◆ BMWばかり買っている
もともと車の運転は好きだった。けれども車は快適な道具であって、趣味というほどでもなかった。ところがBMWに乗ってからは、車は趣味以上の生き甲斐になった。運転がとても楽しかったからだ。それも並の楽しさではなく、自分の中に眠っていた「車好き」の血を覚醒させた。もっと早く目覚めていたら、自分の人生は間違いなく変っていただろう。
それが自分にとっての「BMW」だ。
長い間国産車に乗っていたし、目覚めてからも、それなりに他のメーカの車にも乗ってみている。けれども、BMWほどの魅力を感じることはできなかった。妻も同じようなことを言っている。だから二台目もBMWになってしまった。
◆ 新しい仲間と古い仲間
来月には、新しい仲間のF20-116iが我が家にやってくる。最新の2014年モデルではあるものの、BMWのエントリー車と言われる1シリーズの中でも、最も小さなパワーの車だ。それでも、この116iは不思議に魅力的な車なのだ。その不思議を少しでも解き明かしたくて、かつて乗っていたE91-320iツーリング、そして今乗っているF10-523iセダンなどの古い仲間と比べてみた。自分の体感での比較なら、わかりやすくなると思ったからだ。
最初は、この三台の車の主要諸元を表に書いた。
車 名 |
F20-116i |
E91-320i(前期型) |
F10-523i(前期型) |
サイズ |
4,340×1,765×1,430mm |
4,525×1,815×1,450mm |
4,920×1,860×1,470mm |
ホイールベース |
2,690mm |
2,760mm |
2,970mm |
トレッド |
F: 1,520 / R: 1,555mm |
F: 1,500 / R: 1,515mm |
F: 1,600 / R: 1,625mm |
トレッド比 |
1.7496 |
1.8308 |
1.8419 |
タンク容量 |
52L |
60L |
70L |
車両車重 |
1,430kg |
1,540kg |
1,790kg |
エンジン |
直4ターボ [N13B16A] |
直4NA [N46B20B] |
直6NA [N52B25A] |
総排気量 |
1,598cc |
1,995cc |
2,496cc |
内径/行程 |
77.0 / 85.8mm |
84.0 / 90.0mm |
82.0 / 78.8mm |
圧縮比 |
10.5 : 1 |
10.5 : 1 |
11.0 : 1 |
最大出力 |
100kW〔136ps〕 /4,400-6,450rpm |
110kW〔150ps〕/6,200rpm |
150kW〔204ps〕/6,300rpm |
最大トルク |
220Nm〔22.4kgm〕 /1,350-4,300rpm |
200Nm〔20.4kgm〕/3,600rpm |
250Nm〔25.5kgm〕 /2,750-3,000rpm |
P/Wレシオ |
14.30kg/kW |
14.00kg/kW |
11.93kg/kW |
T/Wレシオ |
6.50kg/Nm |
7.70kg/Nm |
7.16kg/Nm |
ギ ア |
8速AT |
6速AT |
8速スポーツAT |
変速比 [1速~後退] |
116i : 4.714/3.143/2.106/1.667/1.285/1.000/0.839/0.667/3.295 |
320i : 4.171/2.340/1.521/1.143/0.867/0.691/―― / ――/3.403 |
523i : 4.714/3.143/2.106/1.667/1.285/1.000/0.839/0.667/3.295 |
ファイナルギア |
3.077 |
3.909 |
3.385 |
トータル比 [1速~後退] |
116i : 14.505/ 9.671/ 6.480/5.129/3.954/3.077/2.582/2.052/10.139 |
320i : 16.304/9.147/5.946/4.468/3.389/2.701/ ―― / ―― /13.302 |
523i : 15.957/10.639/7.129/5.643/4.350/3.385/2.840/2.258/11.154 |
加 速 |
8.7sec (0-100km/h) |
9.4sec (同左) |
8.7sec (同左) |
燃 費 |
16.6km/l |
11.4km/l |
11.2km/l |
価 格 |
308万円 [+40万円、M-Sport] |
437万円 |
610万円 [+49万円、M-Sport] |
◆ 116iの旋回性と安定性
まず、三台のディメンション(車の寸法)に注目すると、最も小さい116iの数値の中で、唯一トレッド(左右タイヤ間の距離)の値だけが320iよりも大きい。車幅は320iよりも狭いのに、トレッドがそれより広いということは、タイヤが外側に張り出している(いわゆるツライチ)という意味だ。その効果は、見た目の向上よりも、ローリング(左右の揺れ)を抑えて旋回安定性を向上させることの方が重要だ。
そうは言っても、大きな車ならトレッドも広くなる。だから、ホイールベース(前後タイヤ間の距離)とトレッドの関係(比率)を見れば、その車の動きの特徴がわかる。ホイールベースが長い車は、ピッチング(前後の揺れ)やヨーイング(蛇行)が抑えられて直進安定性が優れるのだ。
車 種 | ホイールベース | トレッド平均 | 比率 | 面積順 |
F20・1er | 2,690mm | 1,537.5mm | 1.7496 | 6 |
E88・1er | 2,660mm | 1,497.5mm | 1.7763 | 9 |
E87・1er | 2,660mm | 1,490mm | 1.7852 | 10 |
F30・3er | 2,810mm | 1,551.5mm | 1.8112 | 3 |
E30・3er | 2,570mm | 1,410mm | 1.8227 | 12 |
E90・3er | 2,760mm | 1,507.5mm | 1.8308 | 5 |
E60・5er | 2,890mm | 1,570mm | 1.8408 | 2 |
F10・5er | 2,970mm | 1,612.5mm | 1.8419 | 1 |
E46・3er | 2,725mm | 1,475mm | 1.8475 | 8 |
E39・5er | 2,830mm | 1,515mm | 1.8680 | 4 |
E34・5er | 2,765mm | 1,477.5mm | 1.8714 | 7 |
E36・3er | 2,700mm | 1,415mm | 1.9081 | 11 |
この表は
2年余り前に書いたが、歴代1・3・5シリーズ各車種のホイールベースとトレッドを調べ、トレッドを 1 とした場合のホイールベースの比率を小さい順で並べたものだ。
F20・1erがトップとなっているが、おおむね 1・3・5シリーズの順で、しかも新しい車種ほど、ホイールベース比が小さいこと、つまり直進安定性よりも旋回安定性が重視されていることがわかる。ちなみに、2シータのE89-Z4は「1.6254」で、これはいわゆる「スポーツ・カー」の比率となる。
なお、「ホイールベース×トレッド」の値を「面積」として、その順位も記した。F10・5erが最大なのは予想通りとしても、7位のE34・5erを抜いた、6位のF20・1erの大きさは、それが旋回性のみならず、かつての5シリーズ並の安定性をも備えたことを示している。
◆ エンジンの力と出方のいろいろ
次は三台のエンジンを見てみると、最大出力(パワー/馬力)は、523iが150kW〔204ps〕、320iが110kW〔150ps〕、116iは100kW〔136ps〕と、車名の数字通りの順番となっている。それに対して最大トルクの方は、523iが250Nm〔25.5kgm〕、その次が220Nm〔22.4kgm〕の116i、そして200Nm〔20.4kgm〕の320iの順となって、最下位が逆転している。さらに、その発生回転数の低さでは、わずか1,350回転から最大トルクを生み出す116iがトップとなる。
これらがわかりやすく見られるように、dyno(出力特性)グラフを描いた。なお、参考のために
F20-120i(125kW〔170ps〕/4,800-6,450rpm、250Nm〔22.4kgm〕/1,500-4,500rpm)と
E87-116i(85kW〔115ps〕/6,000rpm、150Nm〔15.3kgm〕/4,300rpm、前期型)のデータも加えた。

グラフの色には、インペリアル・ブルーの523iに青、スパークリング・グラファイトの320iには灰、バレンシア・オレンジの116iには橙を使った。参考のF20-120iは黄緑、E87-116iは赤を使って見やすくした。
上に書いたように、三台の最大パワーは青、灰、橙の順だが、最大トルクは青、橙、灰と順位が変っている。
そもそもこの橙のラインには、同じエンジン仲間の黄緑(120i)とともに、パワーにもトルクにも、それぞれ平らな頂点があるという、他のラインとは異なった点がある。
これがターボ・エンジンの特徴で、それによって、1.6Lという小排気量にも関わらず、黄緑は青に迫り、橙は赤(E87-116i)を大きく上回り、さらに灰をもしのぐような力を持つことになった。
◆ 車の重さとトルク、パワー
ところで、今までにも色々なエンジンのdynoグラフを描いてきたが、今回のように異なる車種のエンジンを、一つのグラフに重ねて見ながら加速感を想像するような場合には、無視できない問題がある。それは車種それぞれの重さだ。
この問題に対しては、上の主要諸元表の「P/Wレシオ」(重量を最大出力で割った値)や「T/Wレシオ」(同じく最大トルクで割った値)を参考にすることによって、それぞれの車の加速感のイメージを補正することができる。ともに、小さい方が有利となる。
この「P/Wレシオ」の順で見ると、523i(11.93kg/kW)、320i(14.00kg/kW)、116i(14.30kg/kW)となり、それぞれの重さを考慮しても、パワーそのものの順位と変りはなかった。ただし、その差はだいぶ縮まっている。
しかし「T/Wレシオ」の順位では、116i(6.50kg/Nm)、523i(7.16kg/Nm)、320i(7.70kg/Nm)と、ついに116iがトップに躍り出ることとなった。
そこで、これらもわかりやすく見られるように、重量比によって補正したdyno(出力特性)グラフを描いた。116iを基準としたため、320iと523iのパワーやトルクの値が下がっている。これらを[DACOR](data corrected)と記した。

このグラフは「自分の計算はどこか間違えていたのではないか」と何度か考え直したほど、意外なものだった。トルクばかりでなく、5,000回転もの高回転域に至るまで、116iのパワーは、320iはむろん523iをさえも上回っていたのである。
116iの重量1,430kgに対して、1,540kgの320iは110kgも、さらに1,790kgの523iは360kgも重いのだが、その重量差は、このような形となって現れるのだ。道理で、116iを試乗して
「これはいいなぁ、ラクで楽しいなぁと感じ続けていた」わけだ。
もちろん、これはあくまでも机上の計算に過ぎない。車という物理的な実体が本当に走ることには、エンジンの力と重さ以外の、多くのいろいろな要因が関わるものだ。だが私は、ことBMWというメーカの車は、こうした数値的なデータを、ハッキリ体感して確認しやすいと思っている。だからこそ、BMWが好きなのだ。
◆ 116iのフラット・パワーとギア
ここではちょっと比較を離れて、116iのターボ・エンジン特有のパワーの出方とギアの関係を見てみたい。下のグラフは、F20-116iや120iに共通する、8速ATのギアの、各速ごとの回転数と速度を示したものだ。

グラフ中の薄い赤色の部分は、dynoグラフで言えば、フラットな最大トルクのラインが続く回転数の範囲だ。パワーは「トルク×回転数」なので、フラットなトルクが維持されている間は、回転数に比例してパワーも上がっていく。要するに、エンジンを回すことでパワフルな加速感が楽しめる部分だ。
1速なら40km/hまで、2速なら60km/h弱まで、3速なら80km/h強まで、4速なら100km/h強までがそれにあたる。もちろん、同じ速度でも高いギアを使えば、低回転域でも豊かなトルクを生かした、緩やかで安定的な加速が楽しめるし、燃費にも良い。常用域で扱いやすいターボ・エンジンの長所だ。
その上の薄い黄色の部分は、dynoグラフで言えば、フラットな最大パワーのラインが続く回転数の範囲だ。トルクはだら下がりになっているので、エンジンの回転数をいくら上げても、それ以上のパワーは得られない。要するに、いくらペダルを踏み込んでも加速感は小さく、頭打ちが感じられる部分だ。
1速なら40~60km/hまで、2速なら60~85km/hまで、3速なら85~120km/h強まで、4速なら100~150km/hほどまでがそれにあたる。けれども、特に3速と4速の100~120km/hのように、速度域が重なっているなら、100km/hを超えたらさっさとシフト・アップして4速で走った方が、パワーの上でも燃費の上でも効率的のように思える(と言うよりも、100km/hを超えたらアクセルを緩めましょうw)。
しかし、もしも最大加速を続けたいのなら、フラット・パワー帯の間でも、やはり可能な限り低いギアを選んでアクセルを踏み込み、エンジンを目一杯回し続けた方が良い。なぜなら、より速く、より高い回転数で次のギアにバトン・タッチ(シフト・アップ)すれば、最大パワーを生かしたままで、さらにその次のギアにバトンを渡すことができるからだ。その事を、次に他の二台と比べながら見てみたい。
◆ スムーズなギアのバトン・タッチ
下のグラフは、116iと320iと523i各車のエンジンに組み合わされたギアの違いによる、1速~8速(320iは6速)の各速それぞれのパワーと速度の関係を表したものだ。先の場合と同じように、320iと523iのパワーには、車重を考慮した補正を加えてある。

ラインの色は、前と同じように116iが橙、320iが灰、523iが青(水色)だ。ここで注目したいのは、他の二つと違って頂点がフラットな橙ラインは、各速のギアが重なり合っているところだ。しかも、1速と2速は、ちょうど100kWのパワー・ピーク帯が終わる頃に、次のギアがピークを迎えるようにつながっている。つまり、ギアのバトン・タッチがとてもスムーズで無駄がないのだ。
また、橙ラインの傾きの大きさ(パワーの立ち上がり方の早さ=加速の強さ)も注目に値する。523iと同じ8速ATとはいえ、116iのファイナル・ギアは3.077と、523iの3.385よりもワイド寄りだが、それでも大きなトルクの助けによって、フラット・パワーに至るまでの間は523iよりも加速が強い。

左のグラフは、上のグラフから各速ギアの重なりを消して、スタートからアクセルをベタ踏みして150km/hに達するまでのギアとパワーの関係を示したものだ。
これまで触れなかったが、上の諸元表のように、116iの0-100km/h加速は
8.7秒と、
523iと同じで、
320iの9.4秒を抜く(ただし条件にバラツキがあるので厳密なタイムではない)。
その理由は、常に100kWの最大パワーを維持し続ける116iの、この直線的なギアのつながり方
以外には考えられない。※打ち消し線については追記参照
◆ F20-116iの不思議な走りの魅力
こうしてF20-116iには、第一にスポーティなディメンションによる旋回性と安定性、第二に軽量ボディによって320iを抜き、523iに匹敵するターボ・パワー、第三にフラット・パワーをスムーズにつなぐギアが生み出す加速という長所を持っていることがわかった。
けれども、その不思議な走りの魅力には、まだまだ他にも色々な要因があると思うし、ここで調べたことにしても、それが本当に正しいのか、実際に走らせて検証する必要がある。そんなことを考えながら、納車までの日々を待ちたいと思う…が、これは自分のではなくて、妻の車だった。
※ 2/17追記 … 116iは「オーバーブースト機能」を備えていることがわかった。
'
BMW Mediainformation 7/2011'
(←クリックするとPDFのダウンロードが始まります)のp.19~p.20には以下のように記されている。
"The four-cylinder engine of the new BMW 116i too provides significantly improved driving dynamics compared to the predecessor model. It has an output of 100 kW/136 hp at 4,400 rpm and a maximum torque of 220 Nm between 1,350 and 4,300 rpm. What is more, the overboost function temporarily increases this torque figure to 240 Nm between 1,500 and 3,500 rpm, for an extra surge of acceleration. The car takes 8.5 seconds to reach 100 km/h from a standing start, and has a maximum speed of 210 km/h."
[訳]
「ニューBMWの116iの4気筒エンジンもまた、先代モデルと比較して大きく改善されたドライビング・ダイナミクスを実現しました。このエンジンは100kW/136馬力の出力(4,400回転)と220Nmの最大トルク(1,350回転から4,300回転まで)を持ちますが、それに加えて、急加速が必要な時には、オーバーブースト機能が一時的に240Nm(1,500回転から3,500回転まで)にトルクを増やします。その結果、116iは8.5秒の0-100km/h加速と210km/hの最高速度を得ました。」
(「8.5秒」はおそらくMT車の数値。筆者注)
つまり、116iが0-100km/h加速で523iと並ぶ理由には、このオーバーブーストによる20Nmものトルク増大もあずかっていたのだ。これは120iのデチューン版としか思われていなかった116iの「隠された爪」と言えるだろう。この場合のdynoグラフは下のようになる。
※ 2/18追記 … 知床のオジロワシさんのリクエストで、F30-320d(380Nm、135kW)の車重1,550kgを基準とした、BMW各車種のdynoグラフを描いてみた。320dの比較対象には、F20-116i(ブーストアップ時)とF10-523iのほかに、オジロワシさんがお乗りのE90-323i(230Nm、130kW)、および320dのライバル車となるF30-320i(270Nm、135kW)を加え、E91-320iは省いた。また、320dのトルクが大きいので、グラフの左軸のスケールは大きく取ってある。

本来、320dと320iはともに同じ135kWのパワーを持つが、320dの車重1,550kgに対して320iは1,510kgと40kg軽いために、見かけ上のパワーは大きくなる(グラフ全体を覆うような、とても良い形に見える)。同じように、さらに軽量な116iのパワーも大きくなっている。逆に重い523iのパワーは小さくなっている。
トルク・カーブでは、さすがにディーゼルらしく大きな320dの緑ラインが目立つ。けれども、2.813というワイドなファイナル比の8速ATを備えていることもあって、実際の運転感覚としては、このグラフのような突出感はなく、ナチュラルで扱いやすい。
また、323iとほぼ同じパワーが、それよりもはるかに大きなトルクによって引き出されるので、完成度の高いF30のボディとともに、新しい「駆け抜ける歓び」が感じられそうだ。
