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透析中止の女性、死の前日に「撤回したいな」 SOSか、夫にスマホでメールも
「とうたすかかか」。スマートフォンに残されたメールの平仮名7文字は、助けを求める最後のSOSだったのか。公立福生病院(東京都福生市)で明るみに出た「死」の選択肢の提示。亡くなった腎臓病患者の女性(当時44歳)の夫(51)が毎日新聞の取材に胸中を明かした。
「(死亡から)半年過ぎてもダメ。何とか気持ちの整理はつけたつもりだけど、だいぶ引きずっている」。そう夫は明かす。同じ団地に住んでいた女性と知り合って約30年。結婚後は3人の子どもを2人で育てた。女性が人工透析治療を始めてからは医療機関への送り迎えなどで支えた。
昨年8月9日、病院から突然呼び出された。見せられたのは透析治療をやめる意思確認書。いっぺんに力が抜け、受け入れるしかなかった。「透析に疲れちゃったのかな……」。迷ったことは覚えているが、承諾した理由ははっきりしない。
死の前日(同15日)のことを悔やむ。夫によると、病室で女性は「(透析中止を)撤回したいな」と生きる意欲を見せた。「私からも外科医に頼んでみよう」。そう思って帰宅しようとしたところ腹部に痛みが走った。ストレスで胃に穴が開き、炎症を起こしていた。外科医に「透析できるようにしてください」と頼み、同じ病院で胃潰瘍の手術を受けた。翌16日、麻酔からさめると女性は既に冷たくなっていた。
「透析治療の中止は『死ね』と言っているようなものだ」と夫は言う。治療を再開しなかった外科医に対する不信感は消えない。「医者は人の命を救う存在だ。『治療が嫌だ』と(女性)本人が言っても、本当にそうなのか何回も確認すべきだと思う。意思確認書に一度サインしても、本人が『撤回したい』と言ったのだから、認めてほしかった」
今も胸を締め付けるのは、助けを求めたとみられる女性からの1通のメールだ。夫は手術の際、自分のスマホを病院に預かってもらった。退院して電源を入れるとメールが届いていた。「とうたすかかか」。死の当日(16日)の午前7時50分の発信。自分も病室で横たわっていた時刻だ。「とう」は「父ちゃん」の略で、夫の愛称だという。死の間際、「父ちゃん、たすけて」と打とうとしたのではないか――。
形見になった平仮名の7文字。「あの時すぐにメールを見ていれば、助けに行って、透析治療を受けられるようにしてあげたのに。今も生きててほしかった」【斎藤義彦】
都が立ち入り検査「自己決定ゆがめられなかったか」など調査へ
東京都医療安全課は6日午後、医療法に基づき公立福生病院を立ち入り検査した。同法は病院の設置許可や管理・運営を規定。都道府県知事などは必要があれば検査を実施し、カルテなどの資料を提出させる権限がある。
同日午後3時40分ごろ、都医療安全課の職員数人が病院に入り、検査は午後6時20分ごろに終了した。
医療法は、患者に対する正確で適切な情報提供を病院側に求めている。外科医らの行為について都は今後、▽標準的な医療に基づいて治療の選択肢が提示されたか▽適切でない情報で、死亡した女性の自己決定がゆがめられなかったか――などを調べるとみられる。
都は2016年5月~17年3月、都内の計240病院を立ち入り検査し、安全管理体制などについて181病院を文書や口頭で指導している。
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医師が「死」の選択肢提示 透析中止、患者死亡 東京の公立病院
東京都福生市と羽村市、瑞穂町で構成される福生病院組合が運営する「公立福生病院」(松山健院長)で昨年8月、外科医(50)が都内の腎臓病患者の女性(当時44歳)に対して人工透析治療をやめる選択肢を示し、透析治療中止を選んだ女性が1週間後に死亡した。毎日新聞の取材で判明した。病院によると、他に30代と55歳の男性患者が治療を中止し、男性(55)の死亡が確認された。患者の状態が極めて不良の時などに限って治療中止を容認する日本透析医学会のガイドラインから逸脱し、病院を監督する都は6日、医療法に基づき立ち入り検査した。
ガイドラインから逸脱都が医療法に基づき立ち入り検査
外科医は「透析治療を受けない権利を患者に認めるべきだ」と話している。病院側によると、女性は受診前に約5年間、近くの診療所で透析治療を受けていた。血液浄化用の針を入れる血管の分路が詰まったため、昨年8月9日、病院の腎臓病総合医療センターを訪れた。外科医は首周辺に管を挿入する治療法と併せ、「死に直結する」という説明とともに透析をやめる選択肢を提示。女性は「透析は、もういや」と中止を選んだ。外科医は夫(51)を呼んで看護師同席で念押しし、女性が意思確認書に署名。治療は中止された。
センターの腎臓内科医(55)によると、さらに女性は「透析をしない。最後は福生病院でお願いしたい」と内科医に伝え、「息が苦しい」と14日に入院。ところが夫によると、15日になって女性が「透析中止を撤回する」と話したため、夫は治療再開を外科医に求めた。外科医によると、「こんなに苦しいのであれば、また透析をしようかな」という発言を女性から数回聞いたが、苦痛を和らげる治療を実施した。女性は16日午後5時過ぎに死亡した。
外科医は「正気な時の(治療中止という女性の)固い意思に重きを置いた」と説明。中止しなければ女性は約4年間生きられた可能性があったという。外科医は「十分な意思確認がないまま透析治療が導入され、無益で偏った延命措置で患者が苦しんでいる。治療を受けない権利を認めるべきだ」と主張している。
日本透析医学会が2014年に発表したガイドラインは透析治療中止の基準について「患者の全身状態が極めて不良」「患者の生命を損なう」場合に限定。専門医で作る日本透析医会の宍戸寛治・専務理事は「(患者の)自殺を誘導している。医師の倫理に反し、医療とは無関係な行為だ」と批判している。外科医は女性について「終末期だ」と主張しているが、昨年3月改定の厚生労働省の終末期向けガイドラインは医療従事者に対し、医学的妥当性を基に医療の中止を慎重に判断し、患者の意思の変化を認めるよう求めている。
東京都医療安全課の話生命尊重と個人の尊厳保持という医療法の理念通りに病院が適正に管理されているかを確認している。
厚労省地域医療計画課の話一連の行為は国のガイドラインから外れ、現在の医療水準や一般社会の認識からも懸け離れている。【斎藤義彦】
人工透析治療
人工膜や腹膜を使い、血液中の老廃物や毒素、水を除く治療法。人工膜を使った血液透析では通常、週3回で各4時間、腕の血管を透析器につないで血液を浄化する。腎臓が機能しない腎不全に有効で、長期生存が可能になる。1950年代に実用化され、国内では67年に健康保険の適用になった。72年からは更生医療(現・自立支援医療)により自己負担が軽減され、広く普及している。患者らでつくる全国腎臓病協議会によると、薬や機器の進歩で患者負担が軽減され、大多数は苦痛なく治療を受けている。ただ、疲れが出て腰が痛くなったり、針を刺す痛みを強く感じたりする人も一部にいるという。
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無益で偏った延命措置って・・・。生き続けるには透析か移植かその2つのみなのにそれを無益で偏った延命措置とは。たとえこの女性の余命が少なかったとしても再度再開を希望したのだからそれを受け入れるのが医者じゃないのか?、じゃあどこまでへたったからもうやめるってのは医者が判断する事なのか?
患者が希望した事だから、だけれどもその後「またやろうかな」と『本人の口から出たのだぞ』、余命が短いからと言ってそれを無視して良い訳無い。短かろうと長かろうと最後まで苦しませずに送らせるのが医者の務めじゃないのか?
最後まで絶対イヤだっ、とまでの挫けない強い意思表示からだったのか?気弱になっての意思だったかもしれないじゃないか。
そりゃ苦しい人も居るだろうよ。刺す血管が使い物にならないレベルになっても続けなきゃならんからね。血管なら他に幾らでも有ろうって?、有るさ、でも両腕以外で何処に刺せるまた血管に届く場所が有るね?
私はまだ始まったばかりだから(これでもね)それを意識出来る程では無いが、この先10年15年と同じ部位で続けていけばさぞかし酷くはなるだろう。今でもそれなりに膨らみかけているからね。
それプラス毎回毎回太い針を2本も(行き帰り)刺され続けるのも苦痛だろうと思う。それが後何年続くんだろう、もね。それは思わない様にしてるけど。えっらい憂鬱になるから(笑)。
苦痛から開放されたく当人がそう申し出たとしても医者の中では再開を望んでなくては。それが医者では?、再開を言い出したのならホイきたとばかりに再開を開始するのが医者では?、「本人がそう希望したんだしぃ私はそれに従っただけだしぃ(鼻ホジホジ)」そんな印象だぞっ、それでも医者か(怒)。
当人が絶対曲げない強い意思の元言ったのならともかく、また再開したい旨を述べたのなら(一緒に)足掻くのが医者では?
痛々しい、辛そう、だからやめたげよう、それは余計なお世話だ。当人が希望し続ける限り寄り添うのが、いや何を言っても無駄か。
大体透析を延命措置と捉えている点が(悔しい)。そりゃ透析をしないと1週間もしないうちにのたうち回る事になり数日後か何日後か判らないが死ぬだろう(とうちの茄子は言っていた)。それから言えば確かに延命措置かもしれんが、延命措置=何時死んでもいい奴等、そう捉えているのだとしたら非常に馬鹿にしている。
少なくとも私は生きていたい。どれだけ世間様に迷惑掛けようが。
やはり再開したいと言った気持ちは判るつもりだ。尿毒症になった事無い人には判らないだろうが幾ら死が迫っているとは言え(余命が短いを信じるとして)私ならアレで逝くのは絶対嫌だわ。最後の瞬間まで少しでも楽な気持ちで居たかった筈だ。
と私は思いますがね。長々とつまらない話ですまなかったが要は再開希望したのに『医者の気持ち1つで無視した』(そう言うこったろ?)それが許せんと。
因みにうちだと本人否定は許されていません。遅刻(寝坊とも言う)ですら鬼電ですから(笑)。それでも来ないと引っ張りに来るそうな。住所知られているし。
良く取れば“心配してくれてるんだから”(とある茄子談)なんだろうけど、口の悪い人によれば“コレでしょ”と指でお金の仕草を。まああたしとしては前者なんだろうと思いたいですが。