
自験の「実録」を「どぶろっく」バージョンでご紹介します。
とんかつ定食の大盛が1,000円以下だった時代に、東京上野で御三家と呼ばれた老舗の高級店だけは、2,000円超の価格設定になっていました。車を無理して購入したこともあり、当時の自分の収入では、とてもいく気になれない別世界でした。とんかつは、美味しいだけでなく、手頃な価格で満腹になれる貴重な料理という見方をしていました。
そんな時期に、東京都内のある駅前で、無性にとんかつが食べたくなったことがありました。芸能人が衣装を調達している高級ブティックがあるような土地でしたので、とんかつ屋は厳しいかなと思っていました。スマホはなく、自分で歩きまわるしかありませんでした。駅周辺をひととおり探索したのですが、目的の店は見つからず、出発点に戻って諦めました。
このとき、自分の背後で人の気配を感じ、振り返ると、とんかつ屋が暖簾をかけるところでした。――えっ、ここって、とんかつ屋だったんだ。
店構えは古く、傷んだ老舗という感じでしたが、運命的なものも感じました。まったく期待せずに、食欲だけで入店を決意しました。値段は、上野に近い高級志向でした。最初は、こきたな系の店に騙されているかもしれないと感じていました。
とんかつ屋で「感動」したことは何度もありますが、「感涙」したのは、あとにも先にもこの店だけです。3日連続通いました。とんかつは、「とんき」(1939年創業の老舗)以外では食べないと頑な先輩を口説いて、ここへ連れていくと、その方も、常連になりました。
調理に大量のラードを使用するのが特徴で、あるとき、先輩が気づきました。「あの大量のラードはどこへ消えたんだ」というのです。蒸発するわけありませんので、すべて衣に吸い込まれたことになります。それが美味しさの秘訣でした。
ほどなくして、この店が、TV番組でとり上げられました。有名な美食系評論家が、「味に感動して、3日続けて通った店です」と紹介しており、奇遇だと思いました。インタビューが面白かったです。肉の産地を訊かれた店主は、思いきり眉根を寄せ、語気も荒くなっていました。
「うちは、業務用の普通の肉を使ってるよ。特別なものは仕入れてねえ」
TVの前で、腹を抱えて笑ってしまいました。味をよく知る常連になっていましたので、そんなはずがないことは看破できました。鹿児島あたりから生産者指定の超一流品を仕入れていたはずです。ノウハウを公共の電波で開示したくなかったのだと思います。
この店との縁は、5年くらいで切れてしまいました。ご主人が亡くなり、代がわりすると、同じ店とは思えないほど凡庸な料理になってしまったのです。手抜きはしていないと思うのですが、決定的な何が失われてしまっていました。とんかつという料理は、ラーメン並みに、あるいはもしかするとそれ以上にデリケートなのかもしれません。
先代が、今の時代まで長生きしていれば、公式ファンクラブMOMOCANS’のSNSを通じて、いとしの桃子さんにも紹介できたのに、と悔やまれます。頑固な店主は、芸能人の来店でも絶対に特別扱いしないと思いますので、そこが最高の演出にもなったのではないか、と。
腕自慢の女性に「この料理を自分で再現できる?」と訊くと、大抵Yesと力強く答えます。
実録は、以上です。
ここで、「どぶろっく」師匠の登場です。
――もしかしてだけど、「同じ味にできたよ」って連絡がきて、家に上がらせてもらえるんじゃないの~。
何故、知り合った日から41年過ぎても、
あなたって手も握らない。
Posted at 2025/10/03 08:50:20 | |
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