、Boxsterは「重厚」だ。と言うよりも、それは(たぶん)20インチを履く事あたりから設定が詰められていった、Boxster GTSが重厚なのであって、標準で18インチを履くBoxsterやSは、もう少し軽快かもしれない……しかしなんとなく、こうやって書いているうちに、Porscheは全体に「重厚」なのではないか、という気もしてくる。そもそも、「軽快」と「重厚」の二つの言葉しか使わないのがいけないのだが、Boxsterは、SLKの「ねっとり」に比べて「すっきり」した、けれども意外と「軽快」とは言いにくい車のような気がする。
◆トルクで乗るSLK350、回して乗るBoxster GTS
SLK350の軽快感を、私はギヤ比で説明したが、それに関して友人は「Boxterの(軽快にして)重厚な感じを演出している要因には、エンジンのトルクカーブがあるように感じる。上の方の圧倒的な吹けあがりとトルク感と比べると、やはり常用域である3000以下のトルクが相対的に少しだけ細いことで、常用域にわずかに「重さ」を感じた」と言っていた。
確かにPorscheの出力特性は、Boxsterにも911Carreraにも共通して、
低中回転域と中高回転域に結構な差を付けているという特徴がある。それだけに、出足が重めに感じられるかもしれない。
友人は続けて、「一方でSLKはトルクカーブが比較的フラットで、常用域から十分なトルクが出ているため、低い回転域でも車が少し「軽い」感じを演出したのではないか」とも言っているが、この問題については、SLK350のエンジン「M272」の出力特性グラフがあればよりハッキリするのだが、残念ながらまだ見つけられない。
◆蛙の子は蛙
最後に、この
悪友SLK350のオーナーの味わいある言葉で、今回の記事を締めくくりたい。
「大昔に乗って衝撃を受けた、あれは1987年式の911Carreraでしたが、今でもすごくソフィスフィケートされてはいるものの、雰囲気がそのまま残っているなという感想です。結局、PorscheもBMWもMercedesも、ずっとぶれない立ち位置を決める軸を持っているということなのかと、しみじみ思った乗り比べ会でした。」
「ステアリング・レスポンスだけではなく、エンジンの吹けあがり、サスペンションのセッティングなどのすべてが、三位一体となってMercedsの世界が成立していると感じています。今回のSLKを初めて運転したときには、そのMercedes臭があまり感じられず、ベンツもやればポルシェができるじゃない、と感じたのですが、本物に乗せてもらったらやっぱりベンツの子はベンツでした、というオチです。」