先日の車山登山の後、月山富田城跡にも登ろうかと麓の道の駅まで来たのに、もう何度も登ってるからと悩み出して登るのを止めてしまいました。
ですが、後日やっぱり月山富田城跡に登ろうと再び舞い戻ってます。
もう何度も登った月山富田城跡、今回はテーマとして戦国武将でありローカルヒーローの山中鹿之助が「願わくば我に七難八苦を与えたまえ」と三笠山にかかる三日月に祈ったという逸話にある「三笠山」を意識して登ってみることにしました。
そして月山富田城跡に登った後、三笠山にもチャレンジするのだが。
公園から月山富田城跡をバックに冒頭サムネ画像用の写真を撮ろうとカメラを構えたその瞬間・・
佐川がフレームインしてくる。 おのれ~(怒) 暫くその場で待つも、休憩に入ったみたいで動いてくれない。 撮影は諦めてその場を離れ、先に月山富田城跡に登ることにした。
なお、今回引き連れるお供はホットウィールの新発売スバルWRX STIです。
月山の麓にある道の駅に愛車を停めて月山富田城跡に登ります。 13時36分。
背後に見上げるのは千畳平。
道の駅から飯梨川を挟んで向かいにあるのが三笠山です。
山中鹿之助が「願わくば我に七難八苦を与えたまえ」と三笠山にかかる三日月に祈ったと伝わる。
千畳平まで登ってそこに建つ尼子神社。
尼子氏三代城主(経久・晴久・義久)と山中鹿之介を筆頭とする尼子十勇士が祀られています。
参拝させて頂きました。(-人-)
千畳平から眺める三笠山です。
四つの峰があるうち三つが重なり合った三つの笠に見えるため三笠山と名付けられたという。
尼子再興の夢を果たせぬまま悲劇的な死をとげた尼子の武将、山中鹿介幸盛祈月像。
遠くに月山富田城跡の山頂部が見えてます。
三笠山にかかる三日月に「願わくは我に七難八苦を与え給え」と祈ったとされる。
その逸話は明治以降の国民教育の題材として終戦を迎えるまで国語教科書に載ってたそうです。
先に進んで山中御殿跡から望む難攻不落の月山富田城跡です。
山中御殿跡から山頂部までは七曲がりと呼ばれるつづら折りの階段が続く最大の難所となります。
七曲がりを登り切り山頂部に到達して三の丸石垣です。
三の丸と二の丸を囲む石垣はあるも、本丸には石垣が無かったりします。
三の丸に上る。 その先に一段高い二の丸が続きます。
三の丸から眺める三笠山。
この三笠山も城跡で三笠山城跡は標高236m、下三笠と呼ばれる山頂は標高270mだそうです。
二の丸と本丸との間には切堀があって、それをいったん下って登ると本丸に到着です。
14時14分、月山山頂(標高197m)の本丸に到達。 かなりゆっくりめで歩いたかな。
本丸に立つ山中鹿介幸盛記念碑。
もう何度目か分からないけど月山富田城を攻略しましたの図です。
本丸の様子を振り返って。 切堀の先に二の丸と三の丸があります。
月山山頂の本丸からの眺望。
左側の2つ峰がある山、先日登った
車山(車山城跡・標高207m)がよく見えてます。
山頂おやつはチロルチョコ。
ローソンアプリの無料クーポンで貰ったやつ。
本丸のさらに奥には勝田高守神社(かつたたかもりじんじゃ)が横向きに建ってます。
大国主命(おおくにぬしのみこと)が祀られる月山富田城の守り神。
参拝させて頂きました。(-人-)
それからとぼとぼ下山して14時53分に駐車場に戻ってきました。
飯梨川を挟んで向かいに見える山が三笠山。 この後、登ってみることにするのだが。
最後に再び公園に戻って月山富田城をバックに冒頭サムネ画像の撮り直しです。
このときの縦バージョン画像を今回のブログ冒頭サムネ画像にしました。
さて、この後は果敢にも三笠山(三笠山城跡)にチャレンジしますがそれはまた別ブログで。
Posted at 2021/03/21 16:15:42 | |
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