
――約30年前の話です。
職場に、鹿児島出身の君川さん(仮名)というベテラン社員がいました。高校時代に柔道部で活躍された猛者で、曲がったことが大嫌いな方でした。今思えば、風貌が、俳優の中尾彬氏そっくりです。若い頃、モテモテだったという桃色の武勇伝を数多くお持ちでした。
焼肉屋に行くと、君川さんがすべて仕切り、「食えよ」の連呼になります。なのに、ご本人が酔うと、「馬鹿野郎、なんで俺ばっかり焼いてるんだよ」と不機嫌になるお茶目な方でした。文語では、「馬鹿野郎」ですが、口語的には、「バッキャロウ」に近い感じでした。それが、口癖になっていました。
あるとき、職場でラーメン店「Y」の話をしていると、珍しく、君川さんが話に割り込んできました。昨日、その「Y」に行ってきたばかりだという話でした。ですが、食べてはいないとのこと。
不思議に思って、「なにかあったのですか?」と訊ねました。
君川さんは、「バッキャロウ、俺の悲惨な話を聞きたいのか」と前置きしてから、当日の様子を述懐し始めました。
注文したのは、店の看板メニューになっている、鍋焼きラーメンのトッピング全部乗せでした。厨房で鍋に麺と具材が入れられると、卓上のコンロに火が入り、鍋がセットされます。数分後、目の前で煮立つ頃に、食べ頃を迎えているという流れです。
君川さんは、グツグツし始めた鍋を見て、あることに気づいたそうです。直ぐに店員を呼び、「バッキャロウ、餅が入ってないじゃないか」と指摘しました。店員から発せられたという言葉には、聞き手のこちらが絶句してしまいました。――お客様がお召し上がりになったのではないですか?
君川さんが、瞬時に桜島の大噴火状態になったのは、容易に想像できました。
その噴煙と噴石は、予想していたよりも大規模なものでした。
「ふざけた話だろ。その場で黙って火を止めたんだよ。鍋の底に手を入れて、こう持ち上げてな。そのまま卓の上へひっくり返したやったよ。あんな店、二度と行かねえよ」
こちらが話の展開に圧倒されていると、君川さんが、苦虫を噛み潰したような表情になりました。おそらく、不愉快な状況を思い出してしまったのだろう、と察しがつきました。
「おい、ラーメン食いに行こうぜ」
君川さんの誘いに乗りました。私が、冗談で、「餅が入っていないラーメンにしましょうね」と言うと、破顔しながら、「バッキャロウ」という答えが返ってきました。
Posted at 2023/08/25 08:13:16 | |
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