
コロナ禍のずっと前の、古いふるい話になります。文化放送ラジオでは、年1回、浜祭と称したイベントが開催されていました。番組の聴取率向上キャンペーンを兼ねたものと思われ、東京浜松町のスタジオ前で公開収録が行われていたのです。我が愛しの君――菊池桃子さんも1時間番組を野外の特設スタジオで行うことになりました。
「私はメーテル。鉄郎、999に乗りなさい」という音声で行動を起こした星野鉄郎と同様、私も動きました。999が停車している浜松町駅前へ急行しました。
鉄郎と違って、会場には、普通に入れました。生放送のセッティングにつき、収録前にディレクターと本人が登場しました。神々しさ満点で、妖怪のようです。顔立ちが整い過ぎていて、人間離れした美しさだとしか形容できません。
スタッフによる軽い挨拶のあと、観衆に対する注意事項が説明されました。特に、写真撮影禁止を繰り返し訴えていました。
すると、この日初めて、桃子さん本人が口を開きました。
「皆さん。生放送ですので、放送禁止用語とか、変な単語を叫ばないで下さいね。電波で日本中に流れちゃいますので……」
局地的に笑いが起こりました。このリアクションを見せたのは、生粋の桃子ファンだけです。意外に少ないな、と思いました。
番組の収録が終わると、特に混乱もなく、会場は三々五々という感じになりました。
私も帰路につくわけですが、どうしても気になっていた場所があり、その近くまで足を運んでみました。野外ステージの真裏に特設のテントがあり、どう見ても臨時の楽屋にしか見えなかったのです。テントからは、文化放送の建屋に向かって、長さ20mくらいのロープが2本用意されていました。入場する場面を見ていなかったのですが、桃子さんを含むスタッフ達がここを通過していった状況は容易に想像できました。周囲を見渡すと、ガードマンが数名しかいません。ロープは緩んでいて所々接地してしまっている状態でした。
ここは、――正義感と善意で――ロープを保持する役目を引き受けることにしました。勝手にガードマン着任というところです。すると、同じことを考えていた人間達が集まりだし、数メートル間隔で並ぶ状態になりました。ロープはきっちり腰の高さで張られ、花道が作られました。問題は、桃子さんがテントにいるのかどうかですが、本職のガードマン達の動きから、中で待機しているのは間違いなく、間もなく出てくると確信しました。
私の対面には、まったく知らない、でも自分とまったく同じにおいがする同年代の男性が佇立していました。距離にして2.5mくらい離れていたと思います。1秒間に1cmずつ目の前の男性との距離が接近していきました。アイコンタクトだけで、我々は歩み寄りました。最終的には、1.5mまで詰まり、そこを桃子さんが通過していくことになりました。
目前を通過していったメーテルは、気の毒なくらい大量の汗を滴らせていました。疲労困憊の様子でしたので、声はかけられませんでした。それ以前に、ガードマンですから、無言を貫き通したのです。他の臨時ガードマン達も同様の大人の行動を通し、ロープを通じて良心の結合のような連帯感が生まれていました。
Posted at 2022/07/27 08:31:11 | |
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