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ひがしかぜのブログ一覧

2025年03月18日 イイね!

ラムセス大王展 ファラオたちの黄金

ラムセス大王展 ファラオたちの黄金ラムセス大王展

古代エジプトから伝説の至宝がやってくる!
エジプト史上「最も偉大な王」と称されるラムセス大王(ラムセス2世)とその時代にまつわるエジプトの至宝180点を展示するラムセス・ミュージアム。

本展はエジプト政府公認の展覧会。古代エジプト展として最⼤級の 展覧会であり、3000年以上前の古代エジプトのアーティファクツ・芸術品を、最⾼の状態に管理・保存しているエジプト考古最⾼評議会特別⽀援のもと180点展⽰します。

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 Xで情報が流れてきたラムセス大王展、いま世界史の自習していることもあり目に留まりました。高校世界史で出てくるのはカデシュの戦いの時のファラオというイメージが強そうです。実際にはそれだけではない統治に関することはいろいろあるハズですが。

 会場はゆりかもめの豊洲市場駅から歩いてすぐの場所でした。こういう展覧会はわざわざ混んでいる時に行っても殆ど意味がないと思っていますので、たまたま仕事が入ってない平日を狙いました。展示は黄金がちょうどいい感じに見える照明や美しいCGの再現映像とBGMがなかなかよく、混んでガヤガヤした時に行くのは勿体ないです。展示物の間隔も広くてゆったりとした感じです。なお、当日券だと平日は入場料が200円安い(といっても4100円)。

 さて、内容をここで解説するのは大変ですので止めておきます。今購入した図録を観ながら復習しています(この図録というのが7000円!)


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ただ、注目のカデシュの戦い(BC1274年)
エジプト「勝ったァ圧勝」
ヒッタイト「せいぜい引き分け」

これ単に“普通盛るでしょ”ではない面もあるかもしれません。

 展示では解説のナレーション「ヒッタイトによると引き分け程度」という音声と文字がちょっと出て、その後でラムセス大王の映像が「我は勝った。我のみが!」と圧勝を誇る姿で出て気ました。両論併記とは言え「ラムセスすげ~」という印象が強く残る演出になってます。まあ主役はラムセスさんですからそうなりますかね。

 初めエジプト側がヒッタイトに急襲され危機一髪というところで増援が到着しヒッタイト軍を弾き返したことになっていて、このときコテンパンにやっつけたというのがラムセスさんの主張ですが......... 私は増援により態勢が不利になったとみてヒッタイト側が敗走ではなく自ら撤退したんじゃないかと想像します。それでヒッタイト側がカデシュを確保し続けてるので、防衛目的は達成できてます。ヒッタイトが「せいぜい引き分け」というのは本当は「ヒッタイトの勝利」と言ってもいいくらいかもしれません。エジプトは目的達成してないですけど大逆転劇だったのでその場にいた人は気分的に勝ったと思ってもおかしくはないです。そして、後日「世界最古の平和条約」を結びヒッタイトの王女とラムセスさんが結婚してますね。

 ヒッタイトがエジプトに花を持たせてやったようにも見えてきますが......

この件はもう少し考えてみようと思います。


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2025/03/22 追記 考察結果
展示では解説のナレーション「ヒッタイトによると引き分け程度」という音声と文字がちょっと出て、その後でラムセス大王の映像が「我は勝った。我のみが!」と圧勝を誇る姿で出て気ました。両論併記とは言え「ラムセスすげ~」という印象が強く残る演出になってます。まあ主役はラムセスさんですからそうなりますかね。


さて■カデシュの戦い(BC1286年→資料によってはBC1274年)の経過についてはネット上にもありますが、①今回の展覧会の図録と②『地図とタイムラインでわかる戦争の世界史大図鑑』というものも参照しています。詳しいことは省きますが、

 初めエジプト側がまだ全軍集結していないところをヒッタイトに急襲され危機一髪というところで増援が到着しヒッタイト軍を弾き返したことになっていて、このときコテンパンにやっつけたというのがラムセスさんの主張ですが......... ヒッタイト側の記録もみつかり「せいぜい引き分け」となっているらしいです。エジプト側の記録の日本語訳は流布していますがヒッタイト側については「せいぜい引き分け」以外に詳しい情報がなくて限界がありますが..
 

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◆資料①p124 「ヒッタイト軍はラムセスの怒りに直面するよりもオロンテス川に身を投げて逃げた」

◆資料②p14 「ヒッタイト軍はエジプト軍に追撃されることなく、オロンテス川の東側に退却」

◆資料②p15
「撃退されたヒッタイト軍は川を渡って退却した。エジプトの記録ではムワタリが停戦を申し入れたという。エジプトがカデシュを占領しなかったのは包囲攻撃用兵器がなかったせいと思われる。エジプト軍は大勝を主張して南に退却したが、アムルはその後もヒッタイトの支配下に残った」

□要約□
怒りに直面するよりも=決戦を避け(身を投げてというのは文学的表現として)追撃されることなく退却できた、エジプトは大勝というが実効支配はヒッタイトが握ったままであった。
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  私は増援により態勢が不利になったとみてヒッタイト側が敗走ではなく自ら撤退したんじゃないかと想像します。エジプトとしても一度は敵を退けた(≒逃した?)もののそれ以上攻める余力はなかったのが実態ではないか? 私のお気持ちの問題ではなくて資料がそのように(も)読めるということです。それでヒッタイト側がカデシュを確保し続けてるので、防衛目的は達成できてます。ヒッタイトが「せいぜい引き分け」というのは本当は「ヒッタイトの勝利」と言ってもいいくらいかもしれません。エジプトは目的達成してないですけど大逆転劇だったのでその場にいた人は気分的に勝ったと思ってもおかしくはないです。そして、後日「世界最古の平和条約」を結びヒッタイトの王女とラムセスさんが結婚してますね。

 ヒッタイトがエジプトに花を持たせてやったようにも見えてきますが......

 実際はその後も暫く対立した後での平和条約でアッシリアという共通の敵が大きくなってきたことも関係しているのですが、この戦い以前にもヒッタイトとエジプトは闘ったり約定を交わしたり小競り合いして勢力争いをしていました。相手を滅ぼそうという戦いではなくて「落としどころ」というものがある戦いでもありました。

 その後エジプト国内での盛った広報をヒッタイト側からみたら「はいはい、そういうことにしておいてやるわ」くらいのノリだったかもしれません。あるいはエジプトは「大勝を主張して帰った」というのですけど、今日の敵は明日の味方、「講和も考え相手の面子に配慮する」ということもあったかもしれません。


 ということで、ラムセスさん自身は前線で自ら奮闘し眼前の敵をコテンパンにやっつけ王自ら戦士としての威を示したが、全体としては大人の解決で終わった戦いではなかったか。

→→ というのが正解かどうかはわかりませんが、あくまでも趣味ですからね。ちょっと踏み込んで考えてみること自体が楽しいものです。



Posted at 2025/03/20 16:36:24 | コメント(0) | トラックバック(0) | アート | ビジネス/学習
2024年07月21日 イイね!

【特別展】 大航海時代へ —マルコ・ポーロが開いた世界—

【特別展】 大航海時代へ —マルコ・ポーロが開いた世界— 仙台遠征の際に仙台市博物館に立ち寄りました。遠征先の美術館や博物館に行く行動パターンは以前からあります(三重県界隈など)。その時の特別展が「大航海時代へ —マルコ・ポーロが開いた世界—」だったのですが、仙台ということで伊達政宗のイメージが強くて政宗とは関係ないじゃん?と思っていたら、政宗もローマに使節派遣していたことで少しかすってました。しかし、この企画はいろいろな場所を巡っていまして、調べてみると 2022年7月~9月は池袋のサンシャインでやっていたようです。なので仙台で政宗とかは偶然で基本その筋ではないのでした。

さて、見て回るだけならアートのように観ることになり、特に数百年前の紙の本の現物や当時の世界地図などが印象的でしたが、内容に踏み込むならばアートというより世界史の教養番組となります。


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モンゴル帝国と大航海時代。この二つの大きな時代は、マルコ・ポーロ(伊:1254~1324)と彼が残した『東方見聞録』を一つの結節点として繋げることができます。本展では、シルクロードの発展から、モンゴル帝国の時代、そして大航海時代まで、奈良県にある天理参考館と天理図書館の貴重な所蔵品を一堂に会し紹介します。
 シルクロードを旅したマルコ・ポーロの旅行記『東方見聞録』は、のちに多くの写本を生み出して、大航海時代に活躍した人たちのガイドブックとなりました。この書が描く幻想的かつ富と黄金に満ちた東洋(中国とジパング)のイメージは大航海時代を切り開く冒険心の原動力となりました。大航海時代は世界史上はじめて、人・物・文化の交流が全地球規模で始まった時代であり、その波は日本に到達して南蛮文化として華開きます。大航海時代は、いま我々が生きている現代社会へとつながる大きな転換点といえる時代なのです。
 大航海時代の冒険者たちは、間違った地図と『東方見聞録』を手がかりに大海原を渡ります。本展を通じて、彼らの夢と冒険のわくわく感をお伝えできれば幸いです。

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 現地でじっくり内容を理解するのは時間的に難しく、そのためには図録を見返す、というより中の文章を帰宅後に読むことになります。大まかな流れは「世界史」に出てくるものですが、言葉の端々に受験勉強上のイメージとは異なるいろいろな気付きがありました。 一つ気になったのは、大航海時代到来の歴史的経緯が歴史の必然?のような感じで綴られてるんですけど、実際には正確な時計(マリンクロノメーター)が出てきて航海が可能になったという面もあるので、"時代の要請"がどうであれ技術的にできないことはできないわけです。機械式時計を集めたりしていた私としては、時計に関して展示や記述が全くないのはちょっと物足りなかったです。

Posted at 2024/08/06 22:29:42 | コメント(0) | トラックバック(0) | アート | ビジネス/学習
2023年12月11日 イイね!

KISS 浮世絵 (石川真澄 作)

KISS  浮世絵 (石川真澄 作) 自宅で無線だけでなく楽器練習やいろいろ勉強もする態勢を構築しようとしていまして、音楽部屋作成に着手しました。その際、自宅内を探索してモノを整理してスペースを空けるのですが、浮世絵を発掘しました。何年眠っていたのやら。

 これはかなり前にKISS来日前後にKISSを題材にした「本物の浮世絵」が製作され一般販売されたものです。浮世絵は版画だと思っていましたが

浮世絵の作品形態は、肉筆画(筆で直に描いたもの)と木版画(印刷物)に分かれ、後者は一枚摺と版本(書籍)に分かれるが、庶民に広まった背景として、大量生産とそれによる低価格化が可能な版画形式があげられる(Wikipedia による)

ということです。今回発掘したこの絵は25万円くらいではなかったか? 「バンドグッズ」にそこまで出す意識ではなかったと思います。むしろたまたまKISSを題材にしているが、アート購入で浮世絵という文化の存続に微力ながら寄与するような感覚ではなかったか。ちなみに作者の“石川真澄“で検索してみると現代の浮世絵師としての活動がいろいろ出てきて、「浮世絵とはロックな表現」だそうです。

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Posted at 2023/12/11 15:25:46 | コメント(0) | トラックバック(0) | アート | 音楽/映画/テレビ
2022年08月09日 イイね!

日本デジタルアート展

日本デジタルアート展(←デジタルアートということで、普段やらないような現像)








仕事の都合で川崎を通った際に日本デジタル・アート展なるものに立ち寄りましたもともとはEYE ex. Mary's Blood vo)がモデルの作品が展示されているという情報を見てのことでしたがそれはここに貼りませんけどフォト的なものもあったが全くもって“写真”ではないものも多くデジタル・アートと名乗ればなんてもアリとは言わんが相当世界は広がるようです広い定義だとRAW現像したフォトやシンセで弾いたちょっとした曲もデジタルアートということになるようですが特にデジタル・アートと名乗るからには明らかにアナログ感と異なるものがしっくりはきます技術的にいろいろできるようになったということもありますけどこれ電子音楽初期のDTMで楽器ができなくても音楽ができるようになったという盛り上がりとなにか共通するものがあるんでしょうかね?NFTなる認証システムにより高額取引されるデジタルアートも多いようですモノからコトへというスローガンは時々聞きますがこれはモノではないが一体何なんでしょねイデアですか?

Posted at 2022/08/16 13:48:26 | コメント(0) | トラックバック(0) | アート | 音楽/映画/テレビ
2021年10月08日 イイね!

寺院に伝わる戦国の残像~北畠氏のいた時代~@三重県総合博物館

寺院に伝わる戦国の残像~北畠氏のいた時代~@三重県総合博物館 過去数回のF1現地観戦では三重県津市に泊っていることが多く、ここで数日仕事をしてから鈴鹿に通って観戦、あるいは決勝日前後は宿がとりにくく松坂と伊賀とかに泊っていたこともあります。今年は連続して津に宿が取れていたのですがF1中止になったので仕事だけして伊勢に移動して帰宅という行動になりました。(別記事で総括)津から伊勢に移動するときに三重県総合博物館を再訪しました。

第29回企画展 寺院に伝わる戦国の残像~北畠氏のいた時代~

三重県内の寺院には、戦国時代の様子を伝える貴重な資料が多く遺されています。北畠氏と寺院の関係、天台真盛宗の宗祖真盛や真宗高田派の中興真慧の活躍、一揆や徳政といった動きを見せた当時の村落の様子、港湾都市安濃津の様子などを、古文書や数々の仏教美術から読み解きます。(博物館HP)

 津(安濃津)も何度も来ているので淡路島的な感じになっていますが、土地の歴史はあまり意識していませんでした。この地域に住んでいる人にとってはその周辺の郷土史的なものですが、この地に住んでいない人にとってはマニアックで学術的な内容かと思います。

 南北朝(形式的には南朝が正統だろう)にゆかりのある北畠氏が土着してきて伊勢神宮の領域に“支配を及ぼす”とか、現地でにらみ合ってる勢力が同じ〇×宗▼▽寺派に“帰依”しているとか、世の中はいくつものレイヤーが重なっていることを感じさせます。

 マニアックなので詳しくは図録を読み込むなどしないと掌握しきれません。図録は美術などは作品の写真が並んでいて解説が後ろにまとまっている構成をよく見ます。これは写真をより大きく載せるためかもしれませんし、もしかしたら解説は読まないで見るだけの人が多いと思っているのかもしれないですが、今回のものは写真と解説が同じ場所にあって見やすくなっています。見て解説も読もうとすればこちらの方がはるかに良いので、様々な美術展などにおいて図録のつくりも考えてほしいです。
Posted at 2021/10/10 09:40:06 | コメント(0) | トラックバック(0) | アート | 日記

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