
かつて、全国の営業担当者と連携し、本社スタッフとしてVIPの顧客をフォローアップすることも仕事にしていました。最低でも数ヶ月に1回は、私も用件を持ち込んで同行訪問するようにしていたのです。数年すると、ツーカーの関係になっていきましたので、親しき仲にも礼儀ありという点には、常に注意を払っていました。
数代の営業担当者が転勤で担当交代し、私との付き合いだけは10年以上になっていたVIPがいました。なかなか気難しいところもある方でしたが、長年かけて築き上げた信頼関係がありました。ちょうど、VIPに歴代担当者の思い出話をしながら、新しい担当者を売り込むことに腐心していた時期でした。ある日、大幹部の専務がこの定期訪問に加わりたいと言いだし、驚きました。これだけ世話になっていながら、事業責任者が顔を出さないというのはまずいというのです。営業的にプラスとなる有難い話でしたので、早速セッティングを進めました。
面会当日、専務は、すこぶる上機嫌でした。自分の学歴自慢を端緒に、人生経験や哲学を語りだすほどで、年少者のVIPに対して、ビジネスマンとしての心得を伝授しているような感じでした。終始和やかな雰囲気で、この面会は終わりました。
得意先を出た刹那、専務は、私と営業担当者に親指を立てる仕草を見せながら、語り始めました。「これで、ここの売上は安泰だな。あの人、完全にうちのファンになったな。当分大丈夫だ」
鼻の穴が膨らんで全開になっていましたので、ハエでも飛び込めばいいのに、と思いました。営業担当者に、「君の日頃の地道な活動が実を結んでいるね」のひとことくらい言えないのか、という怒りからでした。
間もなくして、私の携帯に着信があり、相手は、面会を終えたばかりのVIPの方でした。もしもまだ遠くまで行っていないのなら、直ぐ戻ってきて欲しいとのことでした。
要請されたとおり、私一人で戻りました。
VIPは眉根を寄せながら話し始めました。
「信頼は変わりませんし、今後も製品を使い続けます。でも、条件があります」
「条件ですか?」
「お願いですから、もう二度と、あの偉い人を連れてこないで下さい」
Posted at 2022/11/01 07:29:29 | |
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