
【本稿にはオカルト要素がありますので、苦手な方は、ご注意下さい】
手術室へは普通に歩いて入室した。さすがに清掃と消毒が行き渡っていて、清潔ではある。だが、建屋には老朽化の痕があり、そこまでは隠されていない。どこかの食品工場のような景色だった。
下半身のみを麻痺させる脊髄麻酔が始まった。指示されたとおり背中を丸めると、すかさず看護師が身体を支えにきた。耳元で「少しの辛抱ですからねえ」という優しい声がする。ここのスタッフは誰もが親切で、温和な表情を見せている。病棟でときどき起こる殺伐とした雰囲気は一切ない。
冷たい麻酔液が骨髄内にプールされていく感覚がある。ほどなくして、自分が足を伸ばしているのか、曲げているのかが分からなくなった。
看護師が再び接近してきた。
「これから身体をそっと拭きますから、冷たいかどうか答えて下さいね」
アルコール清拭で、麻酔の効果を確認するプロセスだ。下半身の感覚がなくなった時点で、執刀開始となる。
大腿部の感覚はなくなっていた。透明人間になっていく感覚だ。しかし、鼠蹊部付近にはまだ明瞭な冷感があった。
「ここはどうですか」
「ここは冷たいですか」
看護師の触診が続く。
いつまで続くのだろうか。直ぐに下半身だけ感覚がなくなると聞いていたが、予想よりも時間を要していた。
「ここはどうですか」
「ここは大丈夫ですよね」
看護師の声に明らかな動揺があった。
気づくと、真横にいて、首の周囲をアルコール綿で清拭していた。
「先生!」
看護師が絶叫する声が鼓膜を烈しく震わせ、脳を揺らされる感覚が走った。
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2022/11/16 15:41:09