
まだポケットベルが全盛だった時代の話です。苗字に果実の漢字が含まれていて、その果実名があだ名になっている先輩が職場にいました。本稿では、桃井(仮名)さんとし、ミスター・ピーチと記します。
ミスター・ピーチは、東大卒の方でした。学歴だけでリスペクトを集めるのと表裏一体で、ネガティブなこともいわれやすい状況にありました。実際には、ミスター・ピーチではなく、「ピーチ」と呼ばれ、「またピーチがやらかした」とか、よく陰口を叩かれていました。
あるとき、ミスター・ピーチが、消化器疾患で緊急入院することになりました。病変は深刻ではなく、1週間くらいの療養で全快すると見られていました。
ところが、1週間経っても退院時期の話がないため、上司と見舞いに出かけました。ミスター・ピーチは、体力の消耗で退院が遅れていました。栄養があまりとれていない様子で、明らかに痩せ細っているのが分かりました。
上司が、「仕事のほうは、まったく心配しなくていい」と前置きしたうえで、「どこかリフレッシュできるような場所で体力を付け直したほうがいいな」と声をかけ、その場を辞しました。業務は、――かなりの繁忙期――でしたので、この発言は本音ではないな、と感じたのですが、私も「そうですよ」と同意するしかありませんでした。
それからさらに2週間あまりが経過しました。まだ再出勤してきません。連絡もありません。苛立ちを見せ始めた上司の様子を察して、私がミスター・ピーチの自宅に電話を入れました。すると、明日から出るつもりだという話を聞き、安心しました。声はすこぶる元気そうで、これは完全に回復したな、と確信できました。
翌朝、普通に出勤した私は、職場に違和感を覚えました。見知らぬ人間が座っていたのです。
よく見ると、真っ黒に日焼けしたミスター・ピーチでした。聞けば、2週間近くハワイに行っていたとのこと。逆算すると、見舞いの数日後に出発したことになります。たしかに、あのとき、上司は明言しました。どこかでリフレッシュするといい、と。
そこで、標題です。――社交辞令と社会通念の話でした。
Posted at 2022/08/26 23:42:23 | |
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