
――約30年前の話です。
ラーメン店で店員と口論になり、熱々のラーメンが入った鍋を素手でひっくり返したという猛者の君川さん(仮名)にまつわる続編です。
君川さんは、なにかにつけ、「バッキャロウ」が口癖になっていました。風貌は、俳優の中尾彬氏そっくりで、威圧感とダンディさが同居する悪役系の男前でした。亭主関白を装っているという説もありましたが、数名の若手社員を自宅へ連れて行き、奥様の京子さん(仮名)に平然とこう言い放ったそうです。――おい、京子、こいつらを腹いっぱい食わせてやれ。血の気が多い若者だからよう、今、ソープへ連れていったところなんだ。俺も腹減ったなあ……。
あるとき、職場の仲間で少し高級志向の回転寿司にいく話となり、たまたま在社していた君川さんにも声をかけてみました。当時、握ってくれる回転寿司はまだ稀少でしたので、興味を持った様子でした。「俺もいく」という返事がありました。
君川さんが、毎回、飲食店でトラブルを起こしていたわけではありません。ところが、入店して間もなく、予想外のことが原因で、桜島が大噴火しそうになりました。
最初は、「結構美味いな」と上機嫌でした。3皿目くらいで無言になり、次の注文で長考に入ってしまいました。実際には、悩んでいたのではなく、怒りを鎮めるのに必死だったようです。
君川さんが、信じ難い行動に出ました。店員を呼びつけ、説教を始めたのです。
「バッキャロウ、客に背中見せながら握る奴がいるかよ!」
店員は、酔っぱらいの冗談として受け取り、愛想笑いを見せていました。
ここで止めないと大変なことになると判断し、桜島の噴火口を塞ぎました。早々に会計を済ませ、焼肉屋に移動しました。激辛のタレが有名な店で、生のキャベツをかじりながら食べるスタイルが人気でした。
ここでは、なにも起こりませんでした。ただ、君川さんは、半泣きでした。聞けば、ボンカレーの甘口を辛うじて食べられるくらいで、辛い食べ物が大の苦手だったのです。
「ここの焼肉は美味いなあ。しかし、無茶苦茶辛いな」
肉を食べるたびに、キャベツに手を伸ばし、「バッキャロウ」とつぶやいていました。
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2023/08/26 08:14:10