2019年7/8(月)、埼玉県を中心に放映されるFMチャンネル「NACK5」の番組「The 魂(ソウル)」にて乃木坂勇士達(先に卒業された斉藤優里氏がパーソナリティーの一人を勤め、ゲストに3期生の梅澤美波氏と佐藤楓氏来訪)の放送を聞いている最中、キャプテン・桜井玲香氏の卒業発表が公式ブログ上にて発せられました。
同年6/30付で卒業された1期生・斉藤優里氏。
梅澤氏(右側)と佐藤氏。
キャプテン桜井氏の卒業を伝える報道。
当時、全世界に衝撃を与えた報道に対し、2期生エースの堀氏はファンを代弁するかの如き声明を発表。まさに其の通りであります(涙)
また、3期生の佐藤楓氏はモバイルメール上にて桜井氏を称え、その思いを綴りました(以下、原文引用)。
玲香さんの卒業を知った時、後々冷静に考えてみると状況を理解できないとはこのことだったのかと思います
頭が真っ白になってただただ唖然としているだけでした
その後のことも何も頭に入ってこなかったです
私が3期生として加入するもっともっと前、初期の頃からキャプテンとして目には見えない大きなものを背負ってきてグループを支えて引っ張ってきてくださいました
私なんかには計り知れない大きなものです
たくさんの人に愛される素敵な人柄、
笑った時の素敵な笑顔、
カッコいい曲と明るい曲とのギャップ、
美しくて綺麗で憧れるダンス、
MCの時優しい目をでうんうんと頷きながら隣で話している人を見ている姿、
円陣の前の掛け声、
時折見せる少し抜けていてみんなを笑顔にさせている姿
下の名前で呼び捨てで呼んでくださる玲香さん
あげたらきりがないですが大きな背中をたくさん見せてくださいました
乃木坂に加入して初めてお会いした時、息を飲む美しさに言葉が出なかったのもよく覚えています
乃木坂46を卒業されるその日までもうあまり長くはないですが一緒に全国ツアー、そして神宮でライブをできるという有り難さと幸せを噛み締めて、玲香さんが安心して卒業することができるためにもこの夏もっともっと成長できるように頑張ります
まだまだ自分は頼りないですがいつか一人前になれるようにたくさん努力します
バースデーライブ後のラジオで言ってくださった女子カルに入ってくれてありがとうというお言葉が頭に焼き付いて離れないです
このお言葉にどれだけ救われたか
私なんかが言うことじゃないですが本当にカッコよくて偉大なキャプテンです。
できることならずっとその背中を見て追いかけていたかったですが玲香さんが決められた道を精一杯応援したいです
#kaedemail(引用終わり)
3期生の佐藤楓氏。
同じく、梅澤氏も心境を述べました(以下に引用)。
先日、玲香さんの
卒業発表がありました。
昨日ブログでも触れましたが、
とても、とても寂しいです
聞いたとき涙が止まらなくなりました。
いつも3期生の味方でいてくれた
守ってきてくれた玲香さんがいなくなってしまうのが、心細くて、悲しくて
キャプテンって
その肩書きがあるだけで
相当な負担があると思うんです。
それは玲香さんにしか分からないものだけど、
約2年半、近くで見てきて
どんなときも前に立ってグループを代表して
たくさんの方の前で言葉を紡いで
グループの想いをみんなの分まで
伝えてくれていました。
きっと誰よりも
たくさんの想いや気持ちを
飲み込んできた方なんだろうなって、
私なんかが何か言える立場じゃないけど、
そう思います
色んなものに耐えて、我慢して、
自分の気持ちは押し殺してきたんじゃないかなって。
みんなに平等で
乃木坂結成時からグループを支えてくれて
私たち後輩も受け入れてくれて、
わたしもこんな先輩になりたいって
こんな風に後輩を守っていくんだって
そんな背中を見せてくれる先輩でした。
9月1日は
最高の一日にするんだ!
いつまでも大好きな先輩(引用終わり)
3期生 梅澤氏(現在は副キャプテンに就任)
桜井玲香氏と言えば容姿端麗にして眉目秀麗。幼稚園児の頃より一貫の女学校に通い、高校時代には華道部に在籍するなど漫画に登場するかの如き御令嬢。将に乃木坂のイメージ、魂を具現化した様な存在でありました。
四六時中組織のことを考える責任感の強さの一方、時に「ポンコツ」じみた言動で周囲を和ませる一面も御座いました。
2011年、天下無双を誇ったAKB48の公式ライバルとして発足するもただの寄せ集め・素人集団であった乃木坂46。其のキャプテンという重責を担い、「無謀である」「すぐに解散だろう」等と言う厳しい芸能界や世間と言ったものの反応に対しても指揮官先頭を旗印に率い、矢面に立ち続け、現在の史上最強の地位迄築き上げた桜井氏。
幾多の剣林弾雨、屍千血河の戦場を駆け抜けた様はさながら日露戦争の激戦「遼陽(りょうよう、満州の都市)会戦(ロシア軍は15万8,000の兵をもって防御網を展開し、我が軍は12万5,000の兵で、計28万の兵が衝突。我が軍にとってははじめて近代陸軍を相手にした本格的会戦。死傷者は日本側が2万3500、ロシア側が2万あまりで、両軍あわせて4万人以上にのぼった)」に於ける軍神・橘周太氏の如き獅子奮迅振りでありました。
静岡第34連隊大隊長・軍神・橘周太氏
ロシア軍の守る堅陣首山堡!山路峻険なるこの陣地。取ったり取り返されたりの攻防の末、一度は我が軍の手中となります。しかし、守る守備隊は僅かに3000余り。ロシア軍は圧倒的な物量で襲いかかり、多勢に無勢の最中、次々と我が軍将兵は倒れ、衛生隊への後送すらままならぬ有り様でした。軍神・橘大隊長は阿修羅の如き奮戦を見せ、実に身に7ヶ所もの重傷を負いました。
突撃時に、軍刀一閃煌めく右手に敵の銃剣により裂傷。白兵戦時に、左手に銃弾による指を何本か失う擦過傷。山頂における白兵戦時に、腹部貫通銃創。砲撃戦時に、砲断片による腰部打撲。遂に倒れ伏した所へ部下の内田軍曹による後送時に、左右胸部貫通銃創、左上膊貫通銃創、鼠径部貫通銃創等々…
瀕死の傷を負い意識朦朧とする中、陣中のベッド上に横たわる橘大隊長。見守る内田軍曹に「我が軍刀はあるか?」と問いただします。これに対し内田軍曹、「隊長殿の軍刀は、内田が確かに茲に預かっております。先刻も申上げた通り、刀身は曲り刃は鋸のようになって、敵の血糊もそのまま拭わずにあります。」と答えると、血の気を失った橘大隊長の顔が急に活き活きと輝いて、そぞろに払暁奮戦の状を回想しつつあるものの如く、先般一度出た話と同じことを、もう一度繰り返すのでありました。
「高地へ駆け上って、前線へ突進してゆくと、敵が一斉にわしに剣尖を突きつけてきたから、たちどころに、刃向かう2名を斬って捨て、それから3人目を斬捨てると同時に、右腕をやられた。すぐに刀を左手に持ち替えて、突っ込んで来る4人目を斬捨てようと、軍刀を打ち下ろした刹那に、敵弾が刀身に当たって余勢に左腕をやられたから、ハンカチを巻きつけて、しばらくすると又腹をやられた。それでも未だ余感じなかったが、それから後に砲弾の破片の大きな奴に腰を打たれた時は、大分こたえて膀胱の方まで突き刺さるように響いたが、ついに倒れたよ。」
手傷をものともせずに指揮を取り続け、遂に砲弾に倒れるも鬼神をも哭かしむる如く味方の静岡第34連隊の部下達を鼓舞し続けた橘大体長。兵達はどれだけ元気付けられたことか。
「味方の衛生隊さえ来れば助かる命もあるのに、何をしているのか!?」と、遂愚痴と涙をこぼしてしまった内田軍曹。しかし、橘大隊長其を諭して曰く「私の為に愚痴をこぼすな。この包囲下では衛生隊も近寄れぬ」内田軍曹、益々落涙。「後をしっかり頼むぞ!」と、言葉を残して大隊長は息を引き取りました。時に1904年8月31日。連隊の活躍もあって会戦は我が軍の勝利に終わりました。
此の橘大隊長と静岡第34連隊の絆の深さと奮闘振りは、桜井玲香氏と其を支え続けて先に卒業した静岡県人、お互いを「相方」と呼び合った若月氏、共に創成期を戦い抜いた深川氏に相通じるものがあります。
若月佑実氏(元・1期生)
明朗快活な快男児…いや女児(笑)凛々しくも礼儀正しい、一本筋の通った宝塚の如き装いに、女性ファンも多い方。「若様軍団」という勇士達で構成された軍団を率いており、割り箸を用いたショートコントが得意(笑)決め台詞は「やっぱ乃木坂だな!」。2018年12月卒業。現在は女優として活躍中。
深川麻衣氏(元・1期生)
「聖母」の異名を持つ聖人君子…いや、女子(笑)。どんな事があっても怒らず、年上の御姉様キャラで勇士達を見守る様子から名付けられた。「年上の者が年下の者、後輩達の面倒をよく見る」という乃木坂46らしさの伝統をよく発揮された。2016年6月卒業。現在は女優として活躍される一方で、近年卒業の勇士達のライブに積極的に参加なさる等「聖母」振りは健在。…しかし、今に至る卒業ラッシュの引き金を引いたとも言える…。嗚呼、宜なる哉(涙)
遼陽会戦之激戦絵巻
真夏の全国ツアー2019に於いて、グループを卒業なされた桜井玲香氏。
其の意思を受け継いだ秋元真夏キャプテン率いる新体制・乃木坂46は、1~4期生、更には新兵たる5期生を伴い、新たなる戦さ場を求め、日夜修練に励んで居るのであります。
続く
Posted at 2022/09/02 18:30:07 | |
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