
自験の「実録」を「どぶろっく」バージョンでご紹介します。
プロ野球には、歴史に残る名勝負がたくさんありました。そこからベストを選ぶのは、なかなか難しいのですが、自分がリアルタイムでの目撃者だったことを条件にして絞り込むと、1989年の近鉄が忘れ難いです。前年の近鉄は、最終戦でロッテと引き分けてしまい、僅差で優勝を逃していました。メジャーリーグでの輝かしい実績を引っ提げ、近鉄の主力選手として活躍していたベンジャミン・オグリビーは、試合後に、誰も近づけないくらい号泣していたといいます。メジャーには、引き分けというシステムがないため、受け入れ難い事実だったのです。
翌年の近鉄は、またしても最終戦まで優勝争いがもつれ込みましたが、ラルフ・ブライアントの神がかり的な4連発で宿敵西武を倒しました。
この年の日本シリーズは、ことさら印象的な展開になりました。巨人優位の予想が多いなか、近鉄の快進撃が続きました。近鉄連勝で迎えた第3戦では、加藤哲郎の好投が光り、巨人打線が完全に沈黙してしまいます。試合後のインタビューでは、近鉄にとってアウェーの東京ドームで、加藤節がさく裂しました。全国放送のTVカメラがあるのを認識しながら、「巨人はたいしたことない」と豪語していました。これには、続編があり、翌日のスポーツ紙には、「巨人は、最下位ロッテより弱い」という見出しが並びました。有頂天になっている加藤選手からなら面白いコメントが取れると踏んだ記者が、試合後も暗躍していたのでした。
ところが、流れは、第4戦から急変し、最終的には、巨人が4連勝の逆転でシリーズを制しました。加藤哲郎の放言が眠りかけた巨人軍を奮起させ、敗因になったと語り継がれる名勝負となりました。
のちに、当事者である加藤哲郎本人と、巨人側の駒田徳広が対談する企画がありました。2人は、1989年の因縁以来、犬猿の仲なのではないかとの話があり、この実現にはかなり驚きました。
勝者と敗者の対談で、しかも敗因を作ったとされる当事者がいますので、なかなか重たい空気で対談が始まりました。当時の怨恨が蘇り、いつ取っ組み合いが始まってもおかしくないくらいでした。
とても意外だったのは、お互いに深いリスペクトがあり、敵意や遺恨のようなものはまったくなかったことでした。しまいには、「たった一人の暴言で勝敗が動くほど、野球は単純なスポーツではない」という話で2人が意気投合してしまいました。
加藤氏は、対談を通じて一貫して、駒田氏と巨人のことを称え、対する駒田氏は、加藤氏の当時の発言は当然だという理解を示していました。なにをいわれてもいい返せないくらいチームの調子が落ちていたのは事実だという話でした。
当時の近鉄関係者には、「あのときの加藤はいい過ぎた」との辛辣な意見も少なくありません。「後悔していますよね」とインタビュワーから加藤氏が詰め寄られる場面もありました。少し長めの黙考から、発せられたのは、「持ち味ですよ」という静かな返事でした。
――目が覚める思いがしました。強気のピッチングが加藤哲郎らしさ、強気の発言も加藤哲郎らしさ。セットで加藤哲郎らしさなんだ、と納得できるものがありました。
辞書での「持ち味」は、単に、長所や個性と記されているのですが、加藤氏から覚えた言葉ですので、私の中での定義は少し違います。長所と短所が同居してセットになった状態を持ち味とみなしています。短所を矯正することで長所も削られてしまう表裏一体のような話です。
こうして、その後は、公私にわたって、相手の「持ち味」を意識して交流するようになりました。この結果、欠点ばかりが気になって大嫌いになる相手は、激減しています。大抵の方は、いい持ち味をいくつも持っているものなのです。加藤氏のひとことによって、人生に大きなプラスになったことを感謝しています。
ただし、すべてが素晴らしく、持ち味という概念を適用できない方もいます。――菊池桃子さんです。
実録は、以上です。
ここで、「どぶろっく」師匠の登場です。
――もしかしてだけど、桃子の持ち味は、照れ屋が同居する真面目さで、俺にゾッコンな気持ちを表現する言葉をずっと探し続けているんじゃないの~。
あの人と私は、帰るときはいつでも、
遠まわりしながら、ポプラを数えた。
Posted at 2026/01/18 09:38:24 | |
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