飯道山へ行くには加茂駅で関西線ローカルに乗り換え、約1時間、柘植駅でさらに草津線に乗り換えます。
かなりの道草を食った為、登山口の有る貴生川駅に到着したのは11時20分でした。。飯道山の登山基準コースタイムは4時間ですので、まぁ遅くても日暮れまでには下山できる予定で居ます。
地図をみると、登山口までは住宅街の中をクネクネと歩かなければならず、道に迷わないか心配でしたが、地元では人気のある登山ルートなのか、道標はかなり整備されていて、道に迷う事は有りませんでした。。
取り敢えず登山前に杣川の土手で記念撮影 (^^♪
最近の変な雨続きなお天気もどうやら今日は雨が降らずに持ち堪えてくれそうですね。(≧▽≦)
オマケに昨日まで気温が36℃だったのに今日は24℃と涼しいのも最高です!
橋の向こうに見えるのが飯道山へと続く低い尾根筋です。
貴生川小学校の近くには大きな看板まで用意されています。
貴生川小学校の案内板です。
一面、近江米が黄金色に色付いていて、今日の涼しい気温と相まって、急に秋を感じます。
地元の方々の手により、様々な道標や案内板が奇麗に整備されているのが有りがたいです。。
飯道山から名前を戴いたお寺、飯道寺です。。
直ぐ近くには地元の鎮守神社・氏神さんである、日吉神社に参拝です。
今は亡き父母の教えを守り、見知らぬ土地に出掛けた時は、こんな穢れた私を迎え入れてくれるその国(地域)に敬意を示し、出来る範囲でその土地土地の神様を参拝する様、心がけています。
ここが舗装道路と登山道との分かれ道で、少しわかりにくく、そうとは気が付かず一度通過してしまいましたので、途中で気が付き戻ってきました。(´・_・`)
信仰の山らしく、人々がよく登るのか、道は広いです。
山の中も標識はよく整備されていて、道に迷う事は有りません。。
やがて本格的な登山道となり・・・
信楽平野が開けたかと思うと。。
貴生川駅から登り始めて約1時間40分の登りで飯道山の低い頂上
(標高664m)に到着しました。(≧▽≦)
標高は低いですが、今日は気温が低く、涼しくて最高です。(≧▽≦)
三上山は標高がさらに低く、432mしか無いので下の方に見えます。。
取り敢えず記念撮影です。(≧▽≦)
今日は水中カメラを自宅に忘れたのでスマホで撮ったら安モンだからか、文字が反転してしまっています。(´・_・`)
20分ほど信楽側に下山したところに飯道神社が有りましたので、参拝します。
そして、さらにこんなところにも立ち寄りました。。
1991年5月14日10時35分頃、信楽高原鐵道設楽線の小野谷信号場~ 紫香楽宮跡駅間で、信楽駅発癸生川行上り普通列車と、京都駅発信楽駅行直通下り臨時快速列車「世界陶芸祭しがらき号」とが正面衝突。快速列車は前部が押し潰された上に全長のほぼ1/3が上方へ折れ曲がり、普通列車は先頭車が2両目と快速列車とに挟まれる形で原形を留めないほどに押し潰された。快速列車の乗客30名、普通列車の乗員乗客12名(うち運転士と添乗中の社員が4名)し、合わせて計42名が死亡、快速列車の運転士を含む614名が重軽傷を負う大惨事となったもの
事故の原因は、普通列車が信楽駅の停止(赤)信号を無視して発車したもので、当日は近畿運輸局の査察が有り、同列車に添乗した役員が遅延を恐れ、
強引に発車させたものとされる。(その他にも複数の遠因あり)
そして、本件事故を受け、現場に慰霊碑が設けられたものです。
私も他の鉄道ではありますが、20歳~26歳の6年間、電車の運転士を務めていましたので、この種の事故には本当に心が痛みます。
鉄道の事故は人間の錯覚等で予想だにしない場面で起きてしまいます。
皆さんは自動車を運転中、コンビニに立ち寄ろうと思っていたにうっかりそのコンビニを行き過ぎてしまったという経験はお持ちではないですか?
鉄道事故もそれと同じ原理でいとも簡単に起きてしまいます。。
私は後輩の運転士にこのコンビニの話は必ずしましたが、単なる根性論では防ぎきれないのが鉄道事故なのです。。
いくら近代的な予防装置が装備されていてもです・・。
信楽高原鉄道事故の場合は赤信号なのに、故障だと思い込んで列車の強制停止装置をわざわざ解除して発車してしまったのですから。。
折しも上り普通列車が来て、衝突地点に差し掛かりました。。
ここで無念にも生涯を終えてしまった人々の事を思うと胸が痛みます。。
そして帰路は近くにある紫香楽宮跡駅から一旦信楽駅まで乗車してみました。
気動車も全て新型に置き換わっていました。。
帰りは運転席の横から現場を見てみることにしました。
ローカル線なのに意外と高速です。。
誤出発してしまった事もさることながら、現場がせめて直線区間だったら正面衝突は免れたかもと思うと、残念でなりません。
今後も事故を念頭に置き、無事故でこの鉄道を存続させていただきたいですね。
帰路は草津経由で帰ることにし、貴重な113系に乗車。。
車内は感激の原形ボックスシート車でした。(≧▽≦)