
当時のニュースは、ロッキード事件一色となっていました。のちに、戦後最大の疑獄事件と称されることになるのですが、私自身は、事件の本質まで理解できる年齢ではありませんでした。
当時の日本は、今ほど豊かではなく、国民一億総中流時代の真っ只中でした。争点となった5億円の授受に戸惑った記憶もあります。自分が一生かかっても使いきれないような金額でしたので、使い道自体をまったく想像できなかったのです。そのため、悪事のイメージが抱けなかったのだと思います。
あれが、数百万円くらいだったら、悪い金で高級車や別荘を購入したのだろうか、というような想像力が働いたと思います。なにせ、疑獄の規模が想像のらちを越えた世界にありました。
もう一つ記憶に残っているのが、標題の「ハチのひと刺し」です。少年の限られた世界観ながら、国家の最高中枢を裁判で追い詰められるわけがない、と感じていました。証人喚問では、「記憶にございません」という答弁が繰り返され、人気ドラマの七曲署や西部警察署で描かれていた取り調べの光景とは天地の差がありました。
なのに、たったひとりの女性の証言が、潮目を変えてしまったのです。「ハチは一度人を刺したら死ぬといわれています。今の私はハチと同じ心境です」と淡々と語る姿に、ただ驚くしかありませんでした。
その後、ロッキード事件は、潜在的な教訓となり、身近のハチから刺されないよう注意して生きてきました。なのに、一度だけ、ハチのひと刺しを受けたことがあります。――それは、本家、榎本三恵子さんとは比べ物にならないほど小さくて幼いハチでした。
ある日、当時8歳だった長女が、「パパ、ちょっといい?」と部屋に入ってきたことがありました。神妙な面持ちになり、「あのさあ、そのさあ……」という具合に、本題を切りだすのをためらっていました。彼女の覚悟が満タンに充填されるまで急かさず、静かに待つことにしました。
30秒近く迷ったあげく、「やっぱりいいや」という言葉を発して、彼女が踵を返しました。その刹那、もう一度振り向き直って放った言葉に驚愕してしまいました。
「あれさあ、桃子の、あれ、パパ騙されてると思うよ」
彼女が指摘した――あれ――とは、直筆サイン付きのハンドメイド品だと自慢していた小物でした。菊池桃子さんが子育てで芸能活動を休止していた時期に、所属事務所の公式通販で購入したものです。1万円近い高額商品でしたので、当時の長女からすれば、父親が数億円級の大金をつぎ込んで詐欺に遭っているように見えたのかもしれません。
たいへん勇気ある告発だったと思います。同時に、まだ8歳の彼女に余計な心配をかけてしまっていた日頃の自分の浅慮に反省しきりとなりました。
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2022/08/03 07:49:36