(以下長文)
我が下へやってきておよそ半年になるのを契機に、初代フォーカスという不世出の一台について記しておきたい。初代フォーカス(C170)は1998年発表だから今年でちょうど登場から25年、四半世紀目を迎えたこととなる。まずはとてもそうは見えないスタイリングの斬新さに心底感心させられる。当時、初めて写真で見て受けたインパクトはいまもってまったく不変である。ニューエッジ・デザインの文字通り鋭さのある造形は最新のトレンドからは外れるかもしれないが、テーマに即した立体造形物としての完成度が高いため、それ自体が時代を超越して輝きを維持している。
この車の造形がすごいのは、Cセグメントハッチバック車として求められる機能性をまったく損なうことなく、あまつさえそれをさらに引き出すことに挑みながら、これだけの独創的な造形をもたらしたこと。「スタイルのために機能を妥協」したり「カッコ良い分使い勝手にしわ寄せが及ぶ」ようなことがなく、実用車の領分をきっちりと押さえつつ、他車と明らかに異なるかたちを実現させている。
その真髄は乗ってみればよくわかる。私は比較的近いディメンションを持つB299フィエスタと日常的な乗り比べができるが、自分も他の乗員もリラックスして乗れるのは明らかにフォーカスである(双方の出自には10年の差があるから単純な比較は意味をなさないだろうけど)。車体のサイズはもちろんフォーカスの方が大きいが、それとてせいぜい全長が+10数センチ少々のわずかな違いに過ぎない。何より効いているのは着座位置の高さである。フォードが90年代末に提唱した「コマンドポジション」と称される、乗員をアップライトに座らせるパッケージングを基軸に組み上げられたフォーカスの車室空間は、そこに身を置く者にいたって自然な振る舞いを許容してくれる開放的なものだ。いまどきの車に比べて傾斜角度が穏やかなAピラーは前席への乗り降りのし易さが際立つし、低めのスカットルと広大なウインドウ面積が全方向にワイドな視野を提供している。さらに後席に座れば、適度な角度で立ち上がるシートバックのおかげで後ろに潜り込むような感覚は無く、前席よりもさらにいくぶん高い視点が確保されていることもわかる。この車に乗る誰もが、閉塞感を覚えることなく穏やかな境地で車内に身を置けるのだ。この車には閉鎖的なコクピットといった概念は当てはまらない。
こうしたリラックス感を伴った、無理を伴わない居住性こそが、実は人が車を操縦する上で一番大切な、心理的な「安心感・安定感」を担保することにつながっているように思う。最も重要なパッシヴ・セーフティとは、幾重にもなる後付けの安全装備などよりも、そもそも人がストレスフリーで、攻撃的でない環境下に安心していられることではないだろうか。
初代フォーカスを動力性能の観点で評価する声は数多あるが、それ以前にこの車をフォーカスたらしめている要素とは、間違いなくこの健康的なパッケージングである。自動車にとって根幹とも言える「パッケージング」が適切であれば、「スタイリング」も「ドライビング」も高度なものになれる素地となる。そして初代フォーカスはまさしくそれを地で行く存在となった。
ドライビング性能の確かさは私が今さら言及する必要もないが、つねに路面と対話ができているという感覚、車が操作に対して思った通りの挙動を示してくれて嫌なズレやラグを伴わない感覚は、エンジン出力が高くない1600GHIAであっても充分に味わえるし、かつて乗っていたST170などはその最たるものであったのは言うまでもない。北米仕様のごくスタンダードなセダンであったSEですらそこは共通していたと思う。
スタイリングは私が一番初代フォーカスで何より強調したい美点だ。優れたパッケージングはその素性ゆえ、放っておけばミニバン的な重ったるいシルエットに堕すおそれがあるにもかかわらず、面質やグラフィックの工夫でまったくダルな印象を伝えてこない。Cセグメントハッチバックという基本与件の厳しい、それだけに跳躍が難しいカテゴリーの中で、よくぞこれだけ過去に類例のないかたちを実現させたものとつくづく思う。
来たるミレニアムへ向けて、伝統あるエスコートの名を捨ててまで、それまでのフォードの小型車の流れを断ち切り、まったくの新世代の確立をめざした初代フォーカスだけに、エンジニアリングもデザインも気合の入りようのレベルが別次元であったことは想像に難くない。そして当時のデザイナーたちは本当にその期待によく応えた。すでに初代Kaで示されたニューエッジ・デザインの路線を継承・発展させ、その造形メッセージをより強固なものとすることに成功した。外形はもとよりインテリアデザインにおいてもそれは顕著であり、車両内外を共通して貫く斬新な造形テーマが明瞭でありながら、実用性を阻害するような部分は見当たらない。いまほど車内のインターフェイスに要求されることが多種多様でなかった点を差し引いても、IPを中核とする居室空間の表現の自由度と居住性・機能性の向上とがしっかりと両立することを、初代フォーカスのインテリアは体現している。
ちなみにこうした画期的なデザインが生まれてくるベースには、もちろん担当した個々のデザイナーの力量の大きさがあるが、それにも増して重要なのは、こうした挑戦的なデザインの採用を厭わずに、それがユーザーメリットをもたらし、かつ企業姿勢の表明になることを自信をもって判断してみせた当時の経営層の慧眼があったことを忘れてはなるまい。
2代目(C307)がプレミアムを謳い洗練を指向した結果として初代の瑞々しさを失い、3代目(C346)はグローバル化の旗印のもと、初代が打ち立てたパッケージングを捨て去って“低く座らせてスポーティーさを強調する”どこにでもあるようなHBと化した。4代目(C519)は実車と接したことがないため何も言いようがないが、おそらく3代目の流れの上にあるのだと想像する。この4代目をもってフォーカスはひとまずその歴史を閉じることがすでに報じられている。フォーカスがこのような命運を辿ることになったのは、自動車をめぐる社会や市場の環境変化が最たるものであるのは論を待たないとはいえ、実はフォーカス自身が、この車が持っていた美点を変節させてきたことによる帰結ではなかったのか。これから本格的に訪れるフォードの電動化が、初代フォーカスが湛えていた「人為・創意」(人のために人が創意を以て為す)の姿勢を最大限に反映したものであってほしいと、誕生から四半世紀目を迎えたこの車にいま接して強く思う。
Posted at 2023/05/21 11:09:41 | |
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