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奈良軍団関東全域統括部長・スタールビーのブログ一覧

2021年10月28日 イイね!

卒業引退5周年企画~再録・橋本氏の心の中3~

卒業引退5周年企画~再録・橋本氏の心の中3~橋本氏が桜井氏と生田氏と共に卒業発表・芸能界に於ける全作戦行動終結の玉音放送に臨んだのは、二人が自分自身に対して甘くない、ズルくないというのを特に感じていたからとのことでありました。




人に優しくても自分自身には厳しい氏らしい考え方であります。卒業発表に落涙を禁じ得ない桜井キャプテン(当時。2019年9月卒業)と生田氏(2021年10月25日卒業発表、同年12月31日卒業予定)… 。


後に語る所では、桜井氏が「大多数の我等同年代の婦女子と比しても、橋本氏は全く自我がぶれない強さがある」。





生田氏が「そもそも橋本氏の様に己自身にすら冷理冷徹に見据える御仁がアイドル稼業をして来た事。其自体が奇跡的である。」と述べられ、グループ全体で橋本氏の幸多からん未来を全力で願い、今後も応援していくと決意を新たにしたのであります。







橋本氏が卒業を決めたのはいつ頃のことであったか?実は此乃木坂46オールナイトニッポンでの放送前に、詰め寄せた記者クラブ・報道陣に対して会見を開いた内容が其を物語って居ります。


「卒業は乃木坂46に入った時から考えて居る。乃木坂が結成され、1期生合格発表のあった2011年当時はAKB48さんのフライングゲットが大盛り上がりを見せ、後に前田敦子氏の卒業が取り沙汰された頃である。アイドルの卒業とは斯様なもので、いずれ我が身にも降りかかることと承知していた。」


※2011年度のレコード大賞を受賞したAKB48の夏曲フライングゲット衣装。ミリオンセラーを連発し、天下無双を誇った強大なる同グループへ公式ライバルとして乃木坂46が結成・宣戦布告を換発したのが同時期であります。





※2012年3月、さいたまスーパーアリーナに於ける前田敦子氏。何度も嗚咽を交えながら行われた卒業発表と、肩を支える盟友高橋みなみ氏。奇しくも此の5年後に同地に於いて橋本氏は卒業ライブをなされました。





※同年8月、2005年の結成以来悲願であった東京ドームライブの夢を叶えたAKB48。其の卒業ライブに於ける前田敦子氏の御様子。



※余談ながら此の時、乃木坂46加入前の13歳であった3期生エース山下美月氏は、一観客として若き眼(まなこ)に其の勇姿を焼き付けられました。




「乃木坂46に動員されてからは、スタッフさんなど周囲から仕事・任務が来ていた。除隊復員後は一般社会の感覚を養うべく、今は英語や秘書検定を学んで居る。」


「芸能界への復帰は考えて居ない。かつて色々と貧窮した折りに、現状打破の為に幸いにして乃木坂46への道が開けて、入らせて頂いたのだ。家計援助の目標を達した以上は、自らの進まんとする本来の道を模索したい。富や名声だけの為だけにいつまでも芸能界に居残ってはならない。其では他の方々に申し訳が立たんであろう。」


「色々と軌道に乗って、落ち着いたら30歳ぐらいには籍を入れたい。私はこう見えて荒ぶる気性もあるから、器の大きい優しく穏やかな御仁が良いな(苦笑)」


「私のファンであった方々は、乃木坂46全体が好きであると思う。私は過去の画像、動画で残るから、これからは組織全体に視野を広げて応援して欲しい。」


淡々と心中を語りつつも、組織全体やファンの方々への思いも強かった橋本氏。其は当時入営間もない3期生新兵達のことも視野に入れた発言でした。


※2016年9月の3期生御披露目当時の様子。






※橋本氏の意志を継ぎ、立派に中核勇士達に成長した3年後、2019年頃の様子。




氏の儚くも尊く、そして潔い身の処し方、言動が効をそうしたか?センターを勤めた16枚目シングル「サヨナラの意味」は100万枚以上販売のミリオンセラーを獲得。乃木坂46の組織全体としての初金星、歴史的な赫赫たる不朽の大戦果を収め、不滅の金字塔を打ち立て、其栄光を橋本氏は最後の手向け、置き土産としたのであります。


※当時の新聞、テレビ、ネットニュースに見る報道発表。









其はただの素人・寄せ集めの集団であった乃木坂46が公式ライバルのAKB48に漸く追い付く所迄来たことを意味しました。結成から既に5星霜の時が流れて居たのでありました。









続く
Posted at 2021/10/28 21:56:20 | コメント(0) | トラックバック(0)
2021年10月26日 イイね!

卒業引退5周年企画~再録・橋本氏の心の中2~

卒業引退5周年企画~再録・橋本氏の心の中2~此処でまずは橋本氏の人と成りをご説明致します。一体如何なる人物であったのでしょうか?




盟友・白石麻衣氏を戦艦大和、海軍のゼロ戦とするならば、橋本氏は姉妹艦武蔵、陸軍の一式戦闘機隼といった所でしょう。

※奥がゼロ戦、手前が隼。同じエンジンを持つ似通った名機でありました。



隼(上段)と、ゼロ戦の奮戦図。





※左側が大和、右が武蔵。





※白石麻衣氏。



※橋本奈々未氏。





共に旧帝国陸海軍を代表し、時代の荒浪に揉まれながらも駆け抜けた最強の存在で、現代でも日本人の記憶に残るものであります。


同年齢であり、身長差もほぼ同じでバランスの良かった橋本氏と白石氏。後に龍虎相立つ美の奇跡・双璧と称され、共に固い絆で結ばれた同期の桜たる戦友として、時にライバル、時に善き理解者同士として、数々の楽曲でシンメトリー(左右対象の立ち位置)として立ち居振舞うのであります。


さて、橋本氏の人間性を一言で言うならば、「仁・義・智・礼・徳」の全てを兼ね備えた方でした。


橋本氏は1993年2月20日北海道旭川市に生まれました。同地はかつて北辺の護りとして道民より畏敬の念を込めて「北鎮部隊」と呼ばれた帝国陸軍第7師団が置かれ、又前述の隼を駆って戦われた空の軍神・加藤建夫少将の出身地である等、尚武の気風に富む由緒正しき土地柄であります。


※旭川第7師団記録史。



※漫画「ゴールデンカムイ」に登場する第7師団。







※加藤建夫少将近影。










幼少期より厳格なる躾教育、勉学、常識等を叩き込まれた橋本氏。当時の父親は橋本氏が甘えようとするならば「奈々未さん!」と敢えて敬語で叱り、厳冬の屋外へも平気で放り出す等の峻烈ぶりでありました。



其の甲斐もあってか?幼稚園児の時には既にひらがなの読み書きや、掛け算の計算を習得。小学校の模試では全国一位を取り、更にはバスケットボールをはじめ各種スポーツをこなすなどの文武両道の神童ぶりを発揮なされました。


そんな橋本氏の主たる趣味は読書。特に歴史上の偉人伝を好み、なかでもガリレオガリレイに深く感銘を受けたとのこと。氏の事に臨んでは周囲の反応はどうあれ、己が意志を強く持ち、考えを貫くぶれない姿勢はこの時から養われて居たと言えましょう。








高校時代はバスケ部マネージャーを勤め、この時に集団生活での立ち位置等を学んだと考えられます。卒業後は「東京に出たい」「空間デザインを学びたい」という一心から美術大学進学と共に上京なされます。








しかし、家計状況も芳しくない苦学生でもあり奨学金は学費に、バイト代も生活費に消え、食うや食わずやの貧困生活を送りました。水道・電気・ガスが止まったり、散髪は美容室のカットモデルで安価に済ませたり、苦難の日々が続きます(デビュー当時のショートカットは斯様な事情に依る)。


元来、体もあまり丈夫ではなくフラフラになりながらバイトと学業の掛け持ちをすることも…。ある時は1日1食1個だけの貴重なおにぎりを己の置かれた境遇を嘆き、感情が決壊したが如く地面に叩き付け、激しく瞠目したこともあったそうです。



「私は一体…?東京に来て何をして居るのだ!?此の儘ではいかんぞ…。さりとて、御家には迷惑は掛けられん。其に我が弟も学問の道を進まねばならんのだ。何とかせねば…」


そんなある時のこと。2011年の夏、乃木坂46の募兵要項を目の当たりにし、「芸能界ならロケ弁当が食べられる」という、凡そアイドルらしからぬ動機から勇躍志願・応募、同年8/21に見事合格を果たしました。






いまだ誰も知らない、東京に埋もれていた当時齢18歳の一人の少女の人生は、其処からから大きな転機を向かえることになり、無名新人からトップアイドルグループの中心人物となって行くのであります。


※18歳当時、デビュー直後の橋本氏




其から5年余りの歳月が流れた2016年秋、16枚目シングル選抜発表。


「与えられた以上は、良いものを作って世に送り出して残したい」。橋本氏がセンターに就任した直後のインタビューにて。静かに淡々と、しかし力強く発した言葉であります。





其の胸中に深く秘めたる思いは如何ばかりであったか?5年間活動して来て、漸く得たセンターの重責を噛み締めたのか?或いは他に思う所あったのか?真意は氏のみぞ知る、でありました。


同じく2015~2016年にかけての某日。北海道の母親から一通の手紙が投函されて居たのを見つけた橋本氏。


「母上からか?何と書いてあるのだ?」


其処には「今迄苦労を掛けた。弟は特待生として大学入学を果たした。だから家計援助の必要はもう無い。お前の好きな様に生きて良い」と云う内容が記されて居りました。


「食い扶持に困って乃木坂46に入って早5年か…。只々ひたすらに愛する家族の為、弟の為、家計を支えるべく活動してきたが、此所に来て我が役目は終わったと云うことか…。」


「其ならば…、新たな道を模索してみたいものよ。しかし、其が意味することは?此は果たして言わざるべきか?否、口にしなくては前進しない…。」


深謀遠慮・試行錯誤を繰り返し、氏は覚悟と決意を決めたのであります。


そして迎えた運命の日。2016年10/19の深夜ラヂヲ番組「乃木坂46オールナイトニッポン」(ニッポン放送)の放送に於いて橋本氏の桜井キャプテンと生田氏を目前にしての発言。


「皆さま方も、此度の選抜発表を不可思議に思われたことであろう。既に御察しの如く、私、橋本奈々未は乃木坂46を卒業する決を下すに至った。」


「また、来年(2017年)の2月を以て芸能界も引退し、2/20の誕生日を迎えて24歳からは一般庶民として生きることにした。」


まあ、そんなところか?と云う皆の反応であろうと、橋本氏はお考えの様であった所、意に反して此の衝撃的な発表は全世界を駆け巡ったのでありました。


※翌日の新聞報道写真(みん友のいぃ氏より画像提供。ありがとうございます。)







記事概要


公式ライバルとしてデビューせる2011年8月以降引続き、優勢なる敵AKB48を芸能界の一角に圧迫し激戦敢闘、克く敵戦力を撃砕しつつありしが、其の目的(家計援助)を達成せるに依り、2017年2月下旬芸能界を徹し、他に転進せしめられたり。


芸能界での全作戦行動の終結…。
其はかつての我が国に於ける大東亜戦争終結にも似た衝撃的な出来事でありました。


※終戦を報じる各紙。





続く
Posted at 2021/10/26 16:35:17 | コメント(0) | トラックバック(0)
2021年10月22日 イイね!

卒業引退5周年企画~再録・橋本氏の心の中1~

卒業引退5周年企画~再録・橋本氏の心の中1~前回ブログに記した「橋本奈々未氏血風録(司馬遼太郎氏の名作・新撰組血風録より拝借)」とも言える昨年記したブログを今回から再録して参ります。


近年新たに乃木坂46のファンになった方々に共通して居る点としては、「もっと早くに橋本氏を知りたかった」とする声が多いと云う部分があります。


現在の最新シングルでセンターを張る4期生・賀喜氏も、同様の事を述べられたとする記録も残って居ります。


※YouTube上より引用。橋本氏の卒業引退(2017年2月)より1年半後の2018年の坂道グループ合同募兵に於いて賀喜氏は勇躍志願をなされました。恐らくは橋本氏在籍時代の晩年となった頃より、乃木坂46のファンとなられ募兵に志願なされたと推察されます。





斯様にして後世にも各方面へ多大なる影響を与えた橋本氏。


改めて如何なる人物であったのか?


其を知る一助として様々な調査を進めて参りました。過ぎ去りし時を求めて、公式記録に残らない部分の御言葉については氏の強い責任感や思考・行動パターンを基に、著者の推測・補足を交えて書き記して居ります。


以上、御了承の上御観覧頂けますと幸いであります💪


其では「修身・道徳」の授業に採り入れても相応しい、偉大なる軍神の生きざま、其の心の中奥深くに触れて行くとしましょう。


(以下、再録文)


夏と言えば、毎年、怪談やら不可思議話等で盛り上がりを見せます。ある意味では風物詩の一種とも言えましょうか。


乃木坂46もファンの間では、様々な都市伝説というものが存在しております。ネット上でもまことしやかに語られるものが存在しており、冠番組内にて何度か検証されることもありました。


かつて初期の頃に検証された内容の一つに我が永遠の推しメンである橋本奈々未氏が、「センターになると卒業する」というのがありました。







検証当時はご本人は其を否定しておりました。2016年2月号の雑誌「ブブカ」におけるインタビューに於いては、「家計を支えねばならぬから、卒業はまだない。」「もし、卒業する時はブログ上で発表したい。」「周りからは、あれ?最近橋本を見ないな?というぐらいにひっそりと卒業したいし、まあそうなるであろう。」と述べられました。


表舞台で目立つよりも裏方を好む、如何にも氏らしいお考えでありました。


しかしながら、ファンの間に動揺が走ったのは2016年の秋に差し掛かる頃、最新16枚目シングルの選抜現役兵発表の折り。橋本氏の名前が呼ばれたのは最後、つまり名実共にセンター就任となったのであります。


「まさか、都市伝説は現実のものとなるのではあるまいか?」其の答えが出るのは間もなく…。


橋本氏の胸の内の変化に依るものでした。



続く
Posted at 2021/10/22 12:07:54 | コメント(0) | トラックバック(0)
2021年10月21日 イイね!

橋本氏卒業発表5周年企画~再録・橋本氏の生き様~

橋本氏卒業発表5周年企画~再録・橋本氏の生き様~去る10/20は、前回ブログのラストでも触れた元乃木坂46の橋本奈々未氏がラヂヲ放送にて卒業発表を為されてからちょうど5周年の日でありました。


氏が如何なる人物像であったか?過去幾度か当ブログで記して参りました。今回より卒業5周年記念企画として再録して参ります。


※以下、再録文。


虎は死して皮を残し、人は死して名を残すという言葉があります。例え肉体・生命が滅んだとしても現世に生きる方々へ深い感動を残すという意味合いであります。


人生とは有限にして1度きり。ましてやいつ死ぬか?というのは、神ならざる身としては皆目見当もつきません。故に生きる命というのは非常に大切ながら、己を捨てて他の為に使うという行為こそは何よりも尊いものなのであります。


捨つる命に惜しみ無く、生くる時に生き、死すべき時に死す。将に此処ぞと言うべき時に我が身を使い、捧げるということが我が国古来の忠烈なる教えにあります。古人に曰く、「武士道というは死ぬことと見つけたり」。いずれは散り行く命ならば、燃え盛る炎となりて己が道を貫くべし。しかしながら、徒に、決して無駄にしてはならぬという意味合いも含まれて居ります。


前ブログでも触れさせて頂いた乃木坂46創成期の偉大なる軍神・橋本奈々未氏。既に第一線を退役され、現在は一般人として市囲に生きる御身ながら、今尚多くの崇敬を集めたるは、貧困せる御家の家計再興と愛する弟の進学学費捻出の為に、其の青春を捧げたという活動原点に端を発すると言っても過言ではありません。


元来頑丈ならざる身持ちであった橋本氏。



デビューシングル選抜発表時の鬼気迫る表情。



元々「アイドル稼業等は不向き、どちらかと言えば裏方を好む」と自称した橋本氏。其でも双肩に掛る責任感から切り間に踏み込まんとされますが、極度の緊張から倒れ伏すことも暫し…。





其でもプロとして、身体に鞭を打って立ち上がります。







握手会や、ライブに於いてはファンや全体の事を考え、常に笑顔で全力のパフォーマンスを魅せつけます。



















数々の戦さ場を駆け抜け、第一線で実戦経験を重ねるに連れて徐々に洗練化され、美貌に磨きがかって参ります。





※口にくわえて居るのはタバコではなく、キャンディです。







しかしながら、後年になり無理も祟ったのか?腰に爆弾を抱えた様相を見せることも…。



最後の出場となられた真夏の全国ツアー2016の神宮会場に於いてはリハーサルで腰を激しく痛めてしまわれましたが、痛み止めを打ち、雨降りしきる中でも全力でのパフォーマンスを魅せつけました。





見る者をして圧倒的なオーラ感を放つ橋本氏。



やがて御母堂様からの手紙に曰く、「弟は特待生として大学入学を果たした。長年に渡る家計援助も以後構い無し。次は自らの人生を生きよ」との文面を見て卒業を決意なされたとのことであります。








長年、共に乃木坂46の人気筆頭勇士御三家としても先陣を駆け抜けた橋本氏。

※左から松村氏、白石氏、橋本氏。往年のアイドル像を彷彿とさせます。














新人無名時代からブレーク迄苦楽を共にされ、乃木坂46結成5周年ライブに於ける晴れの大舞台に於いて、橋本氏は大団円を飾られたのでありました。



斯様な氏の激動の血風録が昨年記したブログに御座いますので、再掲載して行きたいものと考えます。偉大なる軍神の軌跡を今一度辿り、改めて感謝の意を表したいものと思います。
Posted at 2021/10/21 09:43:56 | コメント(0) | トラックバック(0)
2021年10月19日 イイね!

機能美

機能美前回のブログが伏線ともなりますが…。


ただひたすらに楽しく走るのを追求して生まれたロードスター。



ただひたすらに敵を斬るのを追求して生まれた日本刀。



虚飾を廃してただ一途に実用的な性能を追い求めた結果として、後から付いて来たもの…。


其が「機能美」と云うものであります。


実用性を高めた結果として生まれた美しい鉄の工芸品…。


非合理的なものが大嫌いな私の趣味嗜好には将にぴったんこカン★カンであります(爆)


無論其を扱う為には腕を磨いたり、維持する為のメンテナンスは欠かせませんが…。


様々なドライブコースをパスする。


的確な太刀筋で物斬りを見舞う。


此等が決まった時の充足感は何物にも換えがたき儀が御座います\(^-^)/


世の中には、様々にして多様性ある価値観やら趣味嗜好が御座いますが、


此等だけは辞められません(笑)


余談ながら、家計を助けるべく尽力し、同期・後輩を支え、目的を達するや否や全ての栄光や地位・名誉を辞して表舞台から姿を消された著者永遠の推しメン、元・乃木坂46の橋本奈々未氏。











義や誠を貫き通した氏には、内外問わずに醸し出される美が健在して居ります。


外見上での美ならず、心意気の美。


今尚語り継がれる美と云うものに対し、


余人をして惹き付けるものがあったとも言えましょうか。
Posted at 2021/10/19 00:17:44 | コメント(0) | トラックバック(0)

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22.87 Km 1 時間 21 分、
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何シテル?   04/28 08:44
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